第140話 気を散らす
そして――
「着いた」
最後は周りの目があるので、念のためにフガークスに操縦してもらい、南門から入ってすぐの、工房通りにある木工工房前に着陸した。
「……あれ?」
飛車を降りると、周囲から一斉に視線が集まった。
城の飛車が、下町の異臭通りに降りてきたのだ。当然の帰結だろう。
「め、目立ち過ぎじゃないですか?」
「ありあり」
「あり、かなぁ……」
「防犯も兼ねて、ちょっと高いところに飛ばしとくから、買えたら呼んで」
飛車の番はフガークスがしてくれるらしい。高級な借り物だが、彼が飛ばしておいてくれるなら安心だ。
「すみませ〜ん、急ぎで大桶をもらえませんか」
モップやバケツの購入で、ちょくちょく顔を見せている木工の工房だ。顔見知りの若い男性が、ひょいと出てきて、受け付けてくれる。
「今あるやつしか売れんけど、いいか? 最優先に作らないといけない注文があってな」
まず間違いなく木製フォークのことだろうが、一応、そもそも試作品をお願いしていたフェラド一家以外は、極秘裏に進めていることになっているプロジェクトだ。ライチは何食わぬ顔で了承した。
納期のせいで、今日は工房内で見かける人が全員、フェラド父の大工房のように、ボロボロになっている。
「これもください。それも。あっ、そっちも」
工房の人が奥から持ってきてくれた大きめの桶は、全て購入した。
「いつもあんがとな〜」
ボロボロになった職人が、通りに五つの大桶を置いて、片手を上げて戻っていく。
「お〜い、フガークスさ〜ん」
ライチは、城壁より高いあたりに空中停止しているフガークスに、大きく手を振って呼びかけた。
(これ、白い飛車じゃなかったら、衛兵とかが集まってきそうな状況だな……)
周りの全員が、白い飛車と、呼びかけるライチを遠巻きに見ている。衛兵も中にはいるのかもしれないが、取り囲まれている雰囲気はない。
(変に闇飛車とかを探さず、正々堂々と領主様の許可をもらっといてよかった)
フガークスがゆっくり降りてきた。
さらに人が遠巻きになる。万が一にでもお貴族様と関わり合いになりたくないのだろう。
「――じゃあ、城まで行くか」
「お願いします」
桶を車内に詰め込むと、結構手狭になった。フガークスは従者席にヒョイと飛び乗る。
従者席の操縦桿を光らせて、飛車は再び空へ上がる。登録笛の音とともに、ざわめきが大きくなった。
(これ、帰りは糞尿入りの大桶と一緒か……)
飛車はほぼ揺れないので、溢れて車内を汚す、という心配はそこまでないが、あまり借り物の乗り物で、一緒にフライトしたい相手ではない。
ライチはふと思い立って、外のフガークスに声をかけた。
「すみません、行く前に、荒地の近くにある、肥溜め池まで寄ってもらえませんか?」
(先にスーパーくんを桶に塗っておこう)
かさが増えるのか減るのかは分からないが、加工できるような粘土ができあがるのならば、臭いや菌はさすがに駆逐できるはず。
「肥溜め池? オッケー。じゃあ、ここから交代で」
フガークスはそう言うやいなや、パッと手を離した。
「わっ」
慌てて車内側の操縦桿を握るライチ。我が子に、手をほどかれたと思えば、サッとその気になれるようになってきた。
「ちょっと速く飛ばしてみて。逃げる練習」
「逃げるような事態になりたくないんですが……やってみます」
前、というと、中央の浮上用は除いて、左右の魔導盤に魔力を強めに注ぐと言われたはずだ。
父性の場合は、強い愛だと急上昇になるので……
「急げ急げ、イベント、始まっちゃうぞ!」
目を閉じて、子連れで急いだ場面を思い浮かべた。声を出すように指示されているので、思ったことをそのまま声に乗せる。
遊びながら朝食を食べる。着替える服に文句を言う。直前に重なるオムツ替え。吐き戻しや食べこぼしによる、大人も子どもも再三の着替え直し。髪の毛の結び直し。離乳食やおにぎりやおやつの用意。家を出れたと思ったら、「うんち……」。
子連れは本当に時間通りに出発するのが難しい。
記憶の中でも、時間が決まっているお出かけは、かなりの確率で出発時にドタバタとしていた気がする。
(急ぐのなんか日常茶飯時!)
このイメージがピタリとはまったようで、左右の円盤が光ると同時に、飛車は急加速した。
――ギューン!
「コラコラコラ!やりすぎ、やりすぎ!どっかにぶつけたら大破するぞ!」
従者席から振り返って、フガークスが珍しく大きめの声を出す。
いつもの隣同士と違い、物理的に操縦桿を奪えないから、やや焦っているようだ。
「はい!……気を散らす、気を散らす」
周囲にぶつかりそうな高い建物はない。
ライチは落ち着いて、手は離さないまま、なんとか景色を見て気を散らした。飛車はすぐに減速する。
「おっ、いいね。こっちの操縦桿で減速処理するか迷ったけど……やるじゃん」
どうやら従者がおかしな操縦をしても、貴族がそれをキャンセルできるような安全設計になっているようだ。そして、その逆もできるらしい。
(教習所の、助手席にもブレーキがある車と似てる)
「へへへ。ちょっと慣れてきました。このまま肥溜め池まで向かいます」
木工工房へ向かったときとは違い、通常の飛行は問題なくなってきた。
自動車の運転も、連続の車線変更や、細い路地、縦列駐車、高速道路なんかは、初心者だとドギマギするが、一般道をまっすぐ走行する分には、そこまで難しくない。
(まぁ、エンジンもガソリンも交通ルールもなくて、父性で飛ぶんだから、車とは一緒にしたらいけないけど。ほぼヘリだもんな)
降下自体は、手を離していても勝手にするものだ。一度方向を決めれば、そんな関係ない考え事もできてしまう。
「着きました!」
無事、肥溜め池、もとい、スーパーバクテリアくん池に到着した。
「うん。安定してきてる。初めはもう無理かなと思ったけど、いけるもんだな。
俺もそろそろ研究に戻らないとだし、免許皆伝も近そうだ」
「嬉しいような、恐ろしいような……」
一人で乗りこなす自分を想像して、胃が縮こまる。まだまだ成功体験が少なすぎるので、是非しばらくは同乗していただきたい。
「保管場所が魔力組合なら、俺一人で乗って行くところを見られるわけにはいかないし、飛車を使うたびに、まだまだお世話にはなりそうですけどね」
ライチのツッコミに、フガークスも頷いた。
「だな。俺以外のやつが同乗者になる度に、前みたいに誓って回るのも大変だろ。こっちの研究は一回ストップしておくから、どうぞ、お気の済むまで」
研究馬鹿がこんなにあっさり研究をやめるわけがない。言外に、“ライチという新しい研究対象がいるから、そっちを先に研究しておくよ”、と言っているのだろう。
ライチは苦笑しながら車内から桶を出して、さっとスーパーバクテリアくん池をくぐらせる。
虹色の膜の張った大桶が五つ、簡単にできあがった。
「できました」
「?? もういいんだ。よし、次は城だな」
「はい。カステリナの近くからは、フガークスさんの操縦でお願いします」
二人でひらりと車内と従者席に乗り込む。
心では我が子と手を繋いで、ライチは街へ向かって飛び上がった。




