第153話 世間話
鬼教官に見られながら、きびきびと座席に座って、シャトルを使って横糸を通してみる。一段目をいつものようにぐっと手前に打ち込み、二段目も打ち込みかけて……
「あっ。ここか。ほんとだ、二段目からどれくらい打ち込んだらいいか……適当な感覚になっちゃうのか……」
「そうなのです!よくぞ気づきました。領主様が王族の前で着るような服が、適当な透け感で織られたものでは、見る人が見れば、一目で質の悪さが露呈するのです」
「ですね。適当に糸が抜けた状態の布って、一番貧乏くさいですもんね……」
「その通り!お分かりいただけましたか」
ネクトルが激しく頷く。
「つまり、何かガイドを挟んで、縦糸と同じく糸二本分、打ち切らないようにすればいいってことですね」
ルノとタルトを焼いた時も、洗った定規を重ねて両サイドに並べて、その間で生地を伸ばした。焼きムラができないように、一定の厚さ、一定の圧力にするには、必ずルーラーが必要だ。
「おお!そうです!縦糸と揃えようという発想も、実に素晴らしい。
私も、細い枝や、金属線あたりを挟み込んで織るようにすれば、美しく織り上がるのではないか、と考えていたのです」
「やりましょう、やりましょう!」
ライチは段々と、このまんまるな織りオタクおじさんと、仲良くなったような気になってきた。
(布作り、楽しいな!早くスケスケ布を、仕上げたい)
二人で、これを挟もう、あれを挟もう、とキャッキャ言ってると、ネクトルがとても楽しそうなテンションのまま、ナチュラルに話を振ってきた。
「良い糸で、良い布が織れるのは、幸せなことですなぁ」
「ね!本当に。良い布って、浪漫がありますねぇ」
「良い発明を……ありがとうございます」
「いえいえ!糸を紡いだのは、スピネラ村の皆さんですから」
にこにことしながら、ライチは次のお試しの横糸をシャトルで通す。
「……あっ、この太めの針、ルーラーにぴったりいい感じですよ!これで織っていきましょ!」
縦と横の糸の隙間が、よくよくよく見ると、小さな正方形になった気がする。
ミクロの世界で見れば偏りがあるのかもしれないが、目視で分からないなら、ひとまずこれで織っていかせてもらおう。
「おおっ!確かに、非常にバランスよく打ち込めますな。このまま、どんどん横糸を打ち込みましょうぞ」
ネクトルも、にこにこと上機嫌だ。
「少し織っただけでも、すでに完成が良いものである確信が持てる質ですな。
……それにしても、どうしてまた、スピネラ村の人達は、ライチ君に、布の織り方を?」
良いものだと確信が持てると聞いて、織っているライチも、うんうんと頷く。
(スケスケ布、やっぱり思った通り、凄くいい感じにツヤと透け感がある!これは楽しいな!)
「なんでだっけ……あ、えーと、初めは布オムツにしようと思ったんですよ。赤ちゃんの腰巻き。――えーと、縦糸の上下を入れ替えて、と……。農村では下半身丸出しで、あれこれ垂れ流しだったんですよ。ビックリでしょ? で、針を挟んで、打つ!うんうん。 ――で、村の皆さんに、知ってる糸の作り方を伝えてみたら」
「――ライチ君!」
プルデリオの呼びかけが部屋の中央から聞こえた。工房がシンと静まり返っている。
「はい!……どうかしましたか?」
アルジーナが試作品マネキンになりながら、首を左右に振っている。
「――行商人さんが、ポリエ糸の開発者なのですか?」
職人の一人におもむろに聞かれ、ライチは大慌てで首を振った。
「えっ?! 何がどうしていきなりそんな話に?! 違いますよ。俺はただの夢見のいい行商人です」
きっぱりと否定する。職人達が手を止めて、怪訝そうな表情でこちらを見ている。
プルデリオが天井を見ている。
「まあまあ。ご本人が違うとおっしゃっておいでだ。皆、作業に戻りなさい」
ネクトルがその場に穏やかに割って入った。
