第138話 アドバイザーの特権
「今日は、これを渡しに来ただけなんで、そんな派手な色で、目をチカチカさせませんから!」
「これは……」
「心ばかりですが、よかったらどうぞ」
ライチが頭を下げて差し出したのは、昨日メルカトからもらった、貴族向けのヘアケアセットの余り。そして、サピダンから分けてもらった、甘味シートを使いまくった甘〜いお菓子だ。領主用レシピの特訓の副産物である。
「領主様とか上位の貴族様に渡すヘアケアセットの、試作品です。
俺が昨日、開発者としての最終チェックで少し使っちゃったんですが……短髪なのでそこまで減ってはいないかと。
使用後で申し訳ないんですが、よかったら残りはもらってください。とんでもない高値で、初めは売り出すそうなので、くれぐれもご内密に」
「領主様よりも早く、わたくしに……?」
「俺の使用後なんて、あげられませんからね」
「いえ、そういうことではなく……」
アルフィアーナの頬が赤く染まっている。ライチの白だらけの視界に、まるで花が咲いたようだ。
(そうか。年頃の娘さんが、どんな偉い人よりも早く、流行の最先端のものをもらったら……そりゃ嬉しいか)
しかも、女性の大切な、髪を綺麗にするものだ。
(運良く手に入ったから、軽い気持ちで渡してみたけど、なかなかいい判断だったみたいだ。よかった)
ライチとしては、日頃のお礼にコンビニスイーツを買って渡した、くらいの何気ない気持ちだったが、ことの外、喜んでもらえたようだ。
「ああっ、でも、こんな箱を持ち帰っては、皆に寄付の品だと思われてしまいますわ……」
アルフィアーナが、両頬を押さえて軽く絶望する。
「うわ、確かに」
ゆくゆくは大聖堂の皆様にも、清潔な髪を手に入れて欲しいが、それは領主や貴族より前であってはならない。
「あ〜……じゃ、箱は諦めますか。中身の小さな壺三つくらいなら、袖にでも隠せばバレない……はず」
「そ、そんなこと……。でも、聖職者として……」
アルフィアーナが珍しく優柔不断に考え込む。悩みっぷりからすると、欲しいことは欲しいようだ。
「正直中身は、前にもお話した、灰汁とか、油とか、その辺にあるやつなんで、バレてもなんにも思われないですよ!絶対!心配せず、もらってやってくださいよ、ね!」
ライチの謎の自信に、アルフィアーナの、元々“欲しい”に傾いていた天秤が、ガクンと落ち切ったようだ。
「そう……ですわね。では、ありがたく頂戴いたしますわ」
すましてはいるが、頬が赤いままだ。本当に嬉しいらしい。いそいそと小さな三つの壺を、服にしまい込んでいる。
(そりゃ、蝶よ花よと育てられてきた大貴族のお嬢さんが、今では下町に混じって、孤児の世話に、清掃や祈りなんかの作業ばかりだもんな……。髪のケアなんて、久しぶりで……大興奮、だよな)
アルフィアーナの身の上が、本当に不憫になった。
(絶対に、この子は悪いことなんてしてないと思う!
