第155話 バァン
翌朝。
「ふわぁ〜。めっちゃ寝た。腹ペコだ」
昨日は、工房を出たら、夕方の祈りの歌も始まっており、日が暮れてきていた。
街灯がないのに、昨日は月もかなり細かった。あと二日ほどで新月だろう。
普段は出歩かない時間だ。夜は通行人が一気に少なくなり、富裕層街に紛れ込んだ犬の目がギラついて見えた。
三人と使用人で急いで屋敷に帰った後、ライチは湯浴みも夕食もできず、泥のように寝落ちしてしまった。
(……やっぱ、あの命の危険のターンが、脳疲労に繋がったよな)
そんなことをぼんやりと考えながら、サイドテーブルにある水桶で顔を洗う。布で拭くと、意識がスッキリと整理されてきた。
「……ふう。えーと、今日の午後は、フガークスさんとスピネラ村で種集め、かな。……みんな、元気かなぁ」
種蒔きをしないと、いくら人工魔導体を敷いても、雑草の緑化しかできないのだ。凱旋は緊急の重要イベントである。
だが、楽しみなのもまた、事実で。
(家畜運搬飛車があるもんな!オスティアに寄って、牛乳と卵と鶏肉を山盛りとか、農耕用の牛とか、お礼に買って帰っちゃおうかなぁ〜)
――ぎゅうぅぅぅ……
考えているだけでお腹が空いてくる。行商人としてフェラドとメルカトが村に来て、ライチもそのままくっついて出発してから、二十日ぶりくらいだろうか。帰還が楽しみだ。
ライチは主張の激しい胃をなだめながら、食事部屋へ向かった。
---
「――ライチ様。少々お時間をよろしいでしょうか」
食後、満たされたお腹をさすりながらハーブティーを飲んでいるライチに、サピダンが声をかけてきた。
「サピダンさん。午後に予定があるので、朝少しなら。進捗はどうですか?」
「まさにその事で、鍛冶工房にお越しいただきたく、お声掛けしました」
サピダンは非常に困った様子だ。ライチはお茶を一気に飲み干し、すぐに移動することにした。
---
ほどなくして、ライチとサピダンはフェラド父の大工房に着いた。
「お、はようございま〜……す」
今回は、そうっと工房内に入る。が、危険物が飛んでくることもなく、妙に静かだ。
見ると、先日あれだけドタバタと納期に追われていた職人達は、今は各自座って、うんうんと唸っていた。
「ライチさん。来てくれたんすね。おはようっす」
「フェラド。なんか、困ってるって聞いたけど」
道中でサピダンからなんとなく話は聞いてきている。
フェラドは腕を組んでうなだれた。
「そうなんすよ。商人組合長にフォークの納期を遅らせてもらえたのはよかったんすけど、代わりにこっちの納期をつめられちゃって」
「うんうん、さっき聞いたよ。試作品が圧力に耐えられなくて、爆発するとか」
“爆発”と聞いて、工房の職人達が立ち上がった。
「お客さぁん」「またあんただって?」「フェラドから聞いたぞ」「うちは開発屋じゃないんだ」「鍋とかハサミとか、普通に作れるもんを作らせてくれよ」「オレたちゃ鉄を打つ職人なんだよ」「無理な注文ばっかで、オラ自信なくしちまうよ」
元々眠れていなかったのもあって、恨み節の重みがすごい。ゾンビに取り囲まれる生存者の気分だ。
「そ……」
「そんなに……難しかったですかね?」と、聞きかけて、ライチはゴクリとその言葉を飲み込んだ。
馬鹿丸出しの発言だ。きっとこれを聞いた瞬間、フォークの時のように、いかに難しい注文であるか理解するまで、お説教が始まってしまう。
「えーっと……具体的には、どんな感じで上手くいかないんですか?」
具体例を聞く聞き方に変えてみた。職人の一人が、疲れ切った顔で手招きする。
「まず、油搾り機の改造版な」
「わ……」
工房の隅に呼ばれる。
