第150話 織物の鬼
(次は下半身だけど……神様って性別どっちなんだろう。男? 俺は直接見たは見たけど、世界の認識に合わせないと意味ないよな。唯一神みたいなことを言ってたっけ?)
即興創作をしながら、ライチは必死に脳をフル回転させる。言い方によっては、「神は女じゃない!」とか、ツッコまれてしまいそうだ。
「え、と、お座りになられていて、腰から下は見えませんでした。しかし、上半身が身体に沿うデザインなら、下半身まで沿わせてしまうと、あまりに全身のラインが見えすぎてしまうので、きっと神はそうされないでしょう。
個人的には、先ほどと同様、布を重ねて多めに使い、身体のラインが消えるように、ふんわりと広げるのはどうかと思います」
「プロのみなさま、いかがですか? わたくしは素人ですが、話だけ聞いていると、すぐに試してみたくなりましたの」
アルジーナのほがらかな声に引っ張られ、唖然としていた職人達も、次第に笑顔になっていく。
「“ポリエクロスが最も輝く形”だと、プロが太鼓判を押すには、まずは多くの試作が必要だろう。
ひとまず本日のライチくんの午後の予定はおさえてもらっているので、気になることはどんどん質問しながら進めよう」
「よし、ではさっそく、その“身体に沿わせた裁断と縫合”から、試してみようか。麻布とハサミ、針を頼む」
職人頭の息子さんの声かけで、一気に現場が動き始めた。
「職人方のお手が減ってはいけませんから、人形役はわたくしがいたしますわ」
アルジーナがいそいそと工房の中央に立つ。
「しかし奥様、なにぶん初めての試みですので、お召し物に穴が空いたり、ハサミが掠めないとは言い切れません……」
困ったような職人頭の声に、プルデリオがすかさず助け舟を出す。
「どれもすぐに直せるものだ。全く問題はない」
「ええ。問題ない服を着てきております。怪我をしても、文句は申し上げませんわ。どうぞお気になさらず」
夫婦の圧力に屈し、職人達はアルジーナを試作品の型にすることにしたようだ。
大きな麻布が広げられ、アルジーナの上半身になんとなく巻かれた。のり巻き状態で、ひとまずざっくりと裁断される。
「か、身体に沿わせて切る、とは……?」
その段階で、初っ端から全員でおろおろする。それもそのはず、誰一人、身体の形に合わせて布を立体的に仕立てたことがないのだ。そう、ライチも含め。
いきなりで、できるはずもなく。
(俺、服の型紙なんて知らないぞ)
家庭科で作ったものといえば、せいぜいフェルトのペンケースとか、巾着とか。直線の多い小物くらいだ。
「これ欲しい!」と、市販されていないぬいぐるみをルノに欲しがられたリノが、「丸みを出そうとすると、途端に難しい!切り方からして分からん!ごめんけど平面にする!」と方向転換して作ってあげていた姿を思い出す。
(身体なんて、ぬいぐるみより遥かに複雑ですがな)
しかし、神の世界だの何だの言い始めてしまっては、もう後戻りもできない。ライチのにわか知識と、プロの吸収力に賭けるしかない。
「背中や脇で身体に沿うように絞って……そうですそうです。この余ったところを……切ればいい、のかな?」
「切ると再調整が難しいので、ひとまず針で留めてみましょうか」
なるほど。確かに切ってしまっては直せなくなって勿体ない。職人が、布を指先でつまみ、仮に針で留めていく。
胸元、脇、腰。
それだけで、さっきまでただ巻いているだけだった布が、少しずつアルジーナの身体に沿っていく。
「……こうですか?」
「おお!」
思わず声が出た。
「そうです! その感じです!」
職人頭が、留めた部分をじっと観察する。
「なるほど……この留めている位置が縫い目になるなら、美しく見える位置を、かなり研究しなければなりませんね」
「待ってください」
別の職人が声を上げる。
「奥様、左腕を上げられますか? 針先は見ておきますので」
「左腕ですか。……あらっ、つっぱってしまって、上がりませんわ」
「ですよね。ここまで詰めると、腕を上げたときに引っ張られます」
「では、余裕が必要か。布を戻しますね。……奥様、これは?」
次々と意見が飛び交う。
(すご……)
さっきまで「どうするんだ?」と困っていたのに。
いったん形の方向が見えると、職人たちの目が変わった。
布の余り方、身体の動き、縫い目の位置、どこを詰め、どこを残すか。
あっという間に、ライチには分からないところまで話が進んでいく。
(これ、俺、いるかな……)
キセラの絵についての質問が頻繁に飛んでくるので、間違いなく居るべきなのだろうが、手足は完全に手持ち無沙汰である。
(何か暇つぶしでもしようかな。糸があるならミサンガとか)
ルノとやった糸遊びを思い出して、糸、糸……と視線を巡らせる。ふと、ある物が目にとまった。
(織り機……そうだ!)
