第147話 クラフト ぼんっ
「しかも、積載しまくった家畜運搬飛車で……。運が悪かったら、こっちか街に被害が出るところだったし……」
冷静になってきたのか、どんどんフガークスが落ち込んでいく。
「運が悪かったら……ってことは、あの高さからあの重さで落ちても、大丈夫なパターンもあるんですか?」
生命の危機だ、ここは確認しておきたい。落ち込みから気をそらしたい気持ちもありつつ。
「死ぬってほど速くは落ちなかっただろ? 飛車は、落ちたら上も下も本当に危ないから、注がれた魔力を一気に使い切らず、部分的に使いながら飛ぶんだ。不測の事態で魔力供給がなくなっても、ある程度の浮遊力は残して降りられるようになってる。あれだけ重いなら……木製の家の屋根と、こっちの飛車がちょっと壊れたかな? それはそれで、安全管理的に俺の地位がアウトだし」
(え〜? そうなのか。死ぬほどではなかった? 本当に? めちゃくちゃ速く落ちてるように感じたけど……)
当時は、迫ってくる街に、どんどん重力で等速に加速する飛車。死の未来しか見えなかったけど。
(意外と、オネショレベルの心配ができるくらい、安全な事態だったのか)
高所と飛車が怖すぎて、妄想の恐怖で死にかけてしまったようだ。
(なぁんだ……)
「だから、実際飛ばすより何倍も魔力を注がなきゃで……まあ、魔力がすっからかんになったんだけども……。うわ〜……絶対余裕だと思ったのに……ほんと最悪」
フガークスの頭がどんどん落ちていく。このままでは椅子から転げ落ちそうだ。
「おっ、俺も、父性切れしましたから!一緒ですよ」
(多分最初のあれも、高所恐怖だったけど……)
他にかけるべき言葉も見当たらず、ライチは必死にフォローをした。
「それも……そうか。……ありがとう。ふっ、“切れ切れコンビ”、だな」
(そんな、中二病同士が、内緒で刃物のコンビ名をつけるみたいな……)
「そ、そうそう。“切れ切れコンビ”ですよ。今後ともどうぞご贔屓に」
ライチは遠い目になりながらも、甘んじてその称号を受け入れた。
「無事に、荒地の方まで下ろせたんだ。すごい。……頑張ったな」
甥っ子姪っ子にしているのか、ぽんぽんと優しく頭を叩かれて、先ほどはどこかに消えていた当時の恐怖を、リアルに思い出す。
ライチは年甲斐もなく、ほんのちょっとだけ泣きそうになった。
「めっっっちゃ孤独でしたよ。フガークスさんが横にいなかったら、俺も意識が飛んでたかもです。安全に降りれるって知らなくて、“この重さなら死ぬかも”って思ったら、一気にパニックになっちゃって。とにかく……必死でした」
ヒーローインタビューに答えるような気持ちで、ライチは自分の頑張りを訴えた。
「うん……うん。分かるよ。昨日一昨日だけだけど、見てたから分かる。重いと、勝手が違うよな。“重いと落ちるのも速い”、みたいな脅しも、無駄に怖がらせちゃったよな。
……前やったときは、あれくらい重くても普通に上がったから……考えが甘かったよ、ごめん」
六歳も年下に心から謝られてしまい、ライチは即座に自分の弱い心をビンタした。
「いえ、俺の荷物でしたし!一度で運ぼうって、一緒に決めましたし!フガークスさんの体調が万全なら、余裕、で合ってましたし!実際、無事安全に降りられましたし!」
「……ふふ。今度運ぶときは、面倒くさがらないで、二回に分けよう」
赤い寝跡と寝癖をつけたまま、フガークスが笑った。ライチも笑う。
「ですね。本気でもうこりごりです」
空の旅の危険さを、身を持って学んだ“切れ切れコンビ”で、うんうんと頷き合う。
「なんだっけ、午後に予定があるんだっけ。日の高さ的に、そろそろだよな。まだ頭が痛いし、半日分の代金をもらって、今日は解散かな」
「!!」
フガークスの言葉に、ライチはハッと反射的に左腕を見た。無い。腕時計は会社のデスクだ。空を見る。
そろそろ太陽が真上に届きそうだ!これはいかん!