見ると、金属の輪で何重にも締められていたであろう、樽の残骸が置いてあった。
「元々ある、油搾り機の樽を強化したんす。サピダンさんが作った生地を、ここに詰めて、このハンドルを回して、ネジで板を押してみたんすよ」
フェラドはT字の大きなハンドルを見せてくれる。この規模のネジ回しなら、かなりの力が掛けられそうだ。
「でも……穴から出てこなくて。そうすると、出られない生地が、樽の壁を押すんす」
『……で、バァン』
拳をパッと開いて、何人かの職人が唱和した。
「何かが飛び散るとか、そういう“爆発”じゃないっすけどね。機械が崩壊するって意味で」
「な、なるほど」
「次は、木の樽を、金属鍋の底に穴を開けたやつに変えてみたんす」
「おお。割れなさそう。これなら勝ち確定では?」
「そう、思ったんすけどねぇ」
「木製ハンドルが折れる」「金属製ハンドルにしても、今度は木製のネジの方が割れる」「金属ネジを気合い入れて作った」「で、金属ハンドル金属ネジにしたら……」
『ハンドルが回らねぇ』
「……それ、もう詰んでません?」
「だろ?」「は〜ぁ……」
つまり……人力ではもう不可能なのだろうか。
「一応、まだ案も、あるにはあるんだぜ」
フェラド父が、ふうと息を吐いた。
「ハンドルを長くする」「ハンドルの持ち手を四本にして四人で回す」「穴を減らす」
「おお、結構ありますね」
「ただ、成功のヴィジョンが全く描けなくて、やる気がなぁ……」
『は〜ぁ……』
職人達がため息を吐きながらうなだれる。
「生地が硬すぎる、とかはないんですよね?」
ライチが聞くと、サピダンが頷いた。
「はい。色々試しましたが、今の硬さの生地が、ベストではないかと思います」
サピダンは、いそいそと持ってきた布包みを開く。
「これは?」
「試作したパスタ生地です。押し出すものがないと、来ていただいても意味がありませんから」
「確かに!どれどれ……」
布越しに指で押させてもらった。
「ふむふむ……。食べてみないと、正確には分からないですけど……うん、いいですね。俺の記憶は、お料理教室の自宅再現レベルですが、多分これくらいだったと思います」
「ようございました」
サピダンが少しだけ誇らしそうに笑う。
「ふわふわのパンと違って、試作が簡単なのです。ドゥルム小麦粉も、すぐに量を揃えられました」
「おお!さすが、仕事が早い」
「手で細く伸ばして、あらゆる茹で時間も確認しております。料理としては、もう至上に近いところまで来ておりますよ」
「素晴らしいです!あとは量産か……」
ライチは腕を組んで考えた。言い出しっぺだ。なんとかしなければ。
「押し出せないなら……切る……」
「四角い断面は、あんまり美味しくないんすよね?」
ライチの口から溢れた独り言を、フェラドが拾う。
「いや、美味しいは美味しいんだ。四角いものもたくさんあるし。まぁでも、大量生産のしやすさ、乾燥や茹でる際の均一さ……って考えると、できれば丸くしたいなぁ……くらいで――」
「なんだとぉ!」
フェラド父が荒れた声をあげた。
「絶対丸!ってんでなきゃ、やる気も失せちまう!絶対丸じゃなきゃ駄目って言え!俺らを前に妥協すんじゃねぇ!」
「はいぃ!王族に食べてもらうなら、絶対丸がいいです!皆さんならできます!」
フェラド父の喝に、ライチは背筋を伸ばす。
「そうだそうだ」「王族様方のお口に俺等の作った機械で作ったもんが入るんだ」「出来るまでやるぞ」
職人達や、フェラド兄達が、腕を回すなどの体操をし始めた。
(どうしたらいいんだろう)
時間もない。
工房みんなで頭を寄せて、大会議が始まった。




