バカ共の十分間
十分前 北開浜海道:栄治の車内
瑠々達が拉致されている場所へ向かっている道中、車内では参謀兼戦闘要員の相馬が残りの三人を相手に話しをしていた。
「現状、立てられる作戦で最も最善策を考えた。今から説明する」
警察署を出てから既に十五分以上が経過しており、現在に至るまで相馬は仕える手札を整理し、思考を巡らし、幾らか出た策の中から最も成功確率が高いものを選んだ。
「いいか、時間は無い。作戦は車を降りたらすぐに開始。まず御代嬢様を直接助ける救出組と敵の目を向けさせるための陽動組の二組に分かれる。救出組は俺と武人、陽動組は優佳と昌義に任せる」
「うし」
「あぁ。任せろ」
「了解」
三人はその分担に異を唱えず了承した。少なくとも相馬が何の理由も無く役割を充てる事は無い。何か理由がある、そしてその理由はすぐに彼の口から語られるだろうと三人は分かっていたからだ。
「この中で、俺が一番気配を消して御代嬢様達まで近付ける。でも相手もきっとプロだ。当然、意識は常に拉致した瑠々様に向いているはず。だが意識が一瞬でも、一端でも別の事へ向けば俺はその機を突き対象を確保、港から脱出する。優佳と昌義には出来るだけ現場に居る大人数を引き付けてくれ」
「機を作る、か。任された」
「まぁ倉庫の近くでアクション起こせばなんとかなるだろ」
「じゃあ俺は?」
二人は了承したが後一人、武人だけが首を傾げていた。
「武人、倉庫の正面入り口から入って来い。そして御代嬢様の近くにいる誘拐犯を相手に時間を稼げ。恐らく人質の一番近くに居る奴が一番強い。幾ら俺が近付けたとしてもそいつ相手に護衛をしながら脱出するのはほぼ不可能だ」
「なるほどな。分かったぜ、そいつと戦えばいいんだな?」
合点がいったようで武人は口角を釣り上げる。
「おっしここら辺か。着いたぞ」
昌義の言葉と共に運転していた車が相馬の指定した位置で停車した。
「これ以上、車で行くと敵にバレる可能性が高い。ここからは車から降りて行動だ」
つまり、ここが作戦開始のスタート地点という事。
降りれば後戻りは出来ない、命を懸けて作戦を遂行するしかなくなる。
……そんな事を思っているのは、勿論四人の中に誰も存在しなかった。
今更の事である。
「うっし、行くぜお前ら!」
「「「おう!!」」」
武人の掛け声で三人はガラにも無い声を出し、長い夜がクライマックスを迎えようとしていた。
二つのグループはそれぞれ別の侵入口から港へ入った。
入口には見張りが居たが一人しかおらずその一人をどちらのチームもいとも容易く無力化した。
「随分と人が少ないな」
港へ潜入して早二分、入り口の見張り以外人が配置されていない事から優佳はボソリと呟く。
「それな。かなり小規模で計画を実行してるみたいだ誘拐犯共は」
昌義もそれに同意する。
「ん……、あれだな」
前方を走っていた優佳が後方から追う昌義に分かるように腕を上げ合図を出した。
会話をしながらも周囲の安全を確認しながら出来るだけ最短距離で目的場所付近まで来たのだ。
「流石に拉致監禁してる場所の近くには居るな」
コンテナの影から倉庫正面口前の光景を昌義は確認した。
視界に映る範囲だけで数えて五人、居ても十数人だろうと昌義は数を予測。
とりあえず場所と人の把握は出来た事、自分たちが配置についた事で二人は武人と相馬に報告の連絡を入れる。
「こちら優佳、いつでもいける」
「昌義、俺もいつでも」
『よし、優佳はそこから真っすぐにあの集団の所まで歩いて奴らの気を引け。昌義はそのまま見つからないように周囲を確認、何か想定外の事が起きたら対処』
「想定外って?」
『それは自分で見て考えてくれ』
「適当だなおい……」
『武人、優佳が正面の集団を引き付ける。その間にあそこを走り抜けて倉庫の正面入り口まで行け』
『分かったぜ』
通信を介し四人は改めて意思疎通を図り自分達の動き方を把握した。
『俺は、配置についた。引き付けるタイミングは優佳に任せる、仕掛けたタイミングで俺と武人動く』
『おっしじゃあ気張れよ優佳!』
相馬と武人はそう言って通信を切る。
「だってよ優佳」
「ふぅ、全くあいつらは」
自分が起点となる、その事実に常人ならば少なからず緊張するだろう。その作戦が失敗の許されない生死を賭けるようなものであればなおさらだ。
「じゃあ行くか」
優佳はコンテナの影からゆっくりと倉庫へ歩みを進めた。
足の震えなどない、心臓の鼓動は早くなっていない。
ゆったりとした雰囲気を醸し出し、流れに身を任せるかのような自然体である。
常人、その枠に収まっているものはこの場の四人において誰一人としていない。
皆が皆どこか方向性は違うが心内のタガが外れている。
激しい闘争、強い敵との喧嘩を好み、命のやり取りに躊躇いの無い武人。
必要に迫られれば仕方無いと割り切り、命を賭ける事も辞さない相馬と昌義。
そして生死を掛けて守るべき人を助ける時、躊躇う覚悟の一線。その向こう側へ容易く踏み入る優佳。
四人は高校へと入学して知り合いまだ一年しか経っていない。
だがその一年で四人は様々な窮地に立たされながらもそれを乗り越えてきた。たった一年だったが濃縮に凝縮されたそれらの出来事は互いの理解を深めた。
だから、優佳は心配していない。
自分のタイミングと仲間の動きやすいタイミング、それが共通となった瞬間を武人達は把握してくれる。
