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聖女様の身の上話 ~ファシストの靴音~

 愛人は仕事はできないけど、男を操縦する術はよく知っていました。

 例えば何か欲しいものやして欲しいことがあった時、愛人は院長に喧嘩を吹っかけます。怒ってみたり拗ねてみせたり――で、院長がご機嫌を取ろうと躍起になったところで囁くわけです。ねえ、経理のオバサン邪魔じゃない? と。

 愛人は度々その手で院長から色んなモノを引き出してきました。ある時は新しいスマホ、またある時は院長とおそろいのペアリング――施術者は仕事中のアクセサリーは厳禁ですから……ホラ、患者さんのお身体を傷つけてしまうかも知れませんからね。院長は仕事中はその指輪を安物のチェーンで吊って首からぶらさげています。愛人に至っては堂々と左手薬指にはめてます。ケイ先生が見えないからってナメた真似をしたものです。

 パソコンが院に届いた時には、やっと受付のパソコン新調するんだー! と私は小躍りしたのですがぬか喜びでした。新しいパソコンは愛人へのプレゼントでした。愛人、意気揚々とパソコンを持って帰りましたよ。どこへって? そりゃ愛の巣()デショウネー(棒読みで失礼しました)

 どうせプレゼントするなら新しいパソコンを受付用にしてもらって、今使ってる古いのを愛人に引き取ってもらえばいいのにと思います。今使ってるパソコンはNJSK(日本柔道整復師協会の略、ジャパンじゃなくてまさかのニホンです)提出用の何ちゃらとかレセコン何ちゃらとか色々入ってて超重いんですよ。ようつべでBGM流してるだけでも固まります。レセプト作業中に時々落ちます。古いパソコンだし色々ヤバイです。

 個人的にはもう1台くらいパソコンがあってもいいと思います。レセプト用と、経理受付用に各1台ずつとか。大体、愛人パソコン使えないじゃないですか。豚に真珠もいいトコです。


 そんな感じでヨシエさんがいなくなってから愛人はやりたい放題でした。

 経費で院長にあれこれ貢がせるのは序の口で、何なら娘の昼食まで院長にたかってます。娘さんの学校が早く終わる日とかに娘さんが学校帰りに院に来て、院長や愛人と一緒に仕出し弁当食べてるなんてのもありふれた光景になりました。……私の分? ありませんとも。私お弁当持ちですし。経費の無駄使いイクナイ。ケイ先生はお昼休みに一端自宅に戻るので、愛人の所業を知りません。


 院長は愛人の娘ことマイちゃんをとても可愛がっていて、マイが成人するまで俺が面倒見るとかたわけたことを言い出しました。俺には娘はいないからマナミの娘は自分の娘と思って養育してやる、なんて血迷ったことを言います。

 その魂胆、私にはよーくわかりますよ残念ながら。多分院長は佐倉の義父が私にしたようなことを狙っているのでしょう。マイちゃんは今は13歳。母親に似ずほっそりとした――ちゃんとごはん食べさせてもらってるの? と不安になるような、むしろ小学生なんじゃないの? ってくらいに幼い感じのする子ですが、お目々ぱっちりの美少女です。院長は5年後の彼女に期待しているというわけです。マイちゃん逃げて全力で逃げてー! って感じです。とことんゲスな野郎です院長。流石不倫するだけのことはあります。

 つか院長アンタにゃミコトくんっていう将来有望な息子さんがおるやん! 余所の娘に投資する前にまず自分の息子を大事にしろよ! と、心から思います。

 愛人は馬鹿だけど院長の下卑た思惑を見抜ける程度には抜け目なかったようなので、ちゃんと断ったそうです。愛人本人から聞きました。自慢気に、マウント取るみたいに報告してきましたんで。別に聞きたくもなかったですけどねそんなこと。

 愛人は頭に羽が生えてんじゃないかってぐらいの大馬鹿女ですが、そんな女でも流石に自分の娘は大切なんでしょうね。5年後のマイちゃんをむざむざ院長の毒牙にかけるような真似はしないようです。その点については私の実母より余程しっかりしてます。

 私の中で愛人株が少しUPしました。ほんの少しだけですが。




 ヨシエさん亡き後――なんて言うとヨシエさんが死んだ人みたいになっちゃいますね、ヨシエさんは死んでません生きてます――愛人は経理担当兼受付スタッフという位置づけです。愛人は院長に経理をやる分金寄越せと交渉し、まんまと成功させました。児童手当がもらえなくなるから収入制限~とかいう建前はドコ行っちゃったんでしょうか。