ライチはピーンと、素晴らしいアイディアを閃いた。
「俺、機織りの経験が少しあるんで、皆さんにお話をしながら、機織りしてもいいですか? ポ……あの、新しい布が、透けるとどうなるかを見たくて。あ、でも、今織ってる布の糸は、外してもらわないといけないんですが……」
言ってる途中から、ライチ自身も「これは無理な頼みだな」と思えてきた。
なんだ、織り途中の糸を外すって。無理に決まってるだろ。縦糸を張るのがいかに大変かを知っているくせに。
「奥の織り機のことですかな? あちらは、私の私物でして、今はただ、雰囲気づくりの置き物になっているのです。是非とも、使ってやってください。ポリエ糸の透ける布……なんなら、私もご一緒しますぞ」
裁縫を全て職人に任せて見物していたネクトルが、織り機、と聞いて、ずずいっと前に出てきた。先ほどの値踏みするような視線ではなく、純粋にニコニコと嬉しそうに見える。
「え? こちらでは布を織らないんですか?」
織り機があるから、てっきりここで布を織るものだと思っていた。
「ほほほ、この一つだけでは、とてもお客様のご注文には足りません。ここ服飾工房とは別に、糸紡ぎの工房、機織りの工房、染色の工房、刺繍の工房などもそれぞれございます。
先ほど、透ける布と聞いて、すぐにでも取りかかりたいと思っていたところなのです」
そう言いながら、ネクトルはいそいそと指のストレッチをし始める。相当、機織りが好きらしい。カヤの、まんまるおじさん版だ。
(あと縦糸張りの経験が増えれば、ポリエクロスのクラフトポンができるようになる気がしてるんだよな、体感的に)
ネクトルと一緒にやってしまっては、経験値も半分になる気がする。
「あの、俺、行商人なんですけど、布を織れるようになりたくて、練習中の身でして。透ける布の試作のついでに、手早く縦糸を張るコツとかを教えてもらえたら、嬉しいんですが……」
なんとか経験値を確保しようと、共同作業から、指導へシフトチェンジを試みる。
「行商人さん。袖の形をもう一度お願いします」
ネクトルからの返事を待たず、仮衣装チームからお呼びがかかった。
「はーい」
駆け寄るライチに、背後から声がかかる。
「新しい糸で透ける布を織りつつ、縦糸張りのアドバイスですな。さっそく商人組合長にご持参いただいたポリエ糸の用意をしましょう」
頬を紅潮させる勢いで、るんるんで準備を始めるネクトルを見て、職人達がライチに耳打ちしてくれる。
「ネクトルさんに織物をさせるって、あなた、正気?」「普段はまんまるダルマだけど、織物に関しては、鬼になるのよ」「指導まで頼むなんて」「危険すぎるよ」
「えっ……」
ライチは何も言えず、フリーズした。
今、鬼って言った?




