第142話 家畜運搬飛車
(危ない!気づいてよかった!ここで洗わせてもらうのが確実だ)
郊外村の貴重な水を使うわけにもいかないし、村には顔見知りも増えている。大桶を二十も並べて粘土を洗っていては、「何をしてるんだ?」と、絶対に騒ぎになる。
「あの〜……」
ライチは使用人達に声をかけ、水場を借りることにした。
(量が多いな……)
作業自体は、非常に簡単だった。
粘土をどかし、桶を水で流す。
粘土に水をかけて、余分なヘドロを洗い流す。
粘土を桶に戻す。これだけだ。
陶芸でもできそうなほどの粘度なので、持ち上げるのは簡単だ。
なんとなくやり方や量が脳裏に浮かぶのは、スキルのおかげだろう。
「大便を……水洗い、するのですか?」
使用人達が、見かねて声をかけてくれた。
「そ、そうなんです。もしよかったら、お手伝いしてもらえると助かります」
「かしこまりました」
片付けに当たっていた使用人達が、どんどん作業を終わらせて、ライチのことを手伝いに来てくれる。
(「大便じゃなくて、これ、粘土だぞ?!」って、誰か言い出したりしないかな……)
そんなライチの心配をよそに、特になんの声もあがらないまま、マンパワーであっという間に作業は進んでいく。
「あっ!!」
全てが洗われてしまう前に、大切な物を思い出した。
「これも入れなきゃ」
ライチはまだ水洗いされていない桶に、小桶の中身をころりと転がし入れた。
飛車から下ろして、ここまで持ってきていた、フガークスが今朝出したという、例のブツである。
ライチが目を細めて直視しないようにしている間に、ぐず……と、分解が進み、あっという間に他と同じ粘土になった。
(フガークスさんのお気持ちを、無事に合流させられて、よかった)
――ふよっ ふよっ
ほっとしたライチの元に、風信が飛んできた。
ライチの頭の上でゆらゆらと揺れているので、ライチ宛で間違いなさそうだ。ひょいと手を上げて引き下ろし、ギルドカードを当てて開いた。
『貸し出す飛車を、家畜運搬用のものへと変更することを許可する。汚物運搬の汚れや傷なども、気にせず使うといい。
ルキディウス』
要約するとこのような内容が、読めるか読めないか微妙な文字で、殴り書いてある。文言的に、これ自体が許可証の代わりになりそうだ。
(これ、管理人さんが行ったときに、たまたま領主様も同席していたとか?)
あまりにも領主から許可を得るのが早すぎる。
(それか、もしかして、領主様から丸投げされてるとか……?)
同室していないならこのパターンもありそうだ。宰相としての仕事もあるだろうに、大変だ。
何にせよ、家畜運搬の飛車に変更できるのは、朗報である。
(大きな物を載せられるような形なのかな。汚してもいいみたいだし、収穫とかにもいつか使わせてもらえるかも? 物流向きで、ありがたい!)
「へぇ。家畜運搬のを借りれるんだ。いいな。
……アンタ、あり得ないくらい、宰相様と仲良すぎじゃないか? 何やったらそんなに優遇されるんだ。俺も貸してもらいたい魔道具、山ほどあるのに」
水洗いには参加せずに待っていたフガークスが、横から木札を覗き込んで文句をたれる。
「フガークスさんのは、怪しい研究だからじゃないですか? 目がキマってますし」
「五徹は余裕だって」
「“怪しい”の方を否定してくださいよ」
フガークスと一緒にいる時間も増え、これくらいの軽口は許される間柄になってきた。異世界の地で、見知った相手が増えるのは、喜ばしいことである。
「魔道具管理所まで移動するか。魔導鉱とか魔石の粉ももらわないとだし」
「ほんとだ!桶二十杯も乗せて、更に粉が乗るんだった」
家畜運搬飛車が借りられて本当に良かった。管理人に感謝である。
「お仕事の邪魔にならない程度で大丈夫なんで、どうぞよろしくお願いします……!」
粘土の水洗い作業を残して、次の行動を開始する。
大便の桶はあとで飛車で回収に来る、と使用人達に言い残し、フガークスとライチは魔道具管理所へと向かった。
「――魔導鉱や魔石の粉ですね。うかがっております。……こちらをどうぞ」
ルキディウスから事前に話が通っていたようで、受付であっさりと粉の袋を渡してもらえた。奥から何人もの人が運び出してきてくれる。
「け、結構ありますね……!」
五キロのお米くらいのサイズの麻袋が運ばれてきた。巾着のような絞りになっていて、縦に置かれている。
運び終わってから数えてみると、その数、八袋!
