第154話 仮衣装 完成
「……う〜ん。なんだかんだ、やっぱり最初の布が、一番いい具合に透けますねぇ」
ライチはできあがった小さな布を揺らして、光の当たり具合を見ながら言う。
「そうですな。抜き過ぎると、やはり糸が動いて布として崩壊しましたな。ライチ君のあの案も、なかなか面白かったのですが」
“あの案”とは、『最後のオサだけ一本飛ばしにすれば、偶数本を抜きにしても、ソウコウで上下に踏み分けられて横糸も通せるし、一番いいんじゃね?』というアイディアだ。
一本抜きにできれば、二本抜きよりも良さそうな気がしたのだが。
ネクトルに、『縦糸を斜めに張るなんて!均一なテンションが命なのに馬鹿を言うな!品質低下まっしぐら!無し!』と、光の速さで一蹴されてしまった。
「あとは、レノ織りができる機械でもあればよいのかもしれませんが……機械から用意するとなると、期日には間に合いませんな」
「へ? レノ?」
なんだ、その、我が家のラリルレロネームに乗っかってきそうな織り方は。
(第四子の名前かと思った。ふふ)
その昔、親から言われた、“名前にRが付くと、人から愛される子になる”という由来。
もちろん、Rが付いていない人が愛されない、なんて理不尽なことは起きないので、完全にデマだ。
しかし、たまたま夫婦の名前が“ラ・リ”ときていたので、夫婦で相談して、ラリルレロの順になるように我が子の名前をつけてある。第四子が舞い降りたら、どうする気やねんと笑いながら。
(おかげさまで、Rがついてる俺も、皆さんによくしていただいております。父さん母さんありがとう)
リノ、ルノとそっくりの“レノ”という名前に、一瞬で名付けシーンまで回想してしまったが、ネクトルはそのことには気づかず、説明をしてくれる。
「レノ織りとは、織り方の一つの技術として、服飾界隈に伝わるものですぞ。機構が複雑すぎて誰も手を出しておりませんが、原理は、ちょっと詳しい者なら誰でも知っているものですな」
「どんな織り方なんですか?」
「ソウコウの部分に、ひと打ちごとに、縦糸同士を交差させるための機能を追加するのです。偶数と奇数の経糸を交差させ、そこへ横糸を通す。すると、目を粗くしても縦糸のねじれのロックにより、布が崩れにくくなるのですぞ」
「縦糸を、交差っ?!」
一枚の布に、一体何本の縦糸が通っていると思うのだ。それら全てを、ひと打ちひと打ちでねじねじと回転させるとは……。
(何がどうなるかは分からないけど、鬼畜機構なことは分かる!)
スケスケ布が貧乏くさいという概念が一般的なら、鬼畜さを乗り越えてまでレノ織りができるような機構をつくる職人は、いないだろう。
「ならもう、この最初の二本抜きの布でいくしかなさそうですね」
「そうですな。最適解が見つかって、スッキリいたしました。あとは機織りの工房に注文を下ろすのみです。
有意義な試作の時間を、ありがとうございました」
ネクトルが右手を差し出して、握手を求めてくる。ライチはその手を固く握った。気持ちはもはや、織り友である。
「この後はどうされますかな? お茶をお出ししますが」
ネクトルは、ぽんぽんとライチの右肩を叩きつつ、尋ねる。
「ギリギリまで、縦糸をスムーズに張れるように、練習させてほしいです。いいですか?」
織りの友、ネクトルは、もちろん満面の笑みで了承した。
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縦糸をひたすら張る。
仮衣装チームに呼ばれる。
また張る。
しばらく、そんな時間が続いた後――
ついに、歓喜の瞬間が訪れた。
《ポリエクロスづくり の パパ経験値が一定量を超えました》
《父性クラフト:ポリエクロス が 次のステージに移行します》
《今後は、【使用者への愛情】をエネルギーに、素材から 即時クラフトすることができます》
(ほわぁあああ〜!ききき、きたぁ〜!!)
