第151話 不思議な糸
「それで、袖の形はどうなりますか?」
あっさり職人モードに戻った現場についていけず、ライチはひとまず質問に答える。
「あ……と、袖は長めで。ここは少したるませて……でも、手首は絞ります」
「たるませる……もっと大きめに裁断した方が良さそうですね。分かりました。やってみます」
しばらく布のつまみ方を変えて試したあと、またみんなで、わいわいと留め方を工夫していく。
(鬼になるなんて、聞こえ間違いだよな? にこにこしてるし)
そう思いながら織り機に戻ったライチを、満面の笑みが出迎えた。
「さあ、さっそくやりましょうぞ。透けるものではありませんが、この五日、ずっとポリエクロスを織ってみたくてうずうずしていたのです」
「お願いします!じゃあ、さっそくこの糸を――」
ライチが糸を持って織り機へ向かおうとすると、ネクトルがにこにこと笑いながら、その肩をぽんと叩いた。
「またまた。ライチ君といったかな。面白いジョークですな。……まずは糸の確認ではありませんか」
「……へ?」
嬉しそうな顔は変わっていない。……いない、のだが、声がワントーン下がったような。
「この糸、同じ太さに見えても、実際にはわずかな違いがありますからな。まずは一本、触ってみてください」
ネクトルからポリエ糸を渡される。
指先で転がしてみる。
「……うん。細いですね」
「では、こちらは?」
「……あ……ちょっと太い?」
「そうですな。では、こちらとこちらは?」
「……ほぼ同じ?」
「では、太さ順に並べてみましょう。違っても構いません」
次々に糸を渡され、ライチは言われるがままフィーリングで比べていく。
「なるほど……糸の太さにばらつきがあると、布まで……」
「その通りです!いびつな質感の布になり、とても、最高級品とは言えないものになります」
(いや、最高級品までは作れなくて良いんですけど……)
クラフトポンが素材を分解・再構築していそうなことは、布オムツの質が良くなったことから実証済みだ。
おそらく糸のバラつき程度なら、補正してくれるはず。
「それにしても、このポリエ糸は、こうして見ると、本当に不思議なものですな」
「不思議? ですか?」
良い悪いでもなく、不思議だという感想は、初めて聞いた気がする。
「はい。よく見て触ればすぐに分かると思いますが、この糸は“撚っていない”のです」
「よっていないって……ほっ、ほんとデスね!」
『レーヨンのように液から引き出したんだから、そりゃそうだろう』とライチは一瞬思って、大慌てで不思議路線に乗っかった。
(危ない。俺は、この糸に詳しくない設定だった)
「そうなのです。一本の、ここまで細く長く美しい繊維……一体どのようにして作られたのでしょうか。ツタのような植物? クモの巣のようなもの?
(くっ……最高級品を作るには、原材料からと決まっておるのに、秘匿するとは……)」
後半の恨み節が、小声でもしっかり聞こえてしまった。が、聞こえなかったことにして平然を装うしかない。
「農村で作られた糸にしては、示し合わせたかのように、ほとんど同じ太さのまま巻かれ続けているのも気になりますな。普通、ここまで農村レベルの別個人の質が、揃うことはないのですぞ」
これまで、糸撚りには膨大な手間と時間をかけていたと、スピネラ村のみんなは話していた。それこそ指に血がにじむ程に。
それぞれが必死に麻から糸を撚っても、買い叩かれていた時代。それを経たからこそ、大糸紡ぎ会のあの笑顔、なのだろう。
(みんなでやり方を揃えて、同じように引いたおかげで、“質が揃ってる”って、服飾のプロに言われてますよ〜!やった〜!)
ライチは嬉しくなって、心の中でスピネラ村へ呼びかけた。
『みんなで一緒にやろう!』と文化祭みたいに盛り上がった結果、最高級品ができてしまっていたとは。それとも、それも見込んでの、あの会だったのだろうか。そうだとしたら、さすがのグレゴル村長である。
「いやあ。農村の方はスバらしいですねぇ。では、そろそろ縦糸を……」
素知らぬフリをしながら立ち上がったライチの肩を、ネクトルが優しく押し留める。
「まぁたまた。ライチ君。糸巻きの初めだけを見て、糸全てを確認した気になったなんて、そんな寝言は言いませんな」
はっはっは。と笑っている風で、目が完全に笑っていない。
「もも、勿論です。ちょっとした冗談です!糸も全て、勿論チェックさせていただきます!」
あっはっは。と、ライチも笑い返しながら、手近な糸巻きから糸を一本引き出す。適当に指で挟んで滑らしてみた。
「ライチ君……そのやり方では日が暮れますぞ」
ネクトルはそう言うと、作業台の上に木製の機械を置いた。
「今、この糸は、適当な木の棒に巻きつけてあるだけで、長さも質も分かりませんな。その確認をしつつ、別の糸巻きにきちんと巻き直す作業が必要です」
「確認しながら巻き直し……」
一枚の布に、縦糸が一体何本いると思っているのだろうか。
「そこで、私が改良を加えたこの機械!一つずつしか巻き替えられない既存のものと違い、一度に三つの糸巻きを巻き替えることができるのです!」
スピネラ村で糸を巻き付けていた芯には、どれも穴が空いて筒状になっている。ネクトルは、三つのポリエ糸巻きの芯を、細い棒が立っている場所に通し立てた。
そして、空の芯を、反対側の細い棒を一気に通し、三色団子のような状態にする。
ポリエ糸巻きの糸端を引き、中央の板にある小さな三つと三つのフックに通して、反対側の、空の三色団子糸巻き芯の切れ込みに挟んで留めた。
「巻き取り側は芯が回転しないよう留めてあるので、こうやってハンドルを回すと……」
「おお〜」
家庭科の授業で、ミシンを使ってボビンに糸を巻いたのを思い出す。
空の巻き取り芯が、ハンドルとともに三つ一緒に回転する。糸は、中央のフックにより板スレスレを通った後、巻き取られる流れだ。
「中央の板に指を当ててみてください。三本が同時に流れるので、慣れれば太さの違いがあればすぐ分かるのです」
「おおお〜!」
(こういうのがスピネラ村にもあったら、一気に糸が巻き取れるんだよな。参考になる)
「まあ、これは初心者用で、私が使うのは、さらに改良を重ねた、足回転式の、両手十本仕様ですがな」
「十本同時!」
十本の糸質を同時にチェックしながら、足で軸を回す……完全にプロの技だ。手でハンドルを回さない分、空いた手で更に糸を触ってチェックできるというわけか。
「これは、一般的ではない機械なんですか?」
ライチの質問に、ネクトルは眉を八の字にした。
「……あまりここまで糸の質にこだわるものがおらんのです。手触りも見た目も全く変わるというのに……」
「なるほど……」
ネクトルの話を聞いているうちに、ライチは、最高級のポリエ糸やポリエクロスづくりを、全て一つの農村に任せている今の現状を、早く何とかすべきだと再確認した。
王族まで巻き込みそうな物が、一つの農村でしか作れていないのは、危険すぎる。
(原材料の大量確保まであと少し。……そうなったら、スピネラ村の独占生産ではなくなるけど……俺は、ポリエクロスが農村でもオムツに使えるくらいに普及するのが理想だもんな)
「まぁ、今回は試し織りなので、糸の確認は省きましょう。この糸で、どの程度まで間隔を空けても布として成立するか。今からそこを検証しがてら、織りの練習をしていきましょうぞ」




