第148話 服飾工房
「あっ、そうそう、今の現象についても、俺のやったことに関しては“他言無用”でお願いしますね」
ライチの忠告を受けた後、目の前の現実を否定するように、フガークスが一度、ブンッと首を振った。
「いやいやいや!? 桶の中身は? どこにいった? 粉は? 肥溜め池は? 地面が隆起している? なんだ、今の現象は?」
なぜなに期状態のフガークスに、いろいろと説明してあげたいのはやまやまが、なにせもう時間がない。
「王家の大魔道具の代わりを、気合でポーンと地中に埋めてみました!また明日ゆっくりお伝えするんで、今日はもう休んでください!変に話して、また興奮して寝れなくなっちゃったら、困りますし」
「はぁぁ?? 大魔道具の代わり?! なんだそれは。隠されると余計に寝れなくなる!」
「まあまあ。はい、今日の半日分、五万Gね」
ライチの強引な送金を、発狂しながらも渋々受け取るフガークス。
「念のため、体調最優先で、明日は午後まで休んでください。お昼の鐘で、ここ肥溜め池に集合、ってことで。それより早くは、俺は来ませんからね。必ず休んでくださいよ!
俺の買った桶五つと、中身が残っているものは、そのまま乗せて置いておいてください。では、返却、お願いします!!また明日!!」
わーわーと文句を言うフガークスを残し、ライチは一気にまくし立て、手を振って去り始める。
本当に時間がないのだ。プルデリオ夫妻に詰められてしまう。想像しただけで背筋が寒い。
ライチが走って少し離れると、フガークスは観念したようだ。操縦席に座り、軽くなった飛車をふわりと浮かせる。
後ろ髪を引かれていることをアピールするように、わざわざ空中でぐるりと周回してから、フガークスは城の方へ飛んでいった。
先のトラブルを感じさせない安定した飛行に、ホッと胸を撫で下ろし、ライチは今度こそ、全力疾走し始めた。
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郊外村の子ども達も振り切って、全力で屋敷に戻ってきた。
この年での全力疾走は、かなりキツい。急いでいるはずなのに、何度も歩きながらになってしまった。
「ただいま、戻りました!」
「あら、お早いお帰りで」
使用人に囲まれ、準備万端に見えるアルジーナが、ホールで待っていた。目が、笑っていない気がする。
「すみませ、遅くなって」
「遅くはない。昼の鐘はまだだからな」
息を切らせたまま汗だくで謝罪をするライチに、冷静なフォローが入った。アルジーナの横に立っている、プルデリオだ。
――(カーン カーン……)
その静かな空間に、遠くで響く鐘の音が入り込む。
(ぬおぉ、ギッリギリ!というか、ほぼアウト!)
さらに汗が流れ出る。使用人が渡しに来てくれた汗拭き用の布を受け取って、さっと額と首の汗を拭わせてもらう。
「“時に襲われた”ことでもあるのか? まぁ、少し落ち着くといい」
怪訝そうなプルデリオの指示で、使用人から水が一杯、差し出される。
ライチはお礼を言って受け取ると、一気にあおった。
(時間に襲わたことなんて、勿論ないけど……。
そうか、時計もない世界じゃ、『鐘が鳴ったし、そろそろかな〜』くらいの感覚でも普通か。“時間の約束は流動的なもの”って外国じゃよく聞くし。
日本と、十そこそこの国くらいだよな、時間にキチキチしてるのなんて)
そうして落ち着いてよく見てみると、アルジーナも心配そうに、手持ちの布でパタパタとライチを扇いでくれている。
(遅刻してなくて、よかった……)
こことは常識が違うとしても、どうしても日本人の感覚で判断してしまう。
ライチは周りにお礼を言いながら、ようやく肩の力を抜いた。
――ぐぅぎゅぅぅぅ……
ホッとした途端、時間に正確な日本人の腹時計が鳴る。
「昼食もまだだったか」
プルデリオの指示ですぐに、丸い白パンの切れ込みにチーズやハムが挟んである、サンドイッチもどきのランチボックスが届けられた。
「わぁ、美味しそう!歩きながらになりますけど、味わって食べますね」
