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パパは異世界ATM 〜家族に届く育児クラフト〜  作者: taniko


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第100話 緘黙権


 ここは、“どこから来たかの記憶がない”というお決まりの嘘を言うべきなのか……。


「市民登録の記録が先日となると、郊外村や農村の出身か……」


 男性の目がキラリと光る。


 スピネラ村出身という嘘もありか? どれが正解なのか分からない。沈黙により余計に不審人物感が増してしまうので、早く答えなければならない。



「誓え、不審な行商人。ここで、真実のみを話すとな」



(あ。詰んだ……)



 この世界での誓いは、口先だけではない。思考操作も入る本物だ。



 一秒ほどの隙に、この部屋から逃げること、なんとか誤魔化して誓いだけは回避すること、テロリストとかが城に攻め込んできてこの場がめちゃくちゃになることなど、様々な可能性が浮かんでは、すぐに淘汰されていった。


(待ったは……なしだな)


「……も、もちろんです。わたしライチは、神と魂に誓って、今この場で真実のみをお話しいたします」


 いつも通り、誓いが成立した証明に、神様パワーで胸の奥がふわりと温かくなる。


(神様! 見ているならどうにかしてくれ……!選択によってはこっちでも死にそうですよ!)


 ふん。と、その誓いに、女性が面白そうに鼻を鳴らした。


「行商人ライチ。

 そなたが、組合会議で話された新商品の、開発者であるな? 答えよ」


(これはもう逃れられない、か……)


 本当に、嘘を言う気が起きなかった。



「はい。その通りでございます」



 ライチは真っ直ぐに貴族二人を見て答えた。



 隣でプルデリオが何とも言えない目でこちらを見ている気がする。


「……ふっ……くっく! 聞いたか、ルキよ!

 金の流れに目をつけ、更に、この商人組合長がくだんの“旅人”をみすみす逃すわけがないという、わらわのこの勘と行動力! ほれ、褒めんか!」


「まさか本当に、この短時間で開発者の旅人を探し出すとは……。ご慧眼恐れ入ります」


「おぬしらも、わざわざ銀行へ出向いて、堂々と役人の監視下に入ってくるとは、ロバのようなやつらじゃの」


 女性がコロコロと楽しそうに笑う。


(そうか……ギルドカード……。銀行の記録に残ったら、役人は監視できるのか。盲点だった)


 楽しくゲームの結果を話すような二人。

 目の前の男女には、自分の命がとても軽く見られているのだと感じて、心がどんどん冷えていく。


 女性が、その赤い唇の端を、ニンマリと持ち上げた。


「新商品の製法を、申してみよ」


(くそ……スピネラ村に迷惑だけはかけたくないな……)


 ライチは窮地に立たされたまま思考する。


(……ん?)


 嘘を言う気は確かに起きないが、不思議と製法を話す気も起きてこない。


 ライチは一か八か、その気持ちをそのまま口に出してみた。



「内緒です」



 するりと答えが出た。


 ピクッと、楽しそうだった女性の表情が固まる。



(“真実を話す”って……えっ、もしかして、嘘さえ言わなければセーフなのか?!)


 領主命令を無視して黙秘することはアウトな気がするが、とりあえず本当のことを全て話すしかないという状況からは、逃れられそうな希望が見えてきた。


(バルゴさんたち、お世話になったみんなの村を、めちゃくちゃにさせはしないぞ)


「まぁ、そうなるか……ふん。つまらぬ奴め。

 緘黙権……語らぬことは、神が許した美徳よ。わらわがどうとできることでもあるまい」

「皆が皆、真実の思いのみを語るようになれば、この世は即座に地獄と化しますからね」

「はっ、違いない」


 男女が仲良く会話している。

 緘黙権とは、黙秘権のことだろうか? 神聖石が発現している女性なだけあって、神様のことはしっかり信仰しているようだ。


(ヴェルさん……ヴェル様、すごい! ありがとう! 神様!)


 黙秘権が、信仰として貴族にも認められているなら、かなり話は変わってくる。


(そうだよな、神様パワーでみんながみんな本音ばっかり話すようになったら、余計に悲しい世界になることもあるよな。優しい沈黙って大事だよね!神様、分かってるぅ!)


