武人VSタマ その1
再び時刻十一時四分
「……っ!」
タマのするべき行動は決まっている。それは十数メートル先にいる武人に向かって弾丸を放つ事。
どこかの部位でも撃ち抜く事が出来れば負傷させる事が出来る。
そうすればここから人質を連れての離脱は容易だからだ。
武人と瑠々が短く言葉を交わしている最中、タマは銃口を武人に向け撃とうとした。
武人の意識が逸れている完璧なタイミングである。
だがそれは
「……は?」
相馬にとっても最高のタイミングだった。
「予想、通り。人質を管理している空間に侵入者が入り込めば、必然的に意識はそっちに向く」
「相馬!?」
瑠々は自分を抱きかかえるように包み込んでいる相馬を見た。
「説明している時間は、無いです」
そう言いながら相馬は服の袖からワイヤーを伸ばした。それは一瞬で瑠々の父である明良の元まで届くと彼の体に巻き付いた。
相馬はワイヤーを自分側へ引き寄せるとそれに釣られるように明良が引っ張られる。
「クッ!!」
タマは相馬の元へ駆け出した。
まだ間に合う……人質二人を確保しながら俺と戦う事など出来るはずがない!
刹那の思考で自分の優位性を辛うじて見出したタマは相馬を仕留める事に全力を燃やす。
しかしタマの考えは既に相馬が予想していたものだ。だから相馬は役割分担をこうした。
「おい俺を無視すんな!!」
四人の中で最も単純な身体能力と戦闘力が高い武人が抜擢されたのだ。
相馬と距離を詰めるタマの間に武人は無理やり割り込む。
なっ!?こいつ速い!!
予想外の武人のスピードにタマは足を止めた。
「頼んだ、武人」
「おう!」
言葉を懸け合う相馬と武人、声音からも全幅の信頼が互いに寄せられている事が分かる。
「た、武人……」
瑠々は何と言葉を掛ければいいのか分からない。
「瑠々!」
「!?」
武人に名前を呼ばれた彼女は思わずビクリと肩を揺らした。
何を言われるのだろう。
今度こそ自分に対する罵倒の言葉だろうか、それとも侮蔑の言葉だろうか。
何を言われても仕方ない。何を言われても仕方の無い事をしたのだから。
だがそんな予想は全く以て意味を為さなかった。
右の拳を左手の掌に勢い良く押し付ける武人、それには軽快な破裂音のようなものが生じた。
そして彼は言った。
「また後でな!」
「……」
武人の言葉は罵倒でも侮辱でも何でもなかった。ただの再会を誓う言葉だった。
何で……? どうして武人は……。
瑠々の脳内では疑問が増すばかり。しかしその疑問はここで解消される事は無い。
「行きます、二人共」
次の瞬間、相馬がそう口にすると瑠々を抱え明良を引き連れるようにその場を離脱しようとする。
「させるかぁ!!」
「そりゃこっちのセリフだぜ!!」
武人を向き去るように相馬達に接近しようとするタマだがそれは武人が許さない。
「ふっ!!」
「っらぁ!!」
二人の男は互いに拳を突き出した。突き出した拳同士がぶつかり合い肉と肉、骨と骨がその衝撃に音を発生させる。
「へへへ……そこそこいいパンチじゃねぇか」
相手の拳から伝わってくる振動に武人は口角を釣り上げた。
「どけ」
だが今のタマには相手を称賛する余裕も侮蔑しけなす余裕も存在しない。
こんなところで時間を取られてしまうというあってはならない事態に襲われているからだ。
タマは目を相馬達の方にやる。彼らは倉庫の内側からしか開けられない裏口扉に手を掛け今にもこの空間から抜け出しそうだった。
「!!!」
タマには既に選んでいる余地は無かった。
武人と向き合っているこの状況では拳銃の狙いを正確には定める事は出来ないが、それでも撃つしかない状況に追い込まれていた。
例え人質を撃ったとしてもここで逃げられるわけにはいかない……!
その判断と覚悟を一瞬で決めたタマはまだ拳銃を持っている腕を動かし相馬達の方向へ向けると発砲しようとした。
「っと!!」
だがその一連の動作を一瞬で見抜いた武人は自分のもう片方の腕でタマの腕をはじき弾道をずらした。
ただでさえ大雑把な軌道を描こうとしていた弾丸は武人の動作によって全く関係の無い方向へ放たれていく。
「お前ぇ!!」
額に青筋を見せるタマは語調が荒くなった。
先程から怒っていた彼だったが今この瞬間最も怒りを露わにした。
「くだらねぇ事しようとすんじゃねぇよ。今は俺とお前のケンカだろ、他には何もいらねぇ。どうしても行きたかったら俺に勝ってからだろうが!!」
「……っ!!」
くっ、あのモードを使っても集合場所を知っているこいつは確実に俺に追いつく。
結局こいつを無力化しなければ……!!
