第101話 握手
助けを求めて視線を泳がせる。
正解のヒントを求めて、三秒ほどの時間で大慌てで部屋の中を分析した。
貴族の男性は、茶色の長髪を耳にかけ、後ろに垂らしている。
服装は、濃緑の厚手のチュニックを着ている。腰には革ベルト。その上から、短い青いマントを肩へ掛けていた。あちこちの刺繍や金属細工が、質の良さを訴えてくる。
今は眉間をつまんで固まっている。頭痛のポーズだ。どうも頭の痛くなる状況らしい。
「よい」
女性は、戸口に立つ護衛を右手で制する。
ライチはその時、初めて護衛をしっかりと目視した。
扉の左右には、武装した男女がいる。二人とも、赤い魔石の貴族だ。
鎖かたびらの上から、厚手の青いマントを羽織っている。腰には剣と短剣が差してあり、今は室内だからか、短剣に右手を添えている。
領主に制止されても、まだ前のめりになっている様子なので、当然ながら、警戒すべき状況のようだ。ライチが何かすれば、すぐに切られることになるだろう。
最後に、領主を見る。彼女は、金髪を三つ編みに結い、後ろに垂らしている。
深い藍色の、足元まで真っ直ぐ落ちる布を、細い帯で腰だけ締めているロングチュニックに、肩にはこれまた青いマント。
今のところの情報だと、立体的な縫い方をするのではなく、四角い形の服をかぶり、腰を帯で絞るのが、この世界の服の一般的な物のようだ。
「握手じゃ。……まさか、できぬのか?」
女性の腕が軽く振られ、じゃらりとその細い手首に着けられたブレスレットが鳴った。現実に引き戻される。
頭の痛くなる警戒すべき状況ではありそうだが、握手を断る理由がない。
ライチもゆっくりと左手を出して、その冷たい手を握った。
女性は掴んだ手を見てニヤリと笑って、一つ『ふん』と鼻を鳴らすと、汚物を掴んだかのようにさっと手を払って、いつの間にか控えていた侍女に手を拭かせた。
領主の侍女は貴族か魔力持ちらしい。粛々と拭き取るその額には、黄色の魔石が光っている。
(なに? なんで? 汚物扱いするなら最初から手を出さないで……!)
女性に、握手の後に手を拭かれるのは、いくらお貴族様相手だと分かっていても、心にくるものがある。
拭かれているその細い手首のブレスレットを、悲しい顔で見ていて、ライチはふと、以前メルカトがしてくれた話を思い出した。
『悪意によって害されると腕輪が判断した場合に、干渉不可の防壁が個人を包む』
そんな、バリア的な話をしていたような。
(…………はッ! まさか、今の握手、領主に害意がないかの、最終チェックだった?!)
メルカトはあくまでも噂だとしていたが、今の流れは、確実にそういうことだろう。
少しも敵意や害意がなくて、本当によかった。服装とか見た目のことをぼんやりと考えていたくらいである。
ライチは、知らない内に危ない橋を渡り切っていた事実に、後から肝を冷やした。
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「なかなか面白い時間であった。執務を抜け出してきた甲斐もあったというものじゃ」
その碧い視線が、プルデリオへ刺さる。
「商人組合長とは、もう少し話すことがある。行商人は出ておれ」
しっしっとでも言いたげな興味の無さで、ライチは追い払われる。
ライチのような平民相手にも関わらず、貴族の男性が代わりにフォローを入れてくれた。
「きな臭いからと、城まで召喚することは、本来はまずあり得ないことだ。今回は領主としてではなく、グラキディアとしての、ごく個人的な興味のため、だということで、容赦願いたい。すまかった」
(グラキ……? なんか速くてよく聞き取れなかったけど、強そうな名前の女性なんだな)
いえいえ全く気にしておりません、とライチが目で返事をしてみた、そのとき。
――カンッ カンッ カンッ
中庭とは反対側の窓にはまっている格子が、何かに叩かれ始めた。
ふらふらと揺れる何かが、何度も格子の金属に弱くぶつかっている。
「……ふん。小うるさいやつらめ」
グラキ領主が面倒くさそうに独りごちる。
「領主様。お受け取りになられますか」
突然、それまで石のように固まっていた護衛の男性が声をあげたので、ライチはその野太い声に、何も下心はないはずなのに、反射的に体をビクつかせてしまった。
「入れよ」
その答えに、護衛の男性が部屋を横切り、格子から少し指を出して、ぶつかってくる物の向きを変えた。
すると、格子の隙間から、黄と緑の魔石が光っている、木枠の金属板が滑り込んできた。
(うおっ! う、浮いてる!)
金属板がふよふよと浮いて、グラキ領主の頭の上まで飛んでいく。
二つ折りだったらしく、そのバインダーのようなものを護衛がさっと開いて、キョロキョロと中の安全確認らしき動作をする。中身の木札を裏返しのまま取り出し、グラキ領主に差し出した。
「…………ふん。すぐ戻ると言うておるのに、せっかちなやつらじゃ。返事は後でよい。気が散らんように、捕まえておけ」
その指示に、貴族の侍女がさっと現れ、金属板を浮いたまま捕獲した。金属板はぐいぐいと空中で引かれ、隣の部屋に消えていった。
(なんて、ファンタジー……!)
どうやら、領主ともあろう者が、こっそりと執務を抜け出していることに、なんらかの実務チームから苦情が入ったようだ。
初めて見た非現実的光景。バインダーがふよふよと飛んでくる夢のような世界観に、感激したかったのだが……。
(なんというか……う〜ん……鈍くさかったな)
格子に引っかかったり、捕獲されて連れて行かれたりと、どうも思っていた感じの万能魔法感がない。
(頭の上でふよふよ浮いてたし、個人宛てに手紙を飛ばす、飛車の小さい版みたいなものかな?
緑の魔石が個人識別用とか? 便利そうではあるな)
鈍くさそうではあるものの、メールのアナログファンタジー版だと思うと、なかなか使い勝手が良さそうだった。
(さて、さっさと出ないと)
「知っておるか、行商人」
言われた通りにそそくさと退室しようとしたライチの背中に、グラキ領主が声をかけてきた。振り返ると、プルデリオを顎で軽く示している。
「こやつは、そこらの貴族どもより、よほど金稼ぎが上手く、領地として使える駒なのじゃ。そなたも、こやつと協力すれば大量生産も夢ではなかろう。励めよ」
(こ、駒……)
根本的に、おそらくお貴族様とは考えが合わないだろうことは、生まれも育ちも庶民のライチには分かっていたので、平民の扱いが物のようでも、もはや何も思うまい。
元々、大量生産はライチの目指すところであったわけだし、お言葉の通り、励ませてもらおう。
プルデリオを見ると、やや硬い顔をしている気がする。頑張れプルデリオ君。
領主さまに能力が認められているようで、何よりである。