「この午後のうちに、しつけ縫いの試作品くらいは作らねば、またお忙しい中、商人組合長ご一行に、ご足労いただかなければなりませんぞ」
ネクトルが続けた言葉に、職人達は顔を見合わせて、すぐに作業を再開する。
「ライチ君も、一度休憩されてはいかがですかな。縦糸張りの練習をされたいとのことでしたし。続きの横糸は、私が急ぎ、打っておきましょう」
ネクトルの提案で、ライチはアルジーナを取り囲む職人達の近くに、ぼんやりと腰掛けることになった。
(あー、ビックリした。なんで急に、消えた旅人が俺だと思われたんだろう)
その前に、自分は何か不用意な発言でもしたのだろうか。
(えーと……何の話ししてたっけ。横糸とか、スケスケ布のことばっかり考えてたから、なんかあんまり考えないで喋ってたかも……)
それでプルデリオに止められたのかもしれない。
(いや、そうだ、絶対そうに違いない。目がもう、“お前やらかしたな”感でいっぱいだし)
何の話をしたかは全く記憶に残っていないが、うっかりぽろっと何かを言ってしまったらしい。
(なんだっけ? オムツの話とかしちゃったっけな? 楽しい世間話をしてたと思ったけど)
ライチは、ものすごい速さで横糸を打ち込んでいるネクトルの横顔を見た。
さっきまで、興奮に頬を染めながら、スケスケ布の完成を、二人で楽しみにしていたはずなのに、なんだか少し怪しく見えてしまう。
(何を言ったか分からないけど、もっと考えて喋らないとだな……)
しょんぼりとしていたところ、仮衣装チームからお呼びがかかった。
「……」
職人達が、ライチに対し何かを目で語っているように感じられる。
服を見ていても視界の端に入るアルジーナの視線と、離れて見ているプルデリオの視線が痛い。
(……きっぱり否定したから、大丈夫だよな?)
「織物組合長……少しいいでしょうか」
「おや、商人組合長。どうされましたかな?」
プルデリオがおもむろに、織り機に腰掛けるネクトルを連れて、部屋から出ていってしまった。
一体何を話すのだろうか。
(…………想像しても、分かりっこないか)
不安を打ち消すように、ライチは立ち上がる。織り機に移動し、ネクトルの代わりに、横糸を打ち始めた。
――しゅっ きゅっ カタン
糸が擦れ、足踏みにより機械が動く音がする。
(やっぱいいな。すごく落ち着く)
デトックスだか、パラドックスだか。そういったリラックス効果のある作業だ。
(お猿のシラミ取りとかのグルーミングは、してる方もされてる方も、癒されるとか聞くし)
ライチは仮衣装チームに呼び出される以外は、とことん集中して、横糸を打っていった。
(横糸なら、ほんと、すぐにゾーンに入れるんだけどなぁ)
内心で苦笑しながら打ち進めていく。縦糸も含めての機織りなのだから、考えても仕方がないのだが。
「――あ、お帰りなさい」
程なくして、組合長二人が部屋に戻ってきた。
「??」
ネクトルは先ほどまでと同じように、にこにことしているように見える。だが、その目には哀れみの色が混じったように見える。
「ライチ君……私は、応援しておりますぞ。……一緒に、素晴らしいご衣装を、作り上げていきましょうな」
そう言って、ネクトルはライチの肩をポンポンと叩いた。
(?? なんだかよく分からないけど、プルデリオさんが、うまくまとめてくれたみたいだ。さすがプルデリオさん!さすプル!)
『さすがルノだな!よっ!さすルノ!』などと、家でよく子ども達を褒めていた癖が、ついつい脳内で出てしまいつつ、ライチは一つ頷いた。
「ありがとうございます!よろしくお願いします」
うんうんとその言葉を聞いていたネクトルが、織りあげた布を見て目を少し見開いた。
「おお。今の間も、織り進めてくれていたのですな。……うむ。この織り方は、これで充分でしょう。
次は、もう少し太いものをルーラーにして、横糸を打ってみましょう」
――そうして、その後の仮衣装アドバイス時間は、全てスケスケ織りの試作に費やした。




