↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
パパは異世界ATM 〜家族に届く育児クラフト〜  作者: taniko


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
145/173

第144話 あかん


 こんなところで死ぬなら、転移なんて、本当に何の意味も、価値も、ないではないか。


(まだ何も、できてない)


 街が。街に。


 嫌だ。


 死にたくない。


 家族に。家族へ。家族が。

 

(こんな……何もできないうちに、死にたくない)


 いや。




「死ねない!!」




 ライチは、フガークスの身体が落ちないように左手で押さえ、一度強く目を閉じた。


「お、おおお、おちつけ、おちつけ、おちつけ」


 街に落ちるわけにはいかない。子どもだってたくさんいるのだ。


 押さえているフガークスは温かい。眠っているようにも見える。二十六と言っていたか。こうして見ると、まだあどけない。


「寝顔、そう、子どもの、寝顔」


 子ども達の寝顔は、毎日成長記録に撮影させてもらっていた。大きくなったら、一気にスライドショーにして、成長を噛みしめるんだと。


 ――ふわり


 操縦桿が光った。


 身体にかかっていた圧力が、軽くなる。

 飛車に浮力が戻った。


 飛車は高度を取り戻し、荒地に向かって進み始める。



「はぁ、はぁ……」



 呼吸を忘れていたようだ。胸が、苦しい。


 空気をむさぼるように吸う。


 手が震えて、暴れる。

 必死に、魔導盤に押さえつける。


 ……でも、飛んでいる。

 落ちていない。


 寝ている様子のフガークスを見た。


「フガークスさん……絶対、地上まで連れて行きますから」


 声が掠れる。震える。


(わっ、だめだ)


 子どものこと以外を考えすぎると、落下が始まってしまう。


 ライチはまた目を閉じて、我が子に呼びかけた。




---




「着い……た!」


 飛車が荒地に着陸した。


「やった。できたんだ。やった」


 生還を噛み締める。自然と頬が緩む。



 その瞬間、世界がぐにゃりと歪んだ。


「はれ?」


 全身のネジが一斉に外されたようだった。膝から下の感覚が唐突に消え失せ、座ることもままならない。

 ライチは操縦桿を支えにしながら、ずるりと操縦席の下に崩れ落ちた。


 立ち上がろうにも、足に全く力が入らない。


(”腰が抜ける”って、まさかこれ?! 本当に、力が入らないじゃないか)


 人生初の腰抜けである。

 ライチは安堵感と達成感に包まれながら、どこか他人事のように、ザラリとした床面に肘をついた。


「はっ、ふっ……」


(あれ? なんだ、息が)


 喉の奥から、情けない引きつった呼気が漏れる。


 自分の身体のことだ。急激に血の気が引いていくのが分かった。

 視界の端がチカチカと暗くなり、強烈な目眩が襲う。


「目が」


 それと同時に、身体が異常な変調を訴え始めた。


 ガタガタと、両手両足が勝手に震え出す。

 止めようと床に手を突き、力を込めても、震えはむしろ激しくなって全身に伝播していく。


(あばばばばば、なんだ、こ、れ)


