第99話 きな臭い
ライチはおっかなびっくり気をつけの姿勢になった。
プルデリオも同じだ。その手が、女性のように体の前で重ねられているのを見て、ライチも真似をする。
武器を持ってませんよ、というアピールなのかもしれない。
(こっっっわ!! 怖い!!)
どんな表情でいればいいのか分からない。目を合わしていいのかも分からず、目線だけは二人の足元に固定している。
「ふむ。なるほどな」
女性が“ふぅん”くらいのノリで、軽い納得の声をあげる。
「なるほど。なるほど」
何一つ話が進まない。ハラハラも止まらない。
早くこの極限状態から解放されたくてたまらない。
ここでようやく、もう一人の貴族が口を開いた。
「謁見室でなく、このような小部屋ですまないな。…………非常にプライベートな召喚なのだ」
顔は見られないが、若めの男性の声だ。首の皮が繋がるような、こちらを多少は人として見てくれそうな、知的な感じの話し方である。
プライベート、と言う時に、少し呆れの色が滲み出ていたので、もしかしたら女性側の一存で、この召喚が決まったのかもしれない。
「商人組合長と、君が“行商人”だな」
(えっ、これは返事をした方がいい? どっち?!)
許可制なので微妙な問いかけには非常に答えづらい。無視したら死ぬとか、やめてよ?!
ライチは折衷案で、おっかなびっくり、一センチほどだけコク、と頷いた。
「つい先日、君はオスティア商人組合長とともに、市民登録をしたであろう」
(ええっ?!!! 一平民のそんなところまで把握してんのか、この人たち? 嘘だろ?)
背筋がゾワゾワとする。
ものすごく個人的な動向がバッチリ見張られていて、恐怖でしかない。
監視カメラでも街中に置いてるくらい把握されているではないか。
「それが、現在、商人組合長の家に居候している、と」
(そうですよね、一緒に召喚されてるんだから、その辺は筒抜けなんですよね)
「髪がサラリと風になびき、非常に艶がある、と報告を受けているが……本日の様子では真偽は分からないな」
(整髪料さまぁぁ〜!! すぐ流したいとか言ってごめんなさい!)
なんとか整髪料さんのおかげで、今日はヘアケアのことは突っ込まれずに済むかもしれない。
髪のことまで筒抜けだなんて、一体どこにスパイがいるのだろうか。まだカステリナの街に来てほんの数日なのに。もう誰も信じられない。
「くだんの新しい布はどうした。着てこんかったのか?」
女性が横から口を挟む。
(えっ……。プルデリオさんだよね? プルデリオさんに言ってるよね?)
組合会議の時も、ポリエクロスを着ていたのは美男子メルカトだった。ライチは顔を隠して隠れ、会議を盗み聞きしていただけだ。報告に上がるとは思えない。
手を組んだ気をつけの姿勢だったプルデリオが、右手を顔の高さまで上げる。
「よい」
「領主様。わたくしがお答えしてもよろしいでしょうか」
「申してみよ」
(挙手&許可制だったのか〜!! これは分からん!)
発言前に挙手。覚えた。胸に刻んだ。絶対忘れない。
(というか、女性の方が領主様!?)
言われてみれば、顔は見ていないが、横の男性より、声の威圧オーラがすごい。
(首チョン女王感がすごいというか……いや不敬ですねごめんなさい)
女性の方が領主様だとは思いもしなかったので、未だ情報処理が追いつかない。
「当家が所持している新しい布の服なのですが、試作品ですので、とても領主様に献上できる状態ではございません。また、当家でも借り受けているものですので、扱い方にはご容赦いただけますと幸いです」
「……ふん。つまらぬ話よ。ルキディウス」
「……はい。組合会議で披露されたポリエクロスの服だが、スピネラ村の村長家のものだな」
内臓が全て取り払われたような、冷たい感覚が襲う。
(なん……なんだって?)
会議の後すぐに呼び出されて、そんなことまで調べがつくことは可能なのか?
スピネラ村の名前なんて、報告書には載ってないはずだぞ?
スピネラ村に貴族が入った?
村は無事なのか?
一瞬で雪崩のように疑問が押し寄せる。しかし、どの問いにも答えが出ないまま、呆然とライチは視線を上げた。
(ぁ……。青い魔石だ)
そこには、金髪で碧眼の、ライチと同年代らしき美しい女性がいた。
そして、それより少し若そうな、茶色の長髪で緑眼の男性が。
射抜くようにこちらを見ていた。
二人とも、額の魔石が青だ。
女性はさらに、服の胸元に空いた穴から、鎖骨の間の神聖石が覗いていた。神に熱心に祈った証。
「執務を抜け出すのには苦労したが、我が領地の農村がルーツという報告を見て、すぐに行商人が担当している村まで視察に向かったぞ。
村人総出でこそこそと何かやっておったな。
新製品には自信があるらしく、いくつかその場で買い取ってきたが……確かに面白い品じゃ。
案の定、神との誓いで村人から製法は聞き出せなんだが……。村周辺で採れるものが原材料ではないかという当たりはつけられた」
領主がライチの驚愕の顔を、面白そうに眺めながら話す。
(村まで行ってる……!? 徒歩九日の距離だぞ?? この短時間で……あ、まぁでもヘリくらい速いならあんな距離もすぐか? 飛車ってそんな速いのか)
もう何がなんだか分からない。
全て筒抜けではないか。なんだこれは。
「調査によると、他の村々では君たち行商人の足跡を事細かに話してくれたそうだが、スピネラ村では、皆が口を揃えて、“製法を伝えてくれた旅人はここを去ってしまった。我々には誓いにより製法を広めることはできないので、製法を知りたければ旅人本人を探してほしい”と話していたのだ」
(みんな……)
村のみんなと、誓いという形でそれを守ってくれる神様に感謝しかない。
「組合会議の報告書にもあったのう? “製法を知る旅人はもう去った”と。不思議な旅人よのう?
どこの街にも寄らず、一つの農村にだけ知識をばらまいて去るとは」
遠回しで、挑発的な物言いだ。
(なんなんだよ……! 全部調べがついてるなら、ひと思いにやってくれよ……!)
ライチはもう、どこを見て何を考えていればよいのか分からなくなり、ひたすらぼんやりとティーカップを見つめ始めた。中身がジャスミンティーのような色をしている。
「きな臭いのう。街に寄った記録もない消えた旅人。そしてそなたは、市民登録もなかった行商人になりたての三十過ぎの男で、そのような新米行商人ごときが、今はカステリナ商人組合長の家に居候とな? おぉ、きな臭い、きな臭い。」
領主が芝居がかった動作で、首を小さく左右に振っているのが視界の上部に入り込む。
(きなくさい……? ということは、まだもしかして、断定はできてない……?)
「組合会議で、書記席から顔を出す、覆面の謎の人物がいたことも記録されている」
「覆面!そいつは顔を隠して、何をしておったのじゃろうのう? おお、おお、香ばしい臭いがぷんぷんしよるわ」
男性の合いの手に、女性が乗っかる。
ライチは頭を抱えて崩れ落ちそうになった。
(あのときのチラ見したやつ〜!バレてたのか〜!!)
どうやら、メルカトたちの感動の再会に紛れたつもりだったが、興味も何もない報告係の役人に、バッチリ認知されてしまっていたようだ。
女性の声が、すっと沈む。
「行商人、そなた、何者じゃ?」
(か、かなり怪しまれてるぅぅ……!)
怪しい点と点が繋がりそうだが、まだ確証はないのかもしれない。