行儀は悪いが時間もない。移動しながら食べさせてもらうことにする。
「では、服飾工房へ向かおうか」
プルデリオ夫妻と、荷物をたくさん持った使用人達がぞろぞろと歩く列に、ライチもくっついて行く。
「うんうん。うまぁい」
空腹は最高のスパイスなのかもしれないが、実際ここのところ、パンが前より少しふんわりしてきている気がする。厨房でも領主への献上会に向けて、いろいろと試行錯誤中なのだろう。
「――ここだ」
案内されたのは、富裕層街の一角にある、大きな木造の建物だった。
建物の外にはたくさんの花が咲き、壁から突き出たポールには、色鮮やかな布が垂れ下がっている。
中に通されると、これまた色とりどりの布が積まれていた。
作業台に置かれた糸巻きや、針山。刺繍し途中の大きな布がいくつも。そして、壁際には巨大な機織り機。
職人が、それぞれ流れるように手を動かしている。
(おお……これが、お貴族様向けの、服飾工房。当たり前だけど、既製品は置いてないんだな)
日本で“服屋”と聞くと、服が並んでいて、選んで買うイメージだ。
だが、貴族向けともなれば、フルオーダーメイド。布や色や刺繍を選び、個人向けに仕立てるのが一般的なのだろう。
(なんか……旅行先のオプショナルツアーで、伝統工芸の見学に来たみたいだな)
ライチは、いつもの観光気分で、きょろきょろと工房の中を見回した。
その不審な様子にか、職人達がチラチラとライチを見てくる。
プルデリオ夫妻と話していた職人の一人が、パンパンと手を打って、職人を集合させた。
「商人組合長のプルデリオさんだ。領主様のご命令を受け、我が工房へといらっしゃった」
「プルデリオだ。領主様より、“新しい布が一番輝く衣装を考案し、作製せよ”とのご命令を賜った。
当然、領主様の衣装作りに精通している、最も歴史と権威のあるこちらの工房に、実作業を委ねることとなる。ご命令の完遂を目指して、尽力してもらいたい」
プルデリオが話す前から、事前に話は通っていたようだ。どの職人も緊張した面持ちである。
「商人組合長。お急ぎでいらしていただいたところ、申し訳ないのですが、先にお伝えしてある通り、本日は私の父、ネクトルが、諸用により席を外しておりまして。
代わりに、職人頭であるこのフィロルが、この場を仕切らせていただきます。どうぞよろしくお願いします」
「お父上である織物組合長がご不在なことは把握している。この時間しか都合がつかず、申し訳ないが、こちらこそよろしく願う」
職人をまとめていた男性が、申し訳無さそうな顔をしている。
(織物組合長の息子さんが、職人さんのトップなんだ。ん? 織物組合長って……)
なんだか聞いたことがある響きだなぁ、と、記憶を辿る。
(あっ!!思い出した。組合会議でポリエクロスにわーわー言ってた人だ。なんかかっぷく良さそうな声の)
隠れていたので姿は認知していないが、なんとなく、あれこれ発言していた人のイメージは残っている。
(ここ、あの人の工房なんだ)
「――おやおや。商人組合長ではありませんか」
(そうそう、こんな声、こんな声)
まさに記憶の通りの声が、突如工房の奥から響いた。
全員の視線が、声の主に集まる。
開いた戸枠を通り、ずん、でん、どん、とした体格の、ずんぐりむっくりなおじさんが現れた。
「ネクトル織物組合長。――ご予定がおありと聞いていましたが」
プルデリオが、いつも通りの落ち着いた声で言う。
「ええ。本来ならばそうですな」
ネクトルは、余裕のある笑みをたたえている。
「ですが、商人組合長が、最優先のご依頼のためにこちらへお越しと聞けば……他の予定など、蹴るしかございません」
「……そうですか。お心遣い感謝いたします」
プルデリオの返事が、ほんの少し硬くなる。
ライチはその雰囲気でピンときた。
(あっ、もしかして、俺をこの人から遠ざけるために、わざわざ不在の日を狙って来た……とか?)
確か、ポリエ糸の製法を、ものすごく知りたがっていた人ではなかったか。
気づいた瞬間、ライチの身体に、じわりと警戒の汗が滲み出る。




