第152話 最新式の織り機
「あのっ、ちょっと前から想像してみてたんですけど、縦糸を張るときに、例えば、偶数にあたる縦糸を抜いていったら、半分の薄さの布になり――」
「甘い!」
「どわぁっ!」
急に両肩を掴まれたので、ライチは大きめの声を出してしまった。
(鬼? 鬼ですか?!)
怯えた目で見るライチの両肩を、ネクトルがぽんぽんと叩く。
「いやはや、失礼しました。あまりに突飛なジョークだったもので、つい全力で突っ込んでしまいましたぞ」
ネクトルの笑顔が、じり、と近づく。
「……奇数だけ張って、どうやって足で踏み変えるのです」
「えっ……」
「上下に分かれる縦糸がなければ、横糸を通すための隙間が作れませんぞ」
「あっ、ほんとだ……」
これは恥ずかしい。にわか知識を、堂々と披露してしまった。流れに任せた結果だったが、プロに指導を頼んだのは正解だった。
「ニ本飛ばしでいきましょう。一、四、七、十……と。まずは十本だけ。やってみせてください」
「はい!」
ようやく縦糸張りに着手できそうだ。ライチは元気よく返事をした。
「えーっと、初めに糸を折って奥の棒にかける。ビームっていうローラーに巻き付けて」
「そう、テンションをかけ続けて。糸が重ならないように。……ほう。いいですぞ」
「えーっと、テンションが抜けないように、なんちゃらってひねりを加えてかけて」
「綾返し、ですな」
「絶対に重ならないように、糸を揺らしてバラけさせて、ビームに巻き上げる」
「ほほう」
「次はソウコウですね。これが、二本飛ばしだ。一。二と三は飛ばして、四……」
「ほうほう」
「最後、この櫛みたいな棒……」
「オサですな」
「そう。このオサの、ギザギザなところに通して、織り幅が崩れないようにしたら……完成です!」
たったのお試しの十本だ。三百本設置した経験のあるライチには、余裕のよっちゃんタコで張り終えてしまった。
「ライチ君。なかなか筋がいいですな。指導者が丁寧に教えたことがよく分かる、良い張りでしたぞ」
(マーヤさ〜ん!あなたのご指導、領主様のご衣装とかを作ってる偉いお人に、褒められましたよ〜!!)
「そうなんです、指導者が良くって」
嬉しくて、でへへ……と後ろ頭を掻くライチに、ネクトルは頷く。
「水平式が重りを吊るさない分、普通は混乱して糸の並びがぐちゃぐちゃになったり、弛ませてしまったりするものですが……。うむ。しっかりテンションをかけたまま、冷静に対応できておりましたぞ」
(ん? なんて? 水平? 重り?)
「ありがとうございます。大きさはこちらの方が大きいですが、以前にスピネラ村で習ったものと同じ作りだったん、で……?」
ライチはやや首を傾げながら答える。
「スピネラ村、麻の村ですか……。そうですな。あそこにはこれと似た、最先端の織り機があるそうですな」
「へ? 最先端?」
「水平式のことですぞ。ここの下町の木工師が移り住んで、各家庭に作って回ってやったそうではないですか」
(リグナスさんだ!市民権を捨ててまで移住した!気さくだったけど、実はすごい人だったのか)
彼は、ライチが、森や畑にヒイヒイと言う度に、からからと笑っていたイメージだ。実は街の最先端の織り機を、農村の各家庭に作ってあげるような、かっこいいヒーローだったとは。
「都市部では、“重錘式”が一般的ですものな」
ネクトルが織り機に触れながら語る。
「? じゅうすいしき? とは」
また耳慣れないワードだ。
「名前を知りませんでしたかな。高い梁から縦糸を垂らし、重りをつけてテンションをかけるアレです。高さを利用できますから、狭い街中でも使いやすい」
「はは〜。なるほど。となると、吊るされた縦糸を、横糸が左右に避けていって織る感じですかね」
スパーリングのように揺れ始めたライチに、ネクトルが本気で吹き出した。
「ふっ、はっはっは。また面白いご冗談を。少し斜めにはなりますが、偶数奇数糸を交代で持ち上げるのは、同じですぞ。
…………ま、さか……知らなかったのですか?」
笑っていないライチの顔に、ネクトルがピタリと止まった。
「はい。水平式しか知らないです」
「…………そう、でしたか。なんと、珍しい。専門職でもない限り、どこも重錘式を持っているものですが……」
知らず知らずのうちに、レアキャラの最先端の織り機はしごをしていたとは。
「水平式が普及したおかげで、織る速度と質が上がり、最奥の村が、食うに困らなくなった、とは聞きますな」
「質も上がるんですか」
立ててあるだけで、ほとんど仕組みは変わらなさそうに聞こえたが。
「ほっほ。ライチ君は、もしや、横糸を下から段々打ち下ろしていくとお考えかな?」
「え? 横糸を? ……そうですかね。水平式は手前に引いて織るんで、そう思ってたかも」
突然の話題転換に、視線を揺らしながら考えてみた。
「でしょうな。……実は、重錘式は、踏み台に乗り、天井側に向かって打ち上げて織ってゆくのです」
「えー?!」
そんな、秒で腕がダルくなりそうなやり方を、なんでわざわざ?!
「そうしないと、下の重りをつけたまま、梁のローラーで、織れた布を順次巻き取っていけませんからな」
「あ…………そうか。重りの近くから織りだしたら、天井高より長い布は織れなくなっちゃうんだ」
「そうなのです。長い糸の途中に重りをつければ、重りをずらしていくだけで、天井高より長い反物が作れます。
しかし、この重力によるわずかなたわみが、布の品質を下げ、高い位置での作業が、効率を下げてしまうのです」
(そりゃそうだ。ずっと高い位置や、立っての作業になるわけだし。天井に参考書とノートを貼って、試験勉強をするようなものだよな)
当然、普通にやるより質と効率は下がるだろう。
「そんな重錘式で村人が織った布を、下町の業者は安くで仕入れておりました。水平式織り機がスピネラ村に入ってからは、たいそうカッカしておりましたぞ。
“布の質が上がって、他所に高価で販路を取られた!”と」
(おお〜!)
ライチは過去のスピネラ村の発展に、心の中で拍手を送った。
あれだけ辺鄙な場所にある村だ。備えが足りなければ、冬の度に何人も亡くなっていてもおかしくない。
最新織り機は村を救う。ヒーローリグナス!
「――では、続きの縦糸を張っていきましょうぞ。今度は水平式の経験者として、見させてもらいます」
(け、経験者というほどは、経験してません……!)
「行商人さーん。腰から下のところ、少しいいですか」
「あっ……はーい」
――その後、ちょくちょく仮衣装チームの呼び出しに応じつつ、ライチはひたすら縦糸を張り続けた。
ネクトルは確かに、重箱の隅をつつくように、事細かに鬼指導をしてきた。
こうより、こう持て。そうじゃなくて、こう。
(ソウコウだけに?! 手の向きまで決まってるのか?!)とは思うものの、実際やってみると、確かに格段に張りやすくなる。
ネクトルが指導見本のために何度も超速で張ってくれたおかげもあって、スケスケ布の縦糸を、あっという間に全て張り終えることができた。
「終わった……」
(ちぇ。レベルアップはせず、か……)
かなり無心で張れるようにはなってきているので、クラフトポンまでもうすぐではないかと思うのだが……残念である。
「またまた。お気が早い。横糸の密度もきっちり合わせなければ、布としての評価はできませんぞ」
「はいぃ!」