(とても、加工で出た粉の量とは思えない)
「冬の前にまとめて地中に還すものですので。……今は初夏ですから、まだこれと同じ量くらいは増える予定です」
(そうか、今が五月末くらいだから、冬の前からいうと、もう半年分もたまってるのか)
「地面に撒くものをもらってしまっても、支障はありませんか?」
ルキディウスには問題ないとは言われているが、現場の人にも一応確認しておく。
「はい。撒く手間が省けて助かります。土地に還すことで、次の魔導鉱へと繋がるのではないかという慣例で、そうされているだけですので」
「実際、撒いた粉がどうなるかは、まだ解明されていないんだよな」
受付の言葉に、後ろで見ていたフガークスが乗っかる。
「荒地に撒いても何も変化がなかったし、多分あんま意味ないのかな?とか。
雨で地下深くに潜って、どこかで領地の大魔道具と合流するんじゃない?とか、言われてる」
大魔道具といえば、命の力を送る魔導線と、そこから流れる魔力によって、土地が魔導鉱プレート化したという、例のアレだ。
(そうか、なんとなく仮説で撒いてるものなんだ。なら、どんどんもらっちゃおう)
地下に染みても、地表に敷いても、領地が潤うのは同じだ。堂々としていよう。
「助かります。ありがとうございます」
「いえ。それから、“家畜運搬飛車”でしたね。準備できております。係員が案内しますので、昇降場にてお待ちください。こちらの粉は、昇降時に我々で積載させていただきます」
前回と同じ流れで、地面の穴から飛車が飛び出てくるようだ。粉を受付に残し、前回とは違う土の魔石の人の案内で、ライチたちは地表に出た。
――ヒィーーー
飛車が変わっても、城の飛車の笛の音は同じ和音のようだ。耳慣れた音をさせながら、大きな物体が地下の穴から飛び出てくる。
「おおお〜!!」
地下の穴を通るギリギリのサイズの、縦に長い飛車だ。木製の床と柵で構成された、ダンプカーのベッセル……荷台のようなものだけが浮いている。魔力無しでの移動は想定されていないのか、車輪すらない。
(そりゃそうか。家畜は自分で歩くもんな)
「風騎も、床だけで飛ばしますもんね。屋根がないから、積載の高さ制限がなくていいですね!」
基本的にわざわざ貴重な魔力で運ぶからには、貴族向けの大切な家畜が乗せられるはずだ。
(どう使うものなんだろう、思いつかないな……戦地に、馬とか牛、豚あたりを運んでる、とか?)
なんにせよ、前の四人乗りの飛車に比べれば、格段に積載可能量が増した。このサイズ感なら、日本の家族全員の引っ越し荷物でも積めそうだ。
(牛とかが乗るなら、床も柵も丈夫だろうし……最高!)
「もし重いものを浮かせるのでしたら、かなり魔力を消費しますよ。フガークス一人には、荷が重いかもしれません」
乗ってきた風魔石の係員の指摘に、ライチはギクリとする。
(そうだ、俺が頭数に入ってることはバレないようにしなきゃ)
「あー、そんな距離もないし、重いものは積まないから、さすがに俺でもいけると思う。なっ、お客さん」
フガークスがなんてことないように受け流す。ライチはこくこくと頷いた。