 当然のようにケイ先生には事後承諾です。ケイ先生は人が欲しければ職安に以下略と例の如く主張したのですが、それはまったく効き目のない呪文と化しました。

 後で知ったことなのですが、院長はハローワークに経理事務員募集をかけ、それに愛人が応募して採用されたという形を取りました。ハローワークの紹介で採用が決まるとお祝い金? 的なモノが出るそうで、院長と愛人は職安からまんまと小金をせしめたという寸法です。

 愛人の他にも応募者は幾人かいたそうですが、すべて「もう決まっちゃったからぁ~♪」と、面接すらせずお断りしたそうです。控えめに言って出来レースです。言葉飾らず言っちゃえば詐欺です。採用する側とされる側が申し合わせてハローワークからお祝い金? だかお見舞い金? だかを騙し取ったんですから。

 ケイ先生には、職安に求人出したけど応募がなかったよ、で通したそうです。どこまで腐ってるんでしょうねあの不倫カップルは。




 受付も満足にこなせない愛人が経理って大丈夫なんでしょうか。愛人はいわゆる一般企業で働いたという職歴が無い人で――たかりとバイトでつないできたみたいです、水商売って言葉の通り水物ですから――彼女は領収書の切り方すら知らない人でした。多分、貸借対照表と損益計算書の違いすらわからないんじゃないでしょうか。

 そんな人が経理の鬼ヨシエさんの後釜です。不安しかありません。


 フクムラ鍼灸整骨院では月に1度、会計士さんとの面談があります。

 キヨノ会計士はその時に経費の使い方について指摘したそうです。見た目はインテリヤクザ風ですが心根は真っ当でちゃんとお仕事をするキヨノ氏のことですから、それは当然の指導だったのでしょう。

 そしたら院長、キヨノ会計士を切りやがりましたよ。開院当初から7年もお世話になってた方を、愛人の言うがままに。

 キヨノ会計士の奥さんことチナツさんは、さばさばとしたものでした。キヨノ会計事務所にとってフクムラ鍼灸整骨院は数あるクライアントの中のひとつに過ぎず、切られたからといって痛くもかゆくもなかったのです。

 逆に、フクムラ鍼灸整骨院側には大きなダメージです。あんなに親身になって世話してくれた会計士さんを失うわけですから。代わりの新しい会計士さんも探さなくてはなりません。愛人には自力で院の経理をまとめる力はありません。それならまだ建設系という畑違いと言えど経理屋やってた私の方がマシなくらいです。

 愛人はキヨノ会計士の代理をどこからともなく連れてきました。ネット検索で一番上に出てきた税理士さんで、キヨノ会計事務所より安いと愛人は得意げです。そりゃあ税理士と会計士じゃできることが違うんだから安いだろうよという当然のツッコミは愛人には通じません。

 安いには安いなりの理由があるんです。そして、年末にはヨシエさんとキヨノ会計士のありがたさをしみじみと痛感することになるのだろうな、という確かな予感がありました。




 やりたい放題の愛人は院内改革と称して独眼竜まさむねここと片目のまーくんの出入りを禁じました。整骨院に猫がいるなんて不衛生だ、と理論武装していましたが何のことはありません。愛人は猫が――というか、動物全般が好きではないのです。

 初対面の時愛人は「カワイイ~♪」と奇声を発してまーくんをだっこしようとして派手に引っかかれ、それ以来、「あの猫なつかない、かわいくない」と、事あるごとに院長にこぼしていました。

 まーくんの為に弁護しますと、彼はホルスタイン柄だけに牛のようにおっとりと、パンダの如き穏やかさで、オープン&フレンドリーで患者さんにもふもふされるのばっちこーい、特にお子様相手だと猫らしからぬ忍耐力を発揮しておひげを触られてもしっぽを引っ張られても不服そうに「うにゃぁ」と一声鳴いてされるがままになっているという、大らかなお兄さん気質のねこさんなのです。

 この件に関してはまーくんに問題があるのではなくて、むしろ愛人がねこの扱いを知らないだけです。まずねこは大きな声を嫌います。そして、無理矢理なだっこも厳禁です。撫でようとして頭上から手を出すのもいけません、殴られるのかと思いますからね。

 ねこの気持ちになって考えてみて下さい、自分の何倍もの大きさの巨人がいきなり手を振り下ろしてきて追いかけ回してくるって――恐怖以外の何物でもないでしょう。口では「カワイイ~♪」なんて言いながら、心の中では「ケッ、近寄んなよ服に毛が付くだろきったねーな」なんて思ってるのが丸わかりな人間に無防備に身を任せるなんてできますか?