どうせ王妃とか狙ってたっていうなら、悪いのは親とか親族だろ。子どもをこんな辛い目にあわせるなんて……大人の風下にも置けんやつだ)
「お菓子も、持っていったら匂いとかでバレちゃうかもですね。手づかみでほんと申し訳ないんですが、よかったら今食べちゃってください」
鐘楼にいられるのもあと少しなら、急いで食べてもらわねばならない。
「まあ。これは、なんですの?」
「説明すると長くなるんで、とりあえず食べちゃってください!あっ、アレルギーとかはないですよね?」
「“拒絶反応が出る食べ物”……? 認知しているものは、ありませんわ」
思わず、子ども達の周りの子に、お菓子をお裾分けしていたときの癖で、アレルギーを聞いてしまったが、神様翻訳により無事意味は通じたようだ。
アルフィアーナは、初めて聞く料理名に首を傾げながらも、目を輝かせて、お菓子を頬張ってくれた。
「――こんなに甘い物は、かつての我が家でも頻繁には出ませんでしたわ。……甘味シートは、素晴らしい神のご啓示ですのね」
急いで頬張ったことにより、頬にお菓子のかすをつけたままのアルフィアーナ。あくまでも冷静に話している様子とのギャップが、可愛らしい。
「この辺も、領主様に出してみようかなってメニューなんで、お口に合ってよかったです」
「まあ、これも、領主様よりも先に……」
またアルフィアーナの頬が赤くなる。先ほどもこのワードだった気がする。領主に何か思うところでもあるのだろうか。
「領主様より先だと、何か特別なんでしょうか?」
ライチはあけすけに聞いてみた。分からないのだから仕方がない。
アルフィアーナは、ハッとしたように、自分の頬を触った。偶然に指が触れたお菓子のかすが、頬からポロリと落ちる。
「領主様が特別なのではなく、“誰も知らないものを、誰よりも早く手に入れる”ことに、貴族には大きな意味があるんですの。……そこに、昔の癖で、つい、反応してしまっただけですわ」
そう話して聞かせるアルフィアーナが遠い目をするのに、ライチは耐えられなくなって、慌てて口を開いた。
「俺が作り出すものが、お貴族様にウケるのかは、アドバイザーのアルフィアーナさんが今後も逐一チェックしてくれないとですよ!アドバイザー様は、誰よりも早く、全てを手に入れるのが、当然です!」
貴族だから、価値があるのではなく、親身にアドバイスをしてくれる、あなただから、その価値がある。
そういう気持ちで放った言葉だったが、果たして真意は伝わったのか。
「“アドバイザー様”は、領主様より早く、全てを得るのですね。素晴らしい特権ですわ。……特権に、労力と心労が見合っているかは、正直微妙ですが」
(言い草!)
遠くを見ていた水色の目を、冷ややかに目の前のライチに向けるアルフィアーナ。
軽口が言えるなら、もう大丈夫だろう。
ライチは心で笑いながら、再度、謝罪とともに頭を下げた。
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アルフィアーナからキラキラのお別れをしてもらい、その足でライチは荒地に向かった。郊外村の皆にもさらりと挨拶をしつつ、通り抜ける。
荒地に着くと、すでにフガークスが飛車とともに待っていた。相変わらず寝ていないのか、隈が酷い。
「おはようございます。……寝てくださいって言ったのに」
「はいはい。おはよ。昨日の返事、来てるよ」
「えっ、もうですか?」
フガークスが懐から木札を取り出す。
「うん。出したあとすぐに来た。珍しいよ」
受け取った木札には、見慣れた荒い筆跡で文章が綴られていた。
『排泄物は、好きにするとよいと領主の許可を得た。ただし、平民のものと混合しているので、それでも問題なければ、だが。
同封の許可証を、城の平民棟の門番に見せるように。“汚物処理所”まで案内させる。
その日に持ち帰るつもりならば、大桶を持参すること。
また、魔石や魔導鉱の粉も、城の魔道具管理所でもらえるように、手配しておこう。
許可証を同封する。
ルキディウス』
要約すると、そんな内容が、いつも通り、回りくどく畏まって書かれている。
「…………」
ライチは、木札を持っていない手を立てて拝んだ。
(ルキディウスさん、ほんと神〜〜!何から何まで、ありがとうございます!)
昨日お願いしたばかりなのに、もう許可を取って、許可証まで手配してくれている。
領主・宰相という立場を考えれば、決して暇なはずがないのに。
「ありがたいなぁ……」
「だな」
フガークスが頷く。そのまま、ずいと手を伸ばしてきた。
「ほら、これも」
差し出されたのは、小さな木桶だった。
「へ……?」




