第141話 汚物処理所
フガークスの操縦で、城へ着く。最初来たときに見学させてもらった、飛車の発着場だ。
すぐに駆け寄ってきた衛兵に、城の飛車の使用許可証と、魔導加工所で魔導鉱の粉と、汚物処理所で汚物をもらう許可証を見せる。
「宰相閣下のご許可ですね」
毎度のように厳重に確認されながら、使用人に案内される。
最終的に着いたのは、別段臭くも、汚くもない、なんてことのない広場だった。
(平民棟の西側か)
裏庭、と言いたくなる位置だが、庭というか、本当にただの広場でしかない。
建物の壁に沿って、焼き物の大がめがいくつも並んでいる。
「大便の引き取りですね。伺っております。私は汚物処理所の管理責任者でございます。
尿は買い取りのために、分けられるものは分けておりますが、お持ち帰りは大便のみ、で、お間違いないでしょうか」
「あ、はい、尿を欲しい方が他にいるなら、こちらは大便だけで大丈夫です」
つまり、魔力持ちの生活圏と畑が近くにある場所ならば、尿だけでなく、大便まで肥やしとして買われてしまうということだ。
上乗せして払えば買うこと自体はできるかもしれないが、農夫たちに白い目で見られることは避けられない。
(たまたまオスティアとカステリナが離れてて、よかった〜)
ライチがホッとしている目の前で、大人が吸い込まれそうなほど口が広い大がめの蓋を、男性が開く。
(……っ!!
――……だよな。臭く、ないんだよな)
貴族街では悪臭がしないと分かっていても、肥溜めオープンとなると、これまでの鼻を殺すような臭いの記憶が蘇り、ついつい身構えてしまう。
「こちらの桶に移せばよろしいですか?」
管理人が、踏み台に乗り、大がめに長い柄杓のようなものを差し入れる。同時に、城の使用人達が運び込んでくれた、スーパーバクテリアくんつきの大桶を視線で示した。
「あっ、はい」
(管理人さん直々にやってくれるんだ。まぁ確かに、宰相様からのご指示、ってなったら、当然か)
他の使用人も加わり、淡々と移し替えの作業が始まる。
――ズズズ……
便を入れる度に、スーパーバクテリアくんの力で、便が変化しているのだが、次々に掬って作業をしている本人達は、全く気づいていない様子だ。
(これが、“魔導粘土”……!)
ぐずぐずと溶けて、べちゃりとしたヘドロになる一般の汚物とは違い、確かに粘土らしきものが残っている。
(一見すると、確かにうんちでしかないな……)
これは管理人達も気づくまい。
便がスーパーバクテリアくんに侵食され、そこから質が変わっているのだが、変わったあとも正直便のような見た目をしているので、虹色の線が、下から上に走っただけにしか見えないのだ。
(もし臭いがしていたら、鼻ですぐに分かったかもしれないけど、ここは無臭だもんな)
数センチレベルの間近まで鼻を寄せれば、さすがに臭いも分かるが、少し離れれば、もうフローラル。それが、貴族街だ。
(あ、でも、ふわっと膨らむというか、かさが倍くらいに増してるから、見た目でも結構違うか)
スーパーバクテリアくんが分解したそばから、ニ回りちょっとくらいだが、膨張している気がする。大がめには魔力持ちの便も、一般人の便も混ざっているので、ぺしゃんこのヘドロに化けるか、物と二回りほど大きな粘土になるかで、どちらの便か見分けられるのが面白い。
(広大な荒地に敷くんだから、大きくなるのは朗報だな)
「……ご持参の桶が……。まだご必要でしょうか?」
「あ、はい、あるだけ全ていただきたいです」
「……でしたら、城の桶もお貸ししましょうか。運び終わりましたら、すぐにご返却していただかないといけませんが」
大がめ一つ目で、持参した大桶五つが埋まってしまった。膨張のせいも大いにあるだろう。
全てが便用ではないだろうが、大がめはまだまだ並んでいる。ライチは即座に提案に乗っかった。
「ありがとうございます!運び終えたら、すぐに返しに来ますね」
各所から汚物に使う大きな桶が集められ、無駄話もない機械的な作業が再開される。
手持ち無沙汰のライチは少し気になって声をかけた。
「ちなみに、この便の大がめに、生ゴミは混ざってますか?」
「厨房から出るものですか? そちらは犬の餌にしておりますよ。犬も食べられないものは、植木の土と混ぜたり、ですかな」
別に生ごみが混じっていても、かさが増えるだけで、クラフトには問題はないのだが、ありがたいことにほとんどが大便だそうだ。
(それにしても、めちゃくちゃ溜めてあるな。何日分だ、これ……。人数が人数だもんな。汚い認識もなくて、臭いがしないとなると、業者にもそんな頻繁に来てもらう必要がないだろうし)
それでも、荒地全体用と考えるなら、今回の量などたかが知れている。広大な土地にこの粘土を線にして敷こうと思ったら、あと何回運ぶ必要があるのか。
(地道に城から運んでは、粘土ゾーンを拡張していくしかなさそうだな)
結局、大がめ三つで、大桶は二十杯にもなってしまった。
「あっ」
ライチは今ごろ気づいてしまった。
「これ…………お城の飛車には乗りませんよね?」
「え? 往復するのかと思ってたけど」
虚空を見つめていたかと思えば、おもむろにキセラにガリガリと研究アイディアを書き込みながら待っていたフガークスが、ライチの言葉に、なんてことのないように返事をする。
「そっか……往復すれば、この量もいけなくはないですね」
確かに、と頷くライチに、汚物処理所の管理人が笑った。
「何度も発着場まで往復するだけでも大変でしょう。どうせ魔力を消費してまで城の飛車でゆかれるのでしたら、“荷運びの飛車”をお使いになってはいかがでしょう」
「“荷運びの飛車”?」
人が乗る用にできていないのならば、危険そうではあるが、ものすごく便利そうだ。
「城の許可がいるけど、いいね」
「ですよね、許可、必須ですよね……」
どんなものになるかは分からないが、領主の許可で借りた飛車を、平民が不便だからと勝手に別のものに変えることは、難しそうだ。
「いえいえ、少しお時間はかかりますが、待ってくださいましたら、上の方に聞いてまいりますよ。宰相閣下のご許可でございますよね。
許可が得られましたら、個人認証ができる風信の方で、直接お客様に許可証が届くと思いますので」
なんと、この管理人は、普段は業者に処理を頼んでいる大便を、手ずから移し替えてくれたのに、さらに、飛車交換についても、自ら聞きに行ってくれるらしい。
「い、いいんですかね。もう十分お世話になっていますが……」
「領主様と宰相閣下が、“渡すように”、とご判断されておりますから。そのご指示通りに動くことに、なんの差し支えもございませんよ」
「あ、それだったら、“物流に使いたいから、できれば今日だけでなく、今後借りておくのは荷運びの飛車にしてほしい”と、伝えていただけると、ありがたいです」
結構なお年を召された管理人が、にこりと微笑んで頷いて、城の方にスタスタと歩いて行ってしまった。
(さて……この待ってる間、どうしようかな)
柄杓を洗うなどの片付けを始めた使用人達に、手伝いを申し出たが、断られてしまった。
いつまでも手持ち無沙汰なライチは、念のため、脳内のクラフトメモを確認した。
(――うわっ!やばい!
《・魔導粘土を水で洗浄し、付着したスーパーバクテリアくんや不要なヘドロを取り除く》って、あるじゃないか。これは……)
今さら気づいたが、荒地では水が用意できないではないか。




