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パパは異世界ATM 〜家族に届く育児クラフト〜  作者: taniko


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第143話 二文字


「はい、乗った乗った」


 フガークスが、上から見て、凸の字のように前に飛び出した床にある、操縦席に座る。操縦桿を、さっそく握っている。


 ライチは荷台側に乗りかけて、止まった。

 そのまま逡巡した結果、フガークスの隣に座ることにする。


(荷台は荷台で怖いからこっちに来たけど……うう、車内じゃないの、大丈夫かな……)


 万が一、気を失っても落ちなさそうなくらいには、広さの余裕がある。飛車の従者席の三倍ほど広く作られていて、操縦桿も三本並んでいる。


「重くて飛ばないときは、二・三人で一緒に魔力を流すんだ」


 フガークスがそっと教えてくれた。


 なるほど。土の上を土が動くのと、風だけの力で重い物を浮かせるのはわけが違うと、確かに以前も聞いた気がする。何頭も牛を乗せたりするなら、かなりのエネルギーが必要なのだろう。


「まずは汚物処理所だな」


「あっ、お世話になりました!」


 ライチは土と風の係員にぺこりと頭を下げた。チラリと後ろを見ると、荷台にはきちんと麻袋が八つ、角に積まれている。

 ロープで留められていないのが気にはなったが、風も吹き込まず、地面の揺れも、横風も関係のない飛車では、不要なのだろう。




---




「――よし、やるか」


 汚物処理所に戻り、使用人たちの素早い連携で、二十杯の大桶を、全て飛車に積み終えたところだ。


 善意で全て水洗いは済んでいるし、木の板で蓋をしてくれていたので、非常にスムーズに積み込むことができた。めちゃくちゃありがたい。


 本当にダンプカーのベッセルのように、後方一辺の柵が下がるようになっていて、どこの世界も考えることは同じなんだ、と感心した。


 操縦桿を握ったフガークスが、首を回して気合を入れている。


 彼の作戦によると、まず二トゥアズ……四メートルほどまではフガークスの魔力を一気に使って持ち上げる。使用人たちの視界から操縦桿が外れたら、ライチの操縦にバトンタッチして、荒地まで飛ぶ。ということらしい。


 本当に持ち上がるのか、と心配そうに見守る使用人に、彼は軽い感じで「すぐそこまで運ぶだけだから、いけるいける」と話し続ける。


「(二トゥアズもたなかったらごめんな。クラクラしたら手を離すから、あとは頼んだ)」


 フガークスが笑いながらライチの左耳に囁く。


 なんて悪い冗談を言うのか。


 こんなに重い物を浮かせるのは初めてで、しかも鬼門の車外。

 さらに、宰相から許可を得てゲットした貴重な原材料が載っているし、何も載っていなかったとしても、城から特別に借りた飛車だ。

 ぶっつけ本番にしてはプレッシャーが強すぎる。


 ジョークと分かっていても、もしもの可能性に、ライチの心臓が、バクン、バクン、と大きく鼓動する。


「いくぞ」

「みなさん、大変お世話になりました〜!」


 事も無げに、飛車はふわりと浮かび上がった。


「ごめんごめん、アンタ一人にはならないって。さすがに、初心者にこの状況は酷すぎるから」


 高度とともにライチが顔面蒼白になっていくのを見て、フガークスが笑う。


 ちっとも面白くはないが、すでに人の背丈ほど浮いている。これだけ浮かせてもなんてことないのなら、心配することはなさそうだ。



「……ん。あれ」


 四メートルに迫りそうなあたりで、フガークスが左手を離して、こめかみを抑え始めた。


「あ……ちょっと俺……今日ヤバいかも……。予定より早いけど、代わってもらえるか?」


 険しい顔のフガークスに、ライチの心臓が一気に暴れ始める。


「あっ、はっ、はいっ。えっと……どうするんでしたっけ」


 さっきまでイメージトレーニングは万全だったのに、一気に吹き飛んだ。


 フガークスが眉をしかめたまま、クスッと笑う。


「落ち着いて。お子さんの手だと思うんだろ。“ちっちゃいおてて”」


「そうなんですよ、しっとりぷにぷにで最高なんです!――あっ、いけた」


 押さえていた中央の魔導盤が光っている。

 飛車は一気に高度を上げた。

 街が小さくなる。


「そうそう、お子さんとのお散歩を思い出して」


 いつものフガークスの落ち着いたイケボに、一気に冷静になってくる。


(そうだ、お散歩だと思えばよかったんだ)