 ましてやまーくんは野良出身の賢い子です。自分を好きでいてくれる人、そうでない人はすぐ見抜きます。そもそもフクムラ鍼灸整骨院はマスコットキャットまーくんを全面的に推し出していて、ホームページにまで載せるくらいですからね、猫が嫌いな人なんてまず寄りつきません。余所の整体院や治療院等でも看板犬や猫社員のいる所も珍しくありません。

 かつての私のように、まーくんに魅かれて来てくれる患者さんは多いです。まーくんはフクムラ鍼灸整骨院を背負って立つドル箱ねこさんだったのです。

 まーくんが出入り禁止になって、患者さん達は寂しがりました。まーくん具合でも悪いの? と心配して下さる患者さんも多く、私は事情を説明するのに苦労しました。まさか愛人がまーくんのこと嫌いだから出禁にしたなんて言えないじゃないですか。今日はちょっとおうちにいるんですよ~なんて繰り返しているうちに、まーくんファンの患者さん達の足が遠のいていきました。まーくんにお手製の眼帯をくれるミタさんご夫妻とか、ペットショップ勤務のワダさんとか――。

 まーくんのシンパは想像以上に多く、彼は本当に患者さん達に愛されてたんだな、と改めて思い知りましたが、こんな形で知りたくなかったです。




 愛人はバックヤードサロンの先生方の出入りも禁じました。「ここは整骨院! 占いとか霊とか非科学的なことほざいてる奴らが出入りしてたら優良な患者が寄りつかないでしょ!」と理論武装していましたが結局は愛人がサロンのお仲間に入れないからシャクだったのでしょう。だったらいっそ潰してやれ、ってのが本音みたいです。

 サロンの先生方は基本来るもの拒まず去る者負わずですから、愛人が素直に仲間に入れて、って来たら普通に受け入れてくれたと思うのですが。でも愛人、初っ端に「アタシはヘアサロンはザギンでネイルサロンはギロッポンって決めてるしぃ~♪ 地元のサロンとかビンボー臭いしキラキラしてないしぃ~♪」と喧嘩を売るようなことをぬかしてたのでサロンの先生方もいい気持ちはしてなかったでしょうけど。

 しかしザギンにギロッポンって……何の呪文なんでしょうかね。平成どころか昭和をバリバリ引きずりまくってますよ愛人。この人本当にアラサー? 年ごまかしてない? と、時折サロンの先生方が冗談半分で討論してたりしてましたっけ。


 バックヤードサロンの先生方にしてもヨシエさんやキヨノ会計士と同じく、出禁になっても何ら困ることはありません。

 レイキヒーラーのチナツ先生は会計事務所のお仕事の他に自宅のサロンがありますし、ネイリストの先生の本業は理髪店、美容師さんのできないお顔剃りなどもできる方です。愛人が小馬鹿にしていた占い師の先生は雑誌の連載をかけもちしている売れっ子さんで、気功のウサミ老師は霊障相談の他にもスポーツジムや市民センター等で太極拳の講師もしています。院のサロンがなくなって困る方など誰ひとりいなかったのです。

 むしろ困ったのはフクムラ鍼灸整骨院の方でした。1時間500円という格安でも塵も積もれば何とやらで、サロン収入は院にとってはそこそこありがたいものでした。そして何より得難かったのが、サロンの先生方がそれぞれ抱えるお客様――我々がサロンの先生方に紹介する患者さんよりも、あるいはサロンのお客様が院の患者さんになってくれる率の方が高かったかも知れません。実はサロンは新患ゲットの有益な手段でもあったのです。

 彼ら彼女らがフェイドアウトしていって、院はすっかり寂れました。数ヶ月前とはまったく別の場所のようです。

評価ブクマ等ありがとうございます。とても嬉しく励みになっております。


転移前・現代日本での回想話。文章の3割程度(体感指数、数えてはいません)がねこねこしてます。

寂れるには寂れるだけの理由がありますよ、というお話です。

別名:フィクションと言い切れないあたりが辛すぎるでござるの巻。

切るべき人を切らず、切ってはならない人達を斬り捨ててしまった時点で終わりの始まりが始まってたんですよ院長殿。


安定のクズっぷりを保持する院長の言い草には呆れを通り越して半笑いです。

娘のいるシンママさんはお嬢さんをしっかり守って下さいお願いします。

それと、職安の調査ってシビアですからいずれバレて3倍返しですよマ○ミさん。

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