第146話 オネショより
「――よし。こんなもんかな」
ライチの描き上げた設計図は、ごくシンプルな二メートル間隔の平行線だ。
たまに垂直に交わる線で、全ての平行線を繋ぐような形にしてみた。冊冊冊の字のような形だ。
「……でもこれ、クラフトスキルさんの言う通り、本当に“地表”でいいのか? クワとかスキとか牛とかで耕したら、“刃物で切断できる”って書いてるんだから、当たったら切れちゃわないか?」
切れた箇所を探して繋ぎ直すのは、骨が折れそうだし、位置の特定も難しそうだ。
「切れないように……地表……地表……地中?」
ライチはしばらく思案して、一つ頷いた。
「うん。どうせ地中に大魔道具もないんだし、もし可能なら、そりゃ他の土地みたいに、地中に埋めてある方が、絶対畑仕事の邪魔にならないよな?」
ライチには、農耕で何センチの深さまで土を使うのかは分からないが、一メートルくらいの深さなら、先ほどの実験の緑化効果の範囲的にも、丁度良いのではないだろうか。
「あ、水路も通したいんだ。念のため、一・五メートルくらいの深さにしとけば、バッチリじゃないか、な〜?」
ライチは立ち上がる。
「とりあえず、前提として、まずは、ポンで座標指定……地中に埋めれるかを確かめないと、だな」
できないことをあれこれ考えても仕方がない。
ライチは荷台から少量だけ材料を取り、少し離れた地面に立つ。素材からクラフトできるかも見るためだ。
ついでにチラリとフガークスを見たが、まだ寝ているようだった。寝ている子ども達にするように、じっ……と注視すると、呼吸でわずかに肩が上下している。
ライチは手慣れた空想で父性を程よく滾らせつつ、地面に手をかざした。
「俺の足元、地下一・五メートルの場所に、太さ七ミリメートルの人工魔導体を……クラフトォォ、ポン!」
――ぽんっ みしっ
いつものコミカルな音に合わせて、地面がビシリと盛り上がる。盛り上がりの高さは、指定通り七ミリほど。長さは、持ってきた素材分で、ほんの五センチほどだ。
「おお〜!!掘れないから、ちょっと深さは分からないけど、地中にコードが埋まった分、土が盛り上がって浮いたんだよな!やった!」
地中にできあがったのは間違いなさそうだ。
クラフトポンの、座標指定成功に、ライチは小躍りしたくなった。
(あっ、これ、もし土にミミズとかがいたら、盛り上がるときの断層で体が真っ二つ……とかにはならないよな? 荒地は死んだ土地らしいから、生き物は、いないよな?)
クラフトスキルさん、無用な殺生は、無しにしてもらえるとありがたい。
「いやぁ〜、しかし……もうこれ、勝ち確定ではないですか〜」
でぇっへっへ。と笑って後ろ頭を押さえながら、だらけた顔をしてしまう。
人工魔導体もできた。地下に座標指定もできた。ミニ緑化サークルもできた。
これはもう勝った。口笛でも吹きたい気分だ。
「おぉっと!危ない。地下から地表に線を延長するポイントを、作っとかないとな。直接触れて、父性エネルギーを注ぐんだから」
ライチはガリガリと砂の設計図に注入ポイントを描き加える。全て地下に埋めてしまっては、文字通り、手も足も出なくなるところだった。
(地表に出す先っぽの形も工夫しないと、作物が育ったら見失うか)
注入ポイントが探しやすいように、先端はボールとか、キューブにでもしておくと良さそうだ。
(あとは、素材集めだけかぁぁ)
ラメの方は、使用量が少ないので、半年分ももらえれば、かなりの範囲をまかなえそうだ。
「問題は…………魔力持ちのうんち…………」
今日の量で城の何日分なのだろうか。魔力組合の方にも掛け合うべきなのだろうか。
「うんち……うんち……うんち……」
幼稚園児が聞いたら踊り出しそうな、あまりに汚い独り言を繰り返し、ライチは考え込んだ。
(何か……なんだっけ。ほら、いい案がどこかに眠っていたような……)
あの、あれあれ。あれだよ。えーと……。
「……」
風がそよそよと、ライチの髪と、雑草サークルを撫でる。
(そう、諦めたんだ、池の水……池……)
「あーーーっ!!肥溜め池だ!!」
ライチは大きく手を打った。
(そうだ!『肥溜めを分解したスーパーバクテリアくん池の底に、百年分とかの魔導粘土が、埋まってるんじゃない?』って、アルフィアーナさんと思いついて、わーいわーいと喜んだやつ!)
「あかんわ、どうやっても池の水が抜けませんやん……」と二人でガックシと諦めた、あの。
「クラフトポンなら、池の水があるままでも、遠隔でクラフトに使用できるのでは?!俺天才?!
普段も、手をかざすだけですもんねぇ?! ねぇ神様?!」
無意味に空に圧力をかけてみる。
いけるはずだ。いけなかったらおかしい。いけると言ってくれ。
ライチは、大興奮で、地面に下ろしていた大桶を荷台に乗せて、後片付けをする。
「フガークスさん、ちょっとだけ、移動します!」
散々恐怖に怯えながら降ろした飛車だとは思えないほど軽やかに、ライチは飛車を浮かせる。まるで、荷台には何も乗っていないかのようだ。
楽しい我が子との思い出を辿りながら、飛車は滑らかに肥溜め池に向かって飛行する。
「♪あ〜の〜ひ〜との〜 パパに会うために〜」
魔女が宅配業をしている物語の歌を歌いながら、ノリノリでライチは飛ぶ。
今度は、魔女が飛べなくなるシーンなんて、よぎりもしなかった。
自家用車を運転するような自然な流れで、飛車を肥溜め池の横に着陸させた。
念のため、肥溜めオアシスに隠れるために、郊外村とは反対側に下ろしてある。
「……うわぁ、どうしよ。めっちゃワクワクするな。今度はラメの方が、足りるといいけど……」
荷台の大桶に、さらに、長年のうんち溜まりだ。半年分の粉で足りるのか……。
(あっ。そういや、クラフト工程にあった“水洗いで不純物をどける”ってやつは……いらないよな? クラフトポンなら)
確か、わざわざ分けなくても、必要な材料だけ持っていく仕様だったはずだ。
いける。絶対いける。いけてくれ。
「どれだけ広大になるか、分からないから、死ぬほど父性がいるよな……まぁ俺にかかれば余裕だけど」
操縦席から降り、腕を回して気合を入れる。
――その時、突如、ライチの耳に、小さな声が届いた。
「――ぃてててて……何、痛っ、うっ、くらくらする」
ついにフガークスが目を覚ましたようだ。
「フガークスさん!ご無事ですか?」
ライチは大慌てで操縦席へ戻る。
(意識が戻って、よかった……!)
フガークスに以前「魔力切れならぬ、父性切れだ。今日は休んどけ」と言われていなかったら、医者を探して、街中を駆け回っていたことだろう。
実際、あと少し起きなかったら、誰かに相談しに行っていたところだ。
「無事は……無事。あー……魔力切れ、やっちまったかぁ……さいあく」
寝跡が思いっきりついた右頬を赤くして、フガークスは片手で頭を押さえた。
「??」
ライチは首を傾げる。
「絶対……誰にも言わないで」
「何をですか?」
「魔力切れ。…………成人の……オネショより、恥ずかしいんだ」
「お、オネショより?!」
大人が寝てる時におしっこを出してしまうのも、たいがい誰にも知られたくない恥ずべきことな気もするが……。この世界では、魔力管理の出来なさが、究極の恥のようだ。