「あわわわ、やばいやばい……フガークスさん、意識が戻ったばかりにすみません。城からお借りした桶を、返しといてもらうことって、できますか?」
急に時間がないことを自覚したライチは、切羽詰まって聞いてみた。魔力切れを起こしたばかりの人に、飛車を飛ばして、さらにおつかいも頼むことは、人道的に正しいことなのだろうか。焦ってしまい、配慮が追いつかない。
「……ん、ああ。俺、溜めておける魔力はそんなにないけど、生成量はそこそこあるんだ。だから、魔力切れを起こしても、ちょっと経ったらすぐに満量溜まるよ。……代わりに、こまめに使わないとすぐに気分が悪くなるけど。
おつかいをするのは、全然大丈夫」
なるほど。魔力コップは小さめだが、たまっていく速度が速いタイプらしい。瞬発型ではなく、持続型、とでも言うべきか。
起きたばかりのフガークスは、なんということもなさそうに続ける。
「城に桶ね。早く返してくれって言ってたもんな。了解。じゃあ、この中身はどうする?」
「あ、中身は今すぐ使っちゃいます」
「?? 今すぐ?」
「多分いけるはずなんで。神様に圧をかけたんで。……ちょっと、待っててくださいね」
ライチは、操縦席から再度、地面に移動した。
「そうだそうだ。スピネラ村のお試し用に、ちょっと分けておいてっと……」
ライチは大急ぎで、魔導粉の袋と、魔導粘土の入った私物の大桶を一つ、少し離れた場所に避難させた。
これは、大切な実験用だ。この距離で、ポンに巻き込まれないことを祈る。
(“使用者への愛情”、ね。村の子ども達。街の子ども達。そして稼ぎを届ける我が子達も……)
目を瞑って集中する。むくむくむくむくと、胸で愛情が膨らんでいく。
(土地が広大? はっ。我が子と生き別れた親のエネルギーを、舐めてもらっちゃ困るぞ〜!)
思えば思うだけ、胸が苦しくて、頭が爆発しそうなほどに、子どもへの愛情が滾ってくる。
先ほど描いた設計図を思い出し、イメージを固める。
なんとなく、神様に呼びかけるような気持ちで、心の中でハッキリと声に出した。
(設計図の通りに!
垂直線つき平行線を!
この領地の、この広大な荒地の!
地下、一・五メートルの深さに!
ちょくちょく注入ポイントで、地表まで枝分かれさせて!
注入ポイントはキューブの形!
コードの太さは七ミリメートル!
俺のエネルギーの……届くところまで!)
「人工魔導体!クラフトぉぉ……ポーーン!」
ライチは両手を広げて、必殺技よろしく、なんとなくで遠距離まで念を飛ばしてみた。
――…… ぼ ん っ !! ぐぼんっ びしぃっ!
やや間を置いて、ポンを通り越して、ボンのような可愛くない音を立てて、目の前の地面がほんの少しだけ盛り上がった。
小さく地面を盛り上げる音が、破裂音に聞こえたほど、見渡す限りの地面が、等間隔に盛り上がっている。
同時に、池の水かさが、風呂の栓を抜いたような、大きな音を立てた瞬間に、一気に減っている。
「おおお〜!!やったぁ〜!いえーい!やっぱりできた!俺、すご〜い!!
荷台は……うん!桶も袋も、避けたやつ以外は、全部空!……ということは、池の粘土の方が、やっぱり多かったのかな。池は一気にかさが減ったな。そりゃそうか。
う〜ん、見た感じ地の果てまで盛り上がってそうだけど……効果範囲を見に行くのは、明日回しかなぁ。
あっ、この小桶はフガークスさんのでしたね。全部大切に使いました。ありがとうございました」
時間がない。
爽やかな笑顔でぺらぺらと喋り、空になった荷台を示してまとめに入るライチに、フガークスは目を見開いて静止している。




