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パパは異世界ATM 〜家族に届く育児クラフト〜  作者: taniko


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第139話 強制物質


 プンと鼻腔を刺激する臭気に、ライチは恐る恐る受け取る。

 もしかして、もしかして……


「今朝出たやつ」


「けさ、でたやつ」


「役に立つといいな」


 ライチの表情が固まる。


(俺、今……フガークスさんのうん……を受け取ったのか)


 頼んでおいてなんだが、実際に、“朝出したよ〜”と言われて手渡されると、何とも言えない気持ちになる。


「……あ、ありがとう、ございます」


「ん?」


「いや……その……」


 何に悶々としているのか、もはや自分でもよく分からない。


(この人、優しいな……)


 “ライチに渡そう”と別の器に用を足してくれたのだ、その気持ちをちゃんと受け取らないと。


「大事に、使わせてもらいます」


「うん」


 フガークスは、それだけ言うと、話を切り替える。


「今日はどうする? 許可証をもらったんだから、すぐに取りに行く? それとも、昨日飛車を飛ばせたから、その復習?」


 ライチは考える。大量生産への一歩が急ぎな気もするが……。


「……ひとまず復習から、お願いしてもいいですか? うっかり一人のときに昨日みたいに飛び上がっちゃったら、ほんと……死んじゃうんで」


 ライチは安全第一でいくことにした。飛車に触れなければいいだけの話だが、万が一……億が一のことを常に意識するのは、子育てでも必須の考え方だ。


「オッケー。死なない程度にはならないとだな」


 軽口を言うフガークスと車内に乗り込む。


(うん、これだけでも死ぬ危険性が一気に減ったな)


 プロが横にいてくれることもあり、車内では恐怖心は感じない。

 ライチは操縦桿を握った。


「できるだけ、声に出してやってみて。こっちが分かるように」


「はい。――これは、子ども達の小さなおてて……」


 目を閉じて、子どもの手を握るように意識する。


 ――ふわっ


 いつものように飛車が浮き上がる。


「うんうん。右へ」


「ちょっと右に寄ってごらん〜」


 ――ススス


「おっ」


 飛車が前を向いたまま、右に動く。


「右旋回は?」


「右を見てごらん〜」


 ――くるり


「いいね!左旋回も」


「左向け〜左!」


 ――くるんっ


「おわっ。いいね。前に進めて」


「もうちょっと前に行くよ〜」


 ――ススス


「うん。いいよ。上昇して」


「大好きだぞ〜!」


 ――グ、ギュン!!


『おわぁ!!』


 物凄い負荷に、二人は同時に声をあげる。ビルの高層階ほどまで、一気に上昇してしまった。


「ひっ」


「意識、ある? 父性の残量は? クラクラしたりは? 怖かったら、一回手を離してもいいから」


 昨日の恐怖が蘇り、萎縮するライチに、フガークスは冷静に声をかける。


「ふーーーー……」


 ライチは操縦桿から手を離して、一度長く息を吐いた。


 飛車はゆっくりと降下を始める。

 高度とともに、恐怖が、減っていく。


「いいね。次は、ちょっと、“子ども達、可愛いな”、くらいでやってみよう」


「はい。……子ども達、可愛いな〜」


「うんうん。いい感じ」


「可愛すぎるな〜。好きだな〜!」


 ――ぐんっ


「ちょいちょい。ストップ。

 ……うん。段々分かってきた」


 軽く押されて、操縦桿の前をするりと奪われる。


 周りを見ると、また、かなりの高度まで上がってしまっていた。これは危険だ。


「――昨日の夜も、寝ないであれこれ考えてたんだけどさ。

 多分、アンタは、脳室でお子さんのことを考えるときに、自然と、『もっと、もっと』と考える癖が、ある」


 中央の魔導盤に触れ、飛車を空中に停止させながら、フガークスが解説してくれる。


「“もっと、もっと”……」


「うん。“父性”ってやつは、ある意味、精気のある脳室から出る、強制物質の一つじゃないかな、と思ったんだ。

 子育てに必要だから、脳室から、“もっと子どもを可愛がれ”、“もっと、もっとだ!”って、その強制物質が自然と出ちゃうんだと思う。

 これが、心臓の横から出る魔力との、大きな違いじゃないかな」


(脳室で考えるってところと、強制ってところ以外は、あながち間違ってないかも……)


