第137話 サービス
「なるほど。“手を汚したくない”という我々のような者もいれば、“悪魔の槍で食べるなぞあり得ん”と言う者もいるか」
ライチの報告を聞いて、プルデリオとアルジーナは納得したようだ。
「報告で聞いた“メンメン”とやらは、確かにフォークとセットで売り出せば、かなり面白いことになりそうだな」
「本当ですわね。フルメンタのドゥルム小麦粉と水でできるのでしょう? ほぼ原価がかからないのですわね」
仲良し夫婦が何やら見つめ合ってニヤニヤしている。いや、嘘だ。二人とも上品な顔をしていて全くニヤついてはいないが、なぜだろう、そう感じてしまう。
「すでにサピダンとフェラドに、レシピの情報提供が済んでしまっているようだが……これは、こちらへの“サービス”として受け取ればいいのだろうか?」
プルデリオの眼光が鋭すぎて、ライチはまた、しおしおと小さくなった。
(絶対思ってないですやんか……。『こっちに話を通してから情報提供するのが筋だろ? 支払いがなくても文句言えねぇんだぞ?』と、目が言ってる……)
「そ、そうですね……サービスということで――」
「ライチさん?」
「ピッ」
ドスが効きすぎていて、ピとヒの間のような変な声が出た。アルジーナが笑っている。殺されそうな目だが。
「嘘です。サービスではないです。ちょっとお会いするタイミングを逃してしまいましたが、急ぎだったので先に情報提供を済ませました。本当はちゃんと契約してから提供しようとしてました。本当です」
人間、殺されないためにはこんなに饒舌になれるのだ。ペラペラと口から嘘がまろび出てくる。
『……ハァ』
二人合わせて露骨にため息をつかれた。
「あれですかね、フォークの時と同じ感じでいかがでしょう。売り上げ予想の一部を貰う、とか、とか、(とか……)」
じいっと見てくる四つの瞳に、ライチの声がどんどん萎んでいく。
(俺みたいな下っ端サラリーマンには、こんな大きな契約とか、金の動きは分から〜ん!)
やれやれとばかりに肩の力を抜いて、アルジーナが口を開いた。
「……いつか、とんでもない契約を、知らずにしてしまわないか、本当に心配ですわ」
「奇遇だな。俺も同じことを言おうと思っていた」
(俺もそう思います……)
結局、ライチの提案通り、フォークのときのように、パスタの売り上げ予想の一部を、先払いで貰えることになった。
「一気に作って一気にバラまくのはフォークと同じだが、こちらは食べ物だ。フォークのように、買えば終わりではなく、うまく嵌まれば継続的な売り上げが見込める」
「あまり大きく動くと、小麦の組合の方からあれこれと言われるでしょうから、そちらも巻き込んでいきませんとね、ほほほ」
二人の目が、グラル硬貨の形をしているように見える。
「機械の方は、ちょっとうまくいくか分からないんで、そのあとに送金受け取りにしてもらってもいいですか? フォークづくりでも、かなり現場に無理させちゃったみたいですし……」
パスタマシーンは金属加工品だ。大量生産なんて目論めば、またもや工房に圧力がかかる。
(寝たい……と言っていた職人さん達を、寝かせてあげないと……)
「しかし、フォークと同時期に流行らせたいのならば、むしろそのメンメンこそ、先に売り出しておかなければならないのではないか?」
「!」
ライチは、プルデリオのその言葉にハッとした。
「ほんとですね……無意識に急いでいたけど、それでなのか……」
「そうですわね。メンメンが先に流行っていれば、フォークは『これは食べやすい!』と受け入れられやすいですけれど、フォークが先ですと、『なんだこれは?』と、金属加工工房の方々のように、受け入れられにくくなるかもしれませんわね」
ライチは思わず頭を抱えた。
「今の納期だけでも現場はボロボロなのに……どうしよう」
ライチの心配をよそに、プルデリオがいたって冷静に返す。
「同じ製品ばかりを作っていたら、材料も不足するし、疲労も蓄積するだろう。フォークの納期を、遅らせればいい。
代わりに、機械の試作と、形が決まれば作製を依頼することにはなるんだが」
「……フォークの、納期を……?」
(あんなに工房の人たちが、パニックになっていたのに?)
ライチの目から目に見えない鱗がポロポロと落ちる。
……そうだった。
目の前にいるのは、その納期を決めた張本人達だった。延ばすのも早めるのも、自由自在なのだ。
ライチは改めて、プルデリオ夫妻の影響の大きさを実感した。
ライチは脱力する。
「良い、案、ですね……?」
「ですわね。サピダンとフェラドの人件費については、こちらからのサービスにさせていただきましょう。ねぇ、旦那様」
「そうだな。通常、人を貸し出す場合は、技術料なども含めて人件費を算出するが……今回はライチくんにも動いてもらう前提で、計上しないでおくことにしよう」
「え? ありがとう……ございます?」
あれよあれよと決まっていく。
(人件費無料?)
ここがお礼を言うべき場面なのか、“タダより高いものはない”状態なのか、速すぎて判別する隙がない。
まさに無敵の商魂夫婦である。
「算出ができ次第、代金は送金させてもらおう。まずは先に流行らせる料理の方から、急ぎ、完成させてほしい」
しっかり圧力をかけられて、夕食時の報告は終了となった。
『明日の午後は衣装作りだぞ』という圧力も追加でかけて、二人はスタスタと自室へと戻っていった。
(もう……圧力だらけで、ぺしゃんこになりそうです……)
ライチは一人、だらりと脱力する。
とにかく、目の前のことをやるしかない。
(あま〜いホットミルクが飲みたい……あ〜、甘味シート、全部売らなきゃよかった)
黄金のような価格で取引されるシートだ。一度他者の手に渡ってしまっては、おいそれとは使えない。
しかたなく、ライチは食後のハーブティーのおかわりを頼んだ。
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翌朝。荒地に行く前に、大聖堂へ寄ってみた。
少し待つと、アルフィアーナが早足にやってきてくれた。
「すみません、朝の作業がありますので、長くは難しのですが……」
そう申し訳なさそうに言うアルフィアーナに、ライチは首を振った。
「いえいえ、いつもお忙しい中お時間を作ってくださって、本当にありがとうございます」
ついサラリーマンの癖でかしこまった言い方になるライチに、アルフィアーナは笑う。
「こちらこそ、ライチさんがいらしてから、生活に色がついたようですわ。ええ、極彩色の」
「それはよかった!……えっ? ごくさいしき? それって、良い意味です?」
「色づいたという点だけで見れば、良い意味ですわ」
(上品に言ってるけど、“毎日気を揉ませてんじゃねぇよ”ってことだよな?!)
貴族らしく、笑顔からは何も読み取れないのがおそろしい。ライチは彼女の邪魔にならないうちに、早々に当初の目的を果たすことにした。




