第149話 神の服
(えーっと、開発者だってバレたらダメってことだよな。俺は、衣装案だけ伝える人、衣装案だけ伝える人……)
そんなことを念じている間に、ネクトルの鋭い視線がライチへと刺さる。
「奥様も、ご機嫌麗しゅう。……ところで、そちらのお方は――」
「紹介しましょう」
プルデリオが間を置かずに応える。
無意識なのか、意識的なのか、ネクトルとライチの間に、その長い足で、すっと割り込んできた。
人を紹介するにしては、いささか不親切な位置取りだ。
「彼は行商人のライチくんです。縁あって、今回の領主様の衣装作りについて、そのアイディアをもらうことになりました」
「ほう? “行商人くんのアイディア”を、ですか」
織物組合長の値踏みするような視線が、プルデリオ越しに、ライチに刺さる。
(そりゃ本業の方からしたら、気分は良くないですよねぇ……!)
怪しさが、満点オブ満点である。
(プルデリオさん、なんとかしてくれぇ……)
蛇に睨まれた蛙になって、笑顔のまま固まるライチ。口を開けばボロが出そうだ。
「そう、行商人ですから、服飾については、あまり詳しくはないそうです。ただ、神聖石は持っていないものの、日々神に熱心に祈っていたところ、夢の中で、神の世界を見たと言うんです」
すでに考えていた設定なのか、即興なのか、プルデリオは、淀みなく続ける。
「今回、領主様から命じられた『ポリエクロスが最も輝く衣装』に、その夢で見たものが転用できるのではないか。藁にもすがる思いで、最上級である織物組合長の工房で、彼のアイディアに対し、ご意見をいただくことにしました。
……こちらの来訪が、組合長のご不在に重なってしまい、無念の思いでしたが、ご予定を蹴ってまで駆けつけてくださり、感謝しています」
「夢の話とは。本当に、“藁にも”ですなぁ」
(夢とはいえ、神の世界を見たって……!? みんなを納得させるためとはいえ、なんかどんどん嘘まみれで大層なことになってる!)
便利ワード第一位、神。
あまりに便利に使いすぎて、どんどん自分が神々しい存在になってしまわないか心配である。事実、神に優遇されているものだから、さらに都合が悪い。
「彼の見たものを、そのまま作れるわけではありません。本人も服飾については素人だそうなので、見たものを聞き出し、プロの手で再現していただくような形になります」
そこでプルデリオが、ネクトルをまっすぐ見た。
「だが、ご命令がご命令です。私としても、命をかけて、なんとしてでも成功させたいと思っているのです。彼の見たものを知れたのも、きっと、神のお導きでしょう」
「ふむぅ。そういったご事情が……」
ネクトルが、じろじろとライチを見る。
さすがにここまできて黙っているのも不自然だ。
ライチはにこやかに自己紹介をすることにした。
「行商人の、ライチです。夢で見た物を、みなさんにお伝えすることしかできませんが、精一杯頑張ります。プロの目と手で、最高の物に仕上げてもらえたらと思います。よろしくお願いします」
「ネクトルです。こちらこそ、よろしくお願いいたしますぞ」
職人達の頷きとともに、ネクトルが代表で声をあげる。にこやかな声ではあるが、目が笑っていない気がする。
「それにしても……」
ネクトルが、思い出したように、不服そうな顔でプルデリオを見た。
「我々織物組合も、ギルドホールでの組合会議からこの五日。新しい布への染色や刺繍を試したり、くだんの農村へ人を派遣したり、消えた旅人の動向を調べたり、生産体制を整えるべく道具の新調を検討したりと、動いてまいりましたがね」
(徒歩九日の距離の村だもんなぁ。できてもそれくらいだよな。
往復だけで半月以上かかるし……)
「それなのに、一体全体どうして領主様は、商人組合長に件のご命令をされたのでしょうな?」
ネクトルの声に、少しだけ棘が混じった。
「服飾も、織物も、我々の専門ではございませんか。結局、実際に布を織り、衣装を仕立てるのは我々ですぞ」
「……」
「こう申してはなんですが……手柄を持っていかれたようで、あまり、良い気はいたしませんなぁ」
「……。“このような商品を、あちらこちらの工房を繋いで、作り上げて持ってこい”――というご要望を聞くのが、商人です」
プルデリオが、静かに答えた。
「まして今回は、王族の方々の前で着ていただくご衣装。
場合によっては、工房の枠を超え、組合の枠も超え、様々な分野の職人を繋いで、一致団結して作り上げなければ……我々に、明日はありません」
「…………むう」
ネクトルが小さく唸る。
命令主が命令主だけに、納得せざるを得ない、といったところか。
「――お互い、時間もありませんし、さっそく行商人さんの意見を聞いてみませんこと? わたくし、断片のみを聞いて、この場を非常に楽しみにしておりましたの」
重めの雰囲気をぶった切るように、アルジーナの上品で華やかな声が響いた。
職人達には女性も混じっていて、「本当ね……」「どんなものかしら……」と、期待のざわめきが広がり、空気が軽くなっていく。
(神の世界の新しいご衣装って?! みたいなご期待ですよね。皆さんの好みに合うかは分かりませんが……)
あわあわと脳内で言い訳をして、ライチは周囲の視線に促されるまま、一歩前に出た。
「“新しい布”のことは、あまりシリマセンが、俺の夢でカミサマ……が、ご着用になっていたのは、非常に軽やかなお召し物でした」
こうなったら、この設定でやるしかない。腹をくくって、即興創作を口から垂れ流す。
「軽やか……そうだな。王族がポリエクロスを見るとき、基本はシルクだと考えると思ってもらっていいだろう」
「あの、王族ですらなかなか手に入らない、異国の布ですか。うちにもほとんど流れてきませんな」
プルデリオの補足に、ネクトルが反応する。
「神の世界の服は、形から違いました。現世のチュニック型ではなく、まったく違う新しいものだったんです。それを、商人組合長に相談したところ、今この場に立たせてもらえることになりました」
「キセラを」
アルジーナの指示で、使用人が、蝋板に描かれたラフスケッチを持ってくる。
「これは、夢を見た後、急いで俺が描いたものです。今のスタイルのように、四角い布を腰で絞ったり、一枚布を巻き付けたりするのではなく、そもそも身体の線に合わせた形に布を切り、服をピタリと身体に密着させるんです」
スケッチを指しながらライチは説明する。
「着られるのが夏だということをお聞きしました。丁度ユメの中でも、涼しげに透けた布を、着ておられました。
そこで、新しい糸を織る際に、糸の隙間をあけて、透かし織りにしてはどうかと提案しました」
「ふぅむ。行商人くんはご存知ないかもしれませんが、“透けた布”には、どうしても貧乏人のイメージがつきまといますがね……」
片眉を上げたネクトルの言葉に、ライチは素直に頷く。
「そうですね。神も、透けたままでは、ご着用されていませんでした。透けない艶のある布の上から、何枚も何枚も透ける布を重ねておられたんです。これを、貧乏だと感じる者はいないでしょう」
「身体が透けて見えるのは、はしたないと捉える方もおられそうですし、重ねるのはいいですわね」
アルジーナがアシストしてくれる。
「重ねるときも、ただ重ねるのではなく、それぞれの布が、それぞれひだを作り、ボリュームが出ていました」
「例年のように、夏でも分厚くて重い衣装を着ておられる諸侯の目に、日差しの熱さに合った風の通るご衣装は、さぞ涼しげに映ることだろうと、私はこの案を採用させてもらった」