 母性や父性は、強制ではなく、愛情のオキシトシン、快楽のドーパミンなどが有名だ。


(確かに、子どもができると、脳の回路が書き換わるような感覚があったんだよな)


 ある意味それは、脳の乗っ取りにも近かった。


 美味しいもの、綺麗な景色、ワクワクするスリル――それまでの全ての楽しみや幸せが、遠く霞み、【子育てこそが至上の幸せなのだ!】と思わざるを得ないような、不思議な感覚。


 心臓が乗っ取られようとするこの世界の魔力と、脳が父性に乗っ取られるようなエネルギーは、確かに似たようなものなのかもしれない。


(ドーパミンなんかは、一度得ると、脳が勝手に“もっと、もっと”と欲しようとするか……)


「……なるほど。ちょっと分かったかも」


「だろ」


「はい。頭が勝手に、“もっと!”って考えようとするのを、上手く散らせばいいんだ!」


 フガークスが、一つ頷き、ピエロのようなオーバーな動作で操縦桿を譲ってくれる。


 ライチは初めて、“父性を制御”、つまり、“脳内ホルモン分泌の制御”を試みたくなった。


「ロク、可愛いな〜」


「うんうん。いい具合にゆっくり上昇してると思う」


「そして無になって降下する……」


「いいね」


 緩やかに飛車が動く。脳みそが勝手にホルモンを求めようとする前に、景色を見ることにした。ちょうど良く気が散るし、恐怖も軽減する。


 何度も繰り返しているうちに、少しずつコツが分かってきた。


「いい感じ。じゃ、最後。あそこのちっこい枯れ木まで行ってみて」


 フガークスがライチと顔を並べて指し示す。


「……やってみます」


 練習の通りに、うまく気を散らしながら位置を調整し、ゆっくりと降下していく。


 ――ドクンドクンドクン


 耳元で鼓動の音が聞こえる。

 仮免許での最終試験のようだ。やたらと緊張してしまう。


「集中する。散らす。集中する。散らす……」


 そして……


 ――すとん


「降り……れた」


「だな。やったじゃん」


 フガークスが笑った。ライチは小さくガッツポーズをする。


(やった!異世界の乗り物を乗りこなせるようになってきたぞ!)


 まだまだ仮免許だが、それでも暴走もせずに左右上下と安全に操縦できたのは、自信に繋がる。


「じゃあ、時間もないし――」


 笑顔のフガークスに、両手を持たれる。流れるように、操縦桿の上に戻された。


「実地でいこう。まずは大桶を買いに行くんだろ?」


「えっ」


 まさか。


「いきなり街中ですか?!」


「物流に使うんだろ? 街中で飛ばせなくてどうするよ」


「それはそうですけど!」


 まだ成功体験は一回。昨日に至っては、失神して終わっている。


(まぁ、一日百万円もしてるし、ビビってても先には進まないけどさぁ……)


 彼の言う通り、いつまでも荒地の上を飛んでいるわけにはいかない。


「……分かりました」


 ライチは腹を括った。


「じゃあ、まずは下町の木工工房まで……やってみます。――飛車で飛んでいって、ビックリされないかなぁ……」


「されるな。まぁでも、飛車を物流に使うって、こういうことだからさ。慣れてもらおう」


 フガークスがライチの心配をさらりと流す。


「“幸運は、勇敢な者に味方する”。ほらほら」


 現地の格言っぽいものを言われ、浮遊を急かされる。


「……“ライチ、いきまーす”」


 ライチからの、有名な言葉返しだ。巨大ロボではないが、飛車が、ゆっくりと浮かび上がる。


 操縦桿を握り込む。


(手を繋いでる、手を繋いでる)


 ――ヒィーーー


 四階ほどの高さまで上げる。


「ほら、右を見てごらん〜」


 子どもに呼びかける場面を思い浮かべると、飛車が右へ向きを変える。円形の街が見える。


「いいぞ」


 そのまま少しずつ高度を調整しながら進んでいく。


 途中、何度か愛……父性が暴走しかけては、フガークスに操縦桿を奪われ、そっと軌道を修正される。


 少しずつ……本当に少しずつだが、無心でも飛車が言うことを聞いてくれるようになってきた。


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