タマにはまたしても選択肢の余地が無くなった。
一刻も早く武人との交戦を制し逃げた奴らに追いつかねばならなくなった。
タマは武人を睨みつけた。そして合わせていた拳を開いて武人の拳を包み込む。
「!?っていてててて!!」
すると何故か武人が痛みを訴える声を上げた。
何だ痛ぇメチャクチャいてぇ!!!
戦闘時の武人の拳はダイヤの原石のように硬くなっておりよっぽど万力の握力で握られない限り痛みもダメージも感じないのだ。
ん……っていうか握り締められてる痛みじゃねぇ。
この痛みは……何か突き刺されるような。
武人は自分の拳を見た。
するとそこには異様な光景が広がっていた。
タマの包み込む手、正確にはその指から鋭利な爪が伸び続けている。
「何すんだぁ!!」
武人は強引に自分の腕を引っこ抜き蹴りを放つ。タマは後ろに大きく跳躍し距離を取った。
「ってぇな……」
自分の拳を見る武人、爪が突き刺さった部分からは漏れなく出血しひどい箇所は肉が見える。
「殺す、これは絶対だ。お前が余儀無くし俺が余儀無くされたんだ。後悔するなよ」
タマは構えを取る、その構えはさながら猫のようである。
「後悔なんて……するかよ!」
拳を振り纏わり付いている血液を床へと払う武人。血飛沫が散乱した。
「行くぜぇ!!」
武人はタマに向かって駆け出した。タマとの距離を数メートルまで詰めるとそこからは跳躍をし距離を詰め構えた拳を振るう。
「っ!」
だが次の瞬間、武人の景色からタマは消えた。
「はえぇな!?」
「もらった」
確実に仕留めようとする殺気を背中で感じる武人、だが振り向き迎撃する暇はない。無理やり身体を捻り爪の斬撃をギリギリの所で回避した。
相馬みてぇな速度だ。それにあの爪、自由に伸び縮みできんのか。
今の一連の動作で武人は敵の詳細な戦闘力を見極める。
中々の好敵手、相手がその域にいる事に心を躍らせた。
良い感じのケンカ相手、他に邪魔者はいねぇ。
一か月ぶりくらいだなこんなのは、多人数相手のやり合いも好きだけどやっぱ俺はこっちの方が性に合っ
てるぜ。
同じ地点にコンマ数秒もタマは存在しない。地面に、壁に這うように移動している。
確実に武人を殺せるタイミング、爪を差し込める角度を探しながら。
こいつに追いつけるか?んーまぁ追いつけなくはねぇ。
だけど俺が追いかけるんじゃどうしても攻撃にスキが出来ちまう。
また避けられて攻撃されての繰り返し、終わりがねぇ。
その時、武人は自分の足元の近くにあるある物体に目がいく。
お! ……へへ、これなら。
武人は腰を低くし両膝に手を置く。
あいつの動きを目と気配で追う事は出来る。
幸い俺を殺しにあっち側から来てくれるんだ。動きをあいつに合わせてやるぜ!!
武人が静止し、タマがその周辺を縦横無尽に瞬間的な移動をする。
一見勢力が拮抗しているように見える状態が数秒経過した。
構えたか……隙が無い。
一見背後は容易に攻められるように見えるが俺には分かる。
背後を取ろうとした瞬間に殺られる。
様々な位置から武人を窺うタマはそれを痛感した。
一体なんだこいつは。見たところ制服を着ているからボディガードや執事の訓練生なのは間違いないだろうが、それにしても余りに戦闘に長けている。それに普通に生きてきて人間の目じゃない。
極短い時間でタマも武人を分析する。
くそ……どうする。
この猫殺モードでも確殺に至れない……。
内心タマは焦っていた。このモードを使う時、タマは殺しを失敗した事が無かったからだ。というか、そもそも状況が悪い。タマは殺し屋としての技能も持ち合わせており戦闘力もあるが最も得意とするのは『暗殺』なのだ。敵に気付かれない内に素早く、確実に、息の根を止める。それがタマのスタイルである決してこんな同じ土俵で戦うようなタイプではない。
だが、そんな言い訳はこの段階まで来て通用しない。勝負の場に立ったのだからタマはこの場を切り抜けなくてはならないのだ。
駄目だ……弱気になるな、臆するな。さっきも思考の短絡さをミケに指摘されたばかりだろう俺は。
考えるんだ。ミケに心配を掛けないように。俺が自分で考えられるようになればその負担を減らせる。あいつに楽をさせられる。
これは、試練だ。俺が成長するための。俺が前に進むための。
慣れない様子でタマは自分の頭脳を行使した。視界の情報、敵の様子……そして。
……これは。
自分の装備を再確認し、一つの結論に至った。
慣れない動きだ。ぶっつけ本番だ……だが、やるしかない……!!
腰のホルスターに先程仕舞った拳銃をタマは再度取り出す。そして
バン!!
瞬間的な移動を交えながら弾丸を撃つ。まるで全方向から弾丸が武人に向かい飛んでいくようだった。
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