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父親との邂逅

「全員、それから降りて手を上げろ」


 警官の一人がそう言うと数名の警官の銃口が瑠々を除く三名へ向けられた。


『おいどうする……!?』


 武人が左右に立つ優佳と相馬にアイコンタクトを送る。


『今なら、御代嬢様を人質という体にすればこの場を抜け出せるかもしれない』

『なるほど』


 相馬の提案に武人は納得すると瑠々を自身の元へ引き寄せようと手を伸ばした。

 だが、それは無理だった。


「マジか……」


 武人は思わずそう言葉を零す。それは目の前にいる一人の警官に起因している。その警官は他の警官同様に銃を持ち強迫目的のため武人達に銃を向けている。しかしその男は他の警官と明らかに雰囲気が異なっていた。

 言うなれば強者のオーラ、向けられた銃口は下手な動きを擦れば確実に武人の体を貫き、ここからの離脱が不可能なダメージを負わせられると武人は直感した。それ程までにその男が放つ凄みと圧は凄まじかったのだ。


『武人、相馬……』


 優佳は武人と相馬にアイコンタクトをすると


『くそが……』

『あぁ、これは……無理』


 両者は同じ考えに至った。

 このままでは幾ら策を講じようと水泡に帰してしまう。それどころか、瑠々を危険な目に合わせてしまう。これ以上の計画遂行は不可能だった。


「……」

「すみません瑠々様。これ以上は、もう……」

「すま、ない……」


 武人は無言で、優佳と相馬はいまいち歯切れの悪い言葉を吐く。

 一人の子供の期待を、願いを裏切ってしまう。

 その行為に相馬と優佳は相手に責められても仕方がないと思っていた。

 だが瑠々から返ってきたものは二人の予想外の物だった。


「気にするな」


 何故か瑠々は笑顔で言った。 

 瑠々ならば返す言葉、それくらいは相馬にも分かった。しかし笑顔でそれを言うことは相馬にとっても完全に予想外だったのだ。


「最初はお父さんを振り向かせる。それが目的だったけど」


 瑠々はそう言って少しはにかんで


「皆とバカした事がとっても楽しくて、それでこの家出が無意味じゃなかったって思えてる。皆と会えて良かったって思えてる……だから、ありがとう」


 そう、言った。


「それに」


 瑠々は自身のマスクを取ると一歩前へ、そして警察の側へと歩いて行った。

 私が警察に説明すれば、武人達も助かる。

 瑠々がそう考え歩いている最中、一台のパトカーではない車のドアが開いた。そして運転席から一人の男が降りてきた。


「っ!?」


 降りて来たその人物に瑠々は驚愕した。

 当然である。


「瑠々」


 その人物は、瑠々の父親。御代明良その人だったのだから。


「お父……さん。何で……」


 瑠々は辛うじてそう聞くことが出来た。それは驚きと同じくらい頭を揺らした疑問だったからだ。

 何故自分の父親がここに居るのか、その不可解な事実に自ずと口が開いた。

 少なくとも、自分の父親はそんな事をする人間ではない。そう思っていたから。


「何で?当たり前だろう、自分の娘が危険な目に遭っているのに駆けつけない父親など居ないよ」


 明良は首を傾げた。


「そ、そうなんだ……」


 瑠々は俯いた。それは自分の顔が少しにやけている事を父親に悟られないためである。


 私の、勝手な思い込みだった?お父さんは、別に私の事が嫌いな訳じゃなかった?


 自分の中で考えが纏まらない。状況が整理できない。瑠々は本当に混乱していた。


「じゃあ帰ろうか」


 明良はそう言うと瑠々に向けて自分の手を出した。


「え……」


 当然それは手を繋ぐという意での行為、しかしそんな事を自分の父親が進んでするのだろうか、そんな疑問が生じる瑠々。


「……」


 だが今この状況になって瑠々は手を伸ばさずにはいられなかった。何故なら振り向かせたい相手が自ら手を伸ばしたのだから。自分の家出がここまでの行為に及ぶまで発展させる事が出来たのだから。