常人じゃないだけではない。彼は仲間を、この一年で手にした友を心から信頼していた。
「おい誰だお前は!!」
「止まれ!そこで動くな!!」
八人の敵に囲まれた彼はゆっくりと手を腰に伸ばす。
「動くんじゃねぇ!」
敵の一人が躊躇いも無く弾丸を優佳の腕に向けて放った。
が、それはカキンと甲高い音を立てて闇夜に消える。
「なっ!?」
放たれたものは消え失せた。唯一残ったものと言えばその硝煙だけ、優佳が握る警棒にから漂う硝煙だけだった。
今だ、武人。
「っ!!」
優佳が言葉を発する事無く来るべき人間が来る方向を軽く見る。
すると暗闇に紛れた猛獣の如きスピードで何かが風を切っていた。
完璧なタイミング、敵八人が優佳へと意識を集中しており武人への対応が二手三手遅れたが。
「っと!」
上空から突如飛来した物体によってその進行は途絶えさせられた。
「何だよお前!?」
「名乗る必要なんてないね。ただ君は今からここで死んでもらう」
二本のナイフを逆手持ちにして構えたミケが武人の前に立ちはだかる。
「あん?てめぇこそ「そこまでだ武人」」
武人の台詞を遮るようにミケと同じように上空から飛来する影がまた一人、それは昌義だった。
「想定外ってこういう事か。武人、こいつの目的は時間稼ぎだ。お前は行け」
「っとそうだった。じゃあ昌義頼むぜ!」
武人は昌義を横目に再び走り出す。
「逃がさない!」
通り抜けようとする武人に対しミケは正確に急所を狙いながらナイフを振るう。
「っと見逃してもらうぜ」
しかしその攻撃は昌義が放った銃撃の牽制によって失敗した。
「あぁもう邪魔だなぁお前ら」
ミケは怒りを少しだが露わにした。武人の通過を許したがそれに悔いている暇はない。
今はタマを信じて自分は邪魔をしたこの男を一刻も早く殺すしかない、そうすぐに意識を切り替えた彼は身体を地面に這わせるようにして下から昌義を見上げた。
しかし実際の所、ミケは少し焦っていた。それはタマは無事に目的を遂行できるだろうかとかそう言った事ではない。
一体こいつらは何者? 迷う事無くこちら側に仕掛けてきた。間違いなく警察の人間じゃない。
本来は避けたい事態ではあるが、警察ならばまだ交渉の余地があった。人質をちらつかせて動きを止める事が出来た。
一方的に好条件を提示する事が出来るとミケ達は思っていた。
だが武人達には全くそれが通用しない、交渉のテーブルに着く前に全てを終わらせよとしているからだ。人質の命という本来なら無視出来ないファクターを度外視して人質を助けようとしている。
助けられる側、助ける側、その双方が少なからず命のリスクを背負うのは当然と言えば当然だがこれは明らかに助けられる側の命のリスクが大きすぎるのだ。
本来なら絶対に取るはずのない行動、その異質さ不気味さにミケは若干ながら気圧されているのだった。
けど……まぁこうなったらやる事は決まってる、一刻も早くタマの加勢に向かう。待っててタマ、さっさとこいつ殺すから。
さてと、中々人殺してきてるなこいつ。さっきの動きを見るに的確に急所を突くタイプか。ま、それでも俺のやる事は変わらないか。死なない程度にここで時間稼ぎさせてもらうぜ。
「悪いがお前らはここで全員倒れ伏してもらう」
栄治の車の中に無造作に放り出してあった警棒の持ち手を両手で持ち顔の右側面へ、露の構えと呼ばれる構えをし腰を落とす優佳。美しい構えが彼を囲む敵の視界に入った。
「おいおいそんな棒一本で俺達相手に勝てるつもりかよ!」
「なめられたもんだぜ、行くぜお前らぁ!」
男の一人のその声に残りの男達は声を出して同調し、そして一斉に優佳へと襲い掛かる。
昌義がミケと肉薄し、優佳が敵の波に飲み込まれる。
戦いの火蓋は同時に切り落とされた。
◇
相馬は倉庫の二階、下が一望できる場所で暗闇と同化し気を窺っていた。
一望、つまり下で瑠々とその父親である明良が拘束されておりタマが二人を見張っているのが見えているのだ。
先刻瑠々と明良が言い合いをしているのもしっかりと確認した相馬だったが勿論そんなタイミングで瑠々達を助ける事など出来ない。
タマは動揺こそしていたが意識ははっきりと御代親子に向いている、その時点で無理だ。
よって相馬は静観した。
そしてその数秒後に外でのざわつきが大きくなったがそれもタマの意識を逸らす事には成功しなかった。
やはり、優佳の陽動だけじゃ意識が削がれないか。
夜目の利く相馬はタマの目を体の機微をしっかりと確認し自分が何時動くか冷静にタイミングを見極めていた。
出来れば優佳が衆目に晒されたタイミングで仕掛けたかったがそれは叶わぬ事だった。
携帯を耳に当て話していても意識はしっかりと人質二人の方へ向いている。
下手な仕掛けは一瞬で制圧されてしまうだろう。
相手の隙の一瞬を突きたかったのだがその一瞬すらもタマは見せない。
だが、まだ二つ目の陽動がある。
正直な所期待値だけを言えば相馬の中では二つ目の方が高かった。
車の中では二つ目はもしものため、予備のような言い回しをしてはいたがそれは一つ目の陽動でも十分に成功する可能性があったからだ。
二つ目の陽動はどちらにしろ成功する、成功しない方がおかしい。
最初からそういった意味が込められていた。
そして遂に時が来た。鈍い音を立てながら倉庫の扉が開いたのである。
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