 飛車が前に進み始める。

 冷静になればなんてことはない。荒地を目視して、あとはお散歩の光景を思い出して、我が子の可愛さを噛みしめるだけだ。


「ごめんな。……やっぱ寝てないと、人間ダメだな」


 フガークスの言葉に、ライチは盛大にツッコんだ。


「だから言ったのに〜!健康第一、ですよ!」


 移動はほぼ直線。ここからは楽勝だ。運転免許取得の時のように、スラロームがあるわけでもない。


「あれっ、わっ、ちょっ」


 スラローム、なんて想像したせいで、子ども達とクネクネした山道を車で走った記憶が蘇ってしまった。左右に振れて、ルノは大ウケで、レントは怖がってたなとか。


(駄目だ。考えないようにしようとするほど、余計なことを考えちゃうやつ〜!)


 思い出に引っ張られ、飛車が左右に揺れる。


「うんうん。まっすぐ道をゆっくり歩いた場面を思い描いて」


 その度に、フガークスが冷静に、そっと軌道修正してくれる。


「そう」


 飛車が落ち着いた。真っすぐ前に進んでいる。


 “それを考えないようにするということは、それを考えているのと同じ”、とは、誰の言葉だったか。

 気をつけねば。


「はぁ〜〜。ありがとうございます。変にクネクネとかいらないですよね。まっすぐ、ヒューンと飛べばいいだけですもんね」


 飛行機みたいに。


 ――ギュンッ


「ぎゃっ、ひぃ!」


(また!)


 気を引き締めたそばから、また余計な想像がよぎってしまった。


 いくら風の来ない飛車でも、急加速にはかなりのGがかかる。

 シートベルトも無しに、低い背もたれに押し付けられ、漏れた悲鳴が喉を通り過ぎる。



「父性を切るな!重いものは、落ちるのも速いぞ」


 珍しく、フガークスの切羽詰まった声がする。

 その声に、ライチの緊張は一気に膨れ上がる。


 推進力の切れた飛車が、重力により、普段よりやや速いスピードで落下し始めた。



 ――ひゅおおお



 自由落下ほど速度は速くない。しかし、ライチは、これで一気にパニックになった。


「ああああっ、ふせいふせいふせい、ふせい、でででろ!」


 舌が回らない。頭も。

 ふせいを、ださねば。


 ――しぬ。



「わああああ」


 よぎった二文字に、ライチの脳は完全に停止した。


 手が勝手に、激しく操縦桿を揺する。自動車にするように。


(あれ、なんで、ハンドル、動かない。ハンドル? 止まれ、止まれ。落ちる、おち)


 座面が身体から離れていくような感覚がする。

 胃の奥がぐっと持ち上がる。


 街が近づいてくる。

 建物が。

 道が。

 人が。



「くっ」


 街に向かって落ちていくのを見かねたのか、フガークス側の操縦桿が光る。

 魔力を注いだようだ。飛車が浮遊し直す。


「あぁ……。助かりま――」


 ライチはほっとして、お礼を言おうとフガークスの顔を見た。



「あ、ごめ」



 言いかけの謝罪が、ライチの耳に入るのと同時。


 フガークスの大きな黒目が、ぐりんと上に回った。


 操縦桿の光が消える。目を閉じたフガークスが、ライチの横に倒れてくる。



「えっ。フガークスさん?!」



 返事がない。


 心臓発作。脳梗塞。急死。


 雷に打たれたように、一瞬で頭の中に様々なワードが駆け巡る。


「フガークスさん!」


 ――違う。きっと気を失ったんだ。

 魔力切れに違いない。



「ひっ」


(フガークスさんがいない。フガークスさんがいない。落ちてる、落ち、落ちてる、落ちる)


 頭が回らない。


 内臓が、浮く。

 落ちる、落ちる。


 ――ヒィーーー


 笛の音が、大きくなる。

 どんどん落下の速度が上がっていく。

 重力が、上半身を押してくる。



「ああああああ」



(リノ、ルノ、レント、ロク)


 家族の顔がよぎる。

 泣いている顔、笑っている顔、心配している顔。


 街が、大きくなっていく。




 “死”




(送金しかないんだ。俺には、もう。送金、しか)


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