「怖かったろう。さぁ家に帰ろう」


 明良は軽く笑みを浮かべている。

 とても、優しい笑み。

 その父の表情を、瑠々はどこかで見た気がした。


「あ……」


 気付けば瑠々は明良の手に自分の手を重ねていた。明良はそれに呼応するように瑠々の手を引き自分の方へと引き寄せた。


「ところで、瑠々。向こうの珍妙なマスクを被っている三人が、誘拐犯だね?」

「っ……!」


 明良の発言に瑠々はビクリと体を震わせた。しかしそこでただひるんでいるだけではいけない。しっかりと彼らはただ自分の我儘に巻き込んだだけであると、そう言わなければ。

 瑠々はそう思い咄嗟に口を開いた。


「お、お父さん!あの人たちは「大丈夫だよ、ここに居る警察の方々がしっかりと処理し

てくれるから」っ……!?」


 しかし瑠々が言い切る前に明良はそう言うと警察に指示を仰いだ。


「ち、違うお父さん!あの人たちは……!」


 明良の言葉に戦慄した瑠々はすぐさま自分の言葉を紡ごうとしたが


「瑠々、君は家族よりも今日知り合ったばかりの人間を優先するのかい?それも、犯罪者と言われても仕方のない行為をした人間を」

「……っ!?」


 瑠々は二つのものを天秤に掛けられていた。

 家族か。

 今日会ったばかりの、だが瑠々のために奔走してくれた人間か。

 それは瑠々にとって選び難い選択に他ならなかった。

 確かに目的は父親を振り向かせることだった。しかしそれは武人たちの助力あってこそのものだった。彼らを無下にするという事が自分に出来るのか。

 いや、そんな残虐非道な事が自分に出来る訳が無い。

 そんな事を出来るだけの大義名分など自分には無い。

 必死に自分のそう言い聞かせる瑠々、しかしそう言い聞かせる度に自身の脳内に黒い何かが巻き付くようにある思考を形成した。


 理由、それがあれば出来る……? 


 瑠々は思わず武人の方を見た。

 私は家族のために、家族が皆仲良くなれるように、そのためにここまで来た。

 家族より大切なモノなんて……今の私には……無い。

 お父さんがこんなに私に話し掛けてくれるなんて、今まで無かった。これはチャンスなんだ。


 彼らを見れたのは首元までだ。顔が見れない。

 今、見てしまったら、自分のしようとしている事の残酷さに耐えられないからだ。


 そうだ。元々こうなってしまったら武人達は捕まってしまう事は決まっていた。警察だけならまだしもお父さんが居る事で私の発言に警察を動かすなんて出来っこない。私が何を言った所で武人達は、助からない。

 瑠々は頭の中で必死に言い訳を連ねた。


 私は……私は……!!


 唇を強く噛み、目から出そうになる涙を瑠々は必死で堪えた。

 瑠々は自分が今からしようとしている事の残酷さに、卑劣さにどうしようもない罪悪感と自己嫌悪を覚える。


 何故なら決めてしまったからだ。

 言い訳を始めた時点で武人達を切り捨てる事を、自分を助けてくれた、笑わせてくれた恩人達の厚意を全て無下にする事を。


 最悪だ。


 友達とはどういうものか、家族よりも強い繋がりがあるのか。

 結局、それは解明できないままだったが、瑠々は一つだけ分かった。

 それは、自分のような人間には友達なんてものは絶対に出来ないだろうという事だ。

 沈黙、それが出した答えだった。


「いい子だ。瑠々」


 明良は瑠々の肩を抱きながら踵を返し出て来た車の中へ瑠々と共に戻って行った。

 瑠々は何一つ喋る事が無かった。武人の方へと体を向けただけでそれから何をする訳でも、何を言う訳でも無く、ただ明良の操り人形のように動いた。


「午後九時十二分容疑者確保!」

「報道局に連絡を入れておいてくれ」

「了解です」

「ほらお前らも行くぞ!」

「ってぇな!!もうちょっと優しくしろって!?」


 瑠々達から数メートル先では武人と覆面を剥がされた優佳達が警察によって強引に歩かされパトカーに乗せられて行く。 


「申し訳ありません明良様。如何せん今周囲で交通事故が多発しておりまして、その対応に追われお帰りの際そちらの護衛として警官を派遣させる事が出来ず」

「構いません。誘拐犯はたった今捕まりましたし、もう問題は無いでしょう。これ以上の厚意は受け取れませんよ。そこまでされて返せるものがありません」

「またまたご謙遜を」

「はは……それでは」


 明良は車を発進させた。


 ごめん……さようなら……皆……。 


 複雑な気持ちを持ち合わせたまま、瑠々はその場を去る事になった。

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