 アルフィアーナにやってしまったように、転移のことから何もかもをこの場で説明することを覚悟していたが、まだ望みはありそうだ。ライチの脳内は歓喜のスタンディングオベーション中である。


「……開発者。そなたは、他領から送り込まれた間者か? おかしな物を作り出し、領地や領民に害をなす気か?」


 女性が、沈黙が悪となる質問に切り替えてきた。

 勿論、これには堂々と答えられる。


「いいえ。どこからの間者でもありません。個人で動く一市民です。領地にも領民にも、敵意や害意は全くありません。この領地の繁栄のみを望んでおります」


「ほう。このアゼルシルバ領の繁栄のみをか。実に堂々と言い切りよったの」


 領主にとっては領地の安全がかなりの安心材料になったのか、この一言で、一気に場の空気が軽くなった。


 女性から矢継ぎ早に質問が飛んでくるのに、ライチは次々と答えていく。



「そなたはなぜそのような知識をもっておる」

「説明できません」

「ふん、またか」



「新製品の材料は我が領地だけのものか?」

「それは分かりません」



「なぜ製法や材料を秘匿するのじゃ」

「公表の前に、原材料を確保しないと、無用な争いが起きるからです」



「ふん? つまり今後確保するあてでもあるのか?」

「まだありません。でも、大量生産ができるようにこれから尽くします」



「なんじゃそれは? 争いが起きぬようになれば、製法の秘匿はせぬということか?」

「おっしゃる通りです。製法を広めて、いずれは庶民でも安く手に入れられるまでにしたいと思います」



「砂糖のようなものや、シルクのような布を、庶民にまで? ハッ!なんと荒唐無稽な夢物語じゃ!」

(荒唐無稽だって? あなたこそ、お貴族や領主なんてやってたら、農村でどんなふうに物が作られてるかなんて、知りもしないでしょうが)


 こちとら、現地で数日クラフトした経験もあれば、先人の皆さんありがとうすぎる!の現代文明チートがあって、極めつけは神様から直接たまわったチートスキル持ちなんですわ。


(すぐにでも大量生産に漕ぎ着けてやる!)


 涼しい顔をして内心で反論をする。今に見てろよ、という気持ちが強くなった。



「いつごろまでに大量生産を可能にするつもりじゃ」

「まだ計画段階なのでなんとも……」

「――埒が明かぬ。言えぬ言えぬいずれいずれと、なんじゃこの、ロバに話しかけるような得るもののない無駄な時間は」


(これは言いたい!あなたが組合会議の翌朝に呼び出したんでしょうがと!)


 まだ、新製品を売ってもいいか、売れるのかを確認したばかりの段階なのだ。

 生産体制を整えるのは当然その後だろう。


「開発者。わらわは急ぎ、この領地を豊かにせねばならぬのじゃ。そなたと無為な時間を過ごしているわけにはいかぬ」


 女性がライチに冷たい目を向ける。

 男性が口を開いた。


「新製品の服は、試作品で構わないので、本日すぐに城に持参すること。染色や縫合の加減を見ることに使うが、返却はさせてもらう」


 プルデリオが返事の発言の許可を求める代わりに、“かしこまりました”のポーズを取る。


「大量生産の目処が立つように、せいぜい励め。後日召喚するので、よい報告を期待しておる」


(こりゃ言葉通りに“期待してる”ってことじゃなくて、“やれなければ殺す”、って意味だろうな)


「“領主に製法を伝えては、農村を荒らすに違いない”というそなたの評価、しかと受け止めた。これからも邁進させてもらおう」


 ドキリとして女性の目を見た。


(そうか!製法を領主に内緒にするって、“あなた達を信用してません”という意味になるか……!)


 ギラギラとしたその目は、怒りに燃えているように見える。


(そういうつもりはなかったんだけど……いや、お貴族様は平民から無理な搾取をするはずだ、と決めつけていたか……)


 「そういうつもりはないんです。万が一、ということがないように、念のため秘匿しておくだけで……」という言い訳が口から出そうになったが、口は開けないし、開けたとしても実際信用していないのだから、火に油を注ぐ言葉だろう。


(実績で返すしかない。なんとかして大量生産にこぎつけるぞ)


 怒りの色を瞳に宿したまま、女性はニコリと微笑むと、ライチに握手を求めるように左手を伸ばしてきた。


(えっ? 貴族様に? 領主様に? 直接触れて握手?? え、トラップだよな? 応えたら手首落とされるよね、絶対)


 怪しすぎる。

 ライチは凍ったようにしばらく固まった。


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