 歯の根が合わず、カチカチと音を立てた。もちろん寒いわけではない。


 命の危機に晒されていた全身が、溜め込んだ異常なエネルギーを吐き出そうと、踊り狂っているかのようだ。


「あ、はは……っ、あははは!?」


 不意に、喉の奥から勝手に笑いが込み上げてきた。


 確かに、はたから見たら操縦席の座面と床面に寝ている成人男性二人。面白く見える人もいるかもしれない。

 しかし、ライチのものは違った。全くおかしくもないのに笑えるし、なぜか涙で視界がにじむ。


 恐怖なのか、安堵なのか、それすらも分からない感情の濁流が胸を突き上げて、笑い声と嗚咽になって喉から漏れ出す。


 腰を抜かしながら笑って泣くという、ひどくチグハグな姿で、ライチは床に這いつくばっていた。



「――ふー……ようやく落ち着いた。何だったんだ、今の。こわっ」


 三分間ほどの激しい感情の嵐が、唐突に去っていった。


「ん? あれ?」


 今度は、底なしの泥のような疲労感が、一気に身体を支配してくる。


「えっ、うそ、ちょっと待って」


 五感が急速にシャットダウンしていく。


 瞼が鉛のように重い。


 頭が、強烈な眠気に塗りつぶされていく。


「こんなところで、二人で――」

 寝たらあかん。


 その言葉が口から出たかは、分からないま




---




「あかーーん!!」


 お笑いの夢でも見ていたのか。不慣れな関西弁でツッコみながら、ライチの意識が覚醒した。


「あだっ、頭が、痛い!」


 全身も筋肉痛のようになっている。生命の危機に瀕すると、人体はこのようなことになるとは。

 死を前に異世界へ転移しておいてなんだが、貴重な初体験だ。もう経験したくもないが。


「おおっ、腰、生き返ってる」


 そう言いながら、ガクガクする身体に鞭打ち、操縦桿にすがりながら、すぐに立ち上がる。


 ライチは、いの一番にフガークスの状態を確認した。


 意識を手放す前と同じように、操縦席で眠っている。

 ほっ……としつつも、念のため顔を寄せて呼吸を確認し、ライチは一つ頷いた。


「よかったぁ。任務、達成」


 操縦席に座って空を見る。まだ太陽は午前の位置だ。それほど眠ってはいなかったようだ。


「午後はプルデリオさんたちとの予定もあるからな」


 生命の危機が去ると、日常が戻ってくる。

 すっぽかすことにならなくて、本当に良かった。


 まだ小刻みに震える指先を押さえながら、ライチは荷台を覗き込んだ。


「うわっ、結構傾いちゃってるな」


 重ねてあった桶がズレて、斜めに倒れてしまっている。

 桶に入れてあるのが硬い粘土でなかったら、もっと酷いことになっていただろうが、粘度が高いおかげで、特に中身はこぼれていないようだ。


「この頭痛いのって、父性の使いすぎ、とかじゃないよな?」


 生命の危機によっての不調なのか、父性の操作による不調なのか、判別がつかない。


「一人で操縦して魔力組合に連れてく……なんてできないし、フガークスさんが起きるまでは待ち時間か……。まあ、粘土でもこねこねしとくか」


 ライチは、気持ちを切り替えて、荷台の方に移動した。



 散乱した材料を見ながら、脳内のクラフトメモを参照する。


「魔導鉱と魔石の粉、よーし。魔力持ちの排泄物をスーパーバクテリアくんで分解して、水洗いした魔導粘土、よーし」


(フガークスさんのお気持ちも、ちゃんと入ってるぞ)


 使用人達が気づいて、空になった小桶も洗ってくれたようだ。綺麗になって荷台に転がっているのが見える。


「まずは桶一つ分でやってみるか」


 手近な大桶を一つ荒地に下ろす。割と重いが、揺れを気にしなくても溢れないので、蓋になっている木の板を押さえれば、一人でも問題なく運べた。


「この粘土に、粉を混ぜる、ね」


 クラフトスキルのおかげなのか、いつも適当な目分量でも上手くいく。今回もフィーリングでやってみることにした。


 魔導鉱や魔石の粉の巾着を開くと、金ベースの茶色っぽい粉が現れた。手に取ってよくよく見てみると、金粉のベースに、赤青黄緑の粉が混ざっている。確かに、魔導鉱と魔石のようだ。


「この大桶だと、これくらい、かなぁ」


 金茶の粉を一掴みだけ入れてみた。足りなければ増やせばいいので、まずはこの量で練ってみることにする。


「元の姿と思うと、手づかみはちょっと……だけどなぁ……」


 計画的な回収のおかげで臭いは嗅がずに済んだが、さりとて、だ。

 すでに粘土になっていて、水洗いまでしてあるものの、結果として色も形も大便にそっくりだ。直接手で練るとなると、さすがに抵抗感がある。


「これは粘土。これは粘土。ここは陶芸教室」


 妄想フィルターを被せて、覚悟を決める。地面に膝立ちして、両手でわしっと掴んだ。体重をかけて、パン生地のようにこね、全体を混ぜていく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。