縦糸を引いている手を、ぎゅうぅ……と握りしめ、ライチは喜びを噛み締める。
(えっ? えっ? これ、俺、材料の大量生産も自家発電できるから……えっ? 地球ごと、ポリエクロスでラッピングできるんじゃない? あ、ここ地球じゃないわ。というか、そこまでの父性は出ないか。いや、出るか)
頭の中に、一気に色々な思考が流れる。
マーヤと初めて引いた糸。村のみんなと巻いた糸。マーヤに教えてもらった機織り。店小屋で一人で織った時間。
様々な光景が脳裏をよぎる。
(一番苦労しただけに、これは……これは、嬉しい〜!)
脳内ライチにフィーバーダンスを踊らせつつ、ライチは、そっ……、と織り機から離れた。
(祝杯じゃあ!お茶をあるだけ持ってこ〜い!!)
ライチは興奮に頬を染め、山賊の目つきになる。
そのまま、今は仮衣装チームと一緒に、あーでもない、こーでもない、と言っているネクトルに、声をかけた。
「すみません、ちょっと……織りの深みをチラ見して、興奮がおさまらないので、お茶を、お茶をいただけますか」
トンだ目つきで、フガークスのような発言をするライチに、ネクトルは、ほっほ、と笑う。
「皆も、そろそろ次の休憩にしましょう。奥様も、ずっと固まっていては身体をおかしくされます」
さりげない気遣いに、『さすが、普段から貴族を相手にしている人は違うなぁ』と感心する。
(――ふぅ〜。落ち着いた)
結局ハーブティーを飲もうが、座っていようが、皆で話すのは布や服のことなので、脳はあまり休まらなかったが、歓喜の興奮はかなり収まった。
――――そして。
「うん。ひとまず、形だけは完成したのではないでしょうか?」
職人頭の総括の声に、みんなが揃ってライチを見る。
休憩を挟んだ後も、ひたすら形を整え続け、布を切り、軽く縫い、ようやくドレスらしいものが出来上がったのだ。
布づくりのレベルが上がったライチが、ずっと横について、小さなことに気づいては指摘していたのも、スピードアップに繋がった。
「アルジーナさん。ちょっと、回ってみてください」
見守る人達に囲まれながら、ライチは真剣に検分する。
一歩。一歩。と、ゆっくり回転するアルジーナ。
首元。肩。袖。手首。胴回り、腰、下半身。
「次は、手を上げたり、しゃがんだりを」
動いた時の、布の具合や、フリルの揺れ具合も確認する。
「動いてみた感じはどうですか?」
「上半身がピッタリとしている分、突っ張らなければ、いつもより少し動きやすいくらいですわ。
下半身は、逆にいつもより布が多いので、うまく蹴りながら歩かないと、踏む危険があるかもしれません。領主様の好みによっては、少し靴が見えるくらいまでは、裾を上げるのも選択肢に入れてもいいかもしれませんわね」
スラスラと感想を述べるアルジーナ。目がグラル硬貨になっていなければ、すごく真面目なシーンなのだが。
「プルデリオさんは、どうですか? アルジーナさんの普段と見比べて」
妻のドレス姿と言えば、夫の感想だろう。
ちなみに、ライチの感想は、カメラの高速シャッター音だった。
「普段も美しいが、上半身の身体のラインがここまで見えると……更に輝きが増して見えるな。
しかし……それを周りに自慢して回りたいのと、羽織を渡して隠してしまいたいのとが、混合した……不思議な気持ちになるな」
(分かるぅ〜)
美しさは自慢したい。でも、性的な目で見やがったら、その目潰しますよ?という気持ちも、同時に沸き起こるものだ。
「私情は置いておいて、非常に美しく、新鮮で、斬新で、ポリエクロスとも合うと思う」
アルジーナが微笑む横で、プルデリオがまとめる。
「一般的に見ても、不自然でないならよかったです。
俺が神の世界で見たものそっくりで、とても良い形のものができたかなと思います」
ライチのコメントに、職人達は、各々満足げに頷いた。
「今は、麻布がもったりと重たい見た目になっておりますが、布が重なっている部分は、透ける布になりますからな」
ネクトルが、布の質感について言及する。
「先ほど休憩で皆に伝えた通り、こちらの試作品の、糸の抜き具合が最も質感が良さそうでした。これで、一度大きな布を織って、最高級のものへと近づけていきましょうぞ」
『はい!』
工房に溌剌とした返事が響いた。




