第八話 初心者殺し
店を出ると、ベルンの町は相変わらず大勢の人で賑わっていた。
石畳の大通りには、食料品や衣服、日用品などを売る店が軒を連ねている。
店先では威勢のいい掛け声が飛び交い、買い物を楽しむ人々や、荷物を積んだ馬車が通りを行き交っていた。
道の両側には、木と石を組み合わせた建物が立ち並んでいる。二階や三階建ての建物も珍しくなく、軒先に掲げられた看板が風に揺れていた。
少し離れた場所からは、鍛冶屋が金属を打つ音も聞こえてくる。
エルム村では見かけることのなかった光景に、アルトは思わず周囲を見回した。
「さっきは人酔いして、あまり見られなかったけど、町ってこんなに賑やかなんですね」
「ふふっ、そうだね。エルム村とはずいぶん違うでしょ?」
「はい。こんなにたくさんのお店があるなんて、思いませんでした」
アルトは目を輝かせながら、通りの先へと視線を向けた。
見慣れない景色に、胸が弾む。
この町には、まだ自分の知らないものがたくさんある。
そう思うと、アルトはこれからの旅が少しだけ楽しみになった。
「それじゃあ、そろそろギルドに向かおうか」
「はい!」
アルトは元気よく返事をした。
二人は人通りの多い大通りを進んでいった。
しばらく歩くと、道の先にひときわ大きな建物が見えてきた。
石造りの頑丈そうな建物で、入口の上には剣と盾を組み合わせた大きな看板が掲げられている。
「あ~あった! あそこがギルドだよ」
セレナは建物を指さした。
アルトはその建物を見上げ、ごくりと唾を飲み込んだ。
(いよいよ、冒険者ギルドだ……。大丈夫……なのだろうか……)
期待と緊張が入り混じるなか、アルトはセレナの後ろに隠れるようにして、そっと歩き出した。
セレナに続いて、アルトは冒険者ギルドの扉を開いた。
中に入った瞬間、アルトの耳に大勢の人々の話し声が飛び込んできた。
広々とした室内には、いくつもの木製のテーブルが並んでいる。
革鎧を身につけた者や、背中に大剣を背負った者、腰に何本もの短剣を携えた者など、さまざまな冒険者たちが集まっていた。
テーブルを囲んで仲間と談笑する者もいれば、壁に貼られた依頼書を真剣な表情で眺める者もいる。なかには、酒の入ったジョッキを片手に、豪快な笑い声を上げている者もいた。
一方、奥のテーブルでは、数人の冒険者たちが地図を広げ、話し合っていた。
種族も年齢もさまざまで、いかにも腕に覚えがありそうな者ばかりだった。
(うわ……強そう……。あの人なんて、額に傷があるし……。うわっ、あの人、腕が片方ないよ……。ヒィィィィ……! えっ、今、俺のこと睨んだ? 気のせい……だよな? セレナさんの後ろに隠れとこう……)
アルトはギルド内に漂う威圧感に、びくびくと震えていた。
自分のいる場所ではない。そんな場違いな思いさえ、頭をよぎっていた。
「おい、聞いたか? この間、カリス山脈で緊急のクエストがあったらしいんだが、魔物の討伐に向かったパーティが帰ってこなかったらしいぞ」
「またか。あそこは危険だからな。他の冒険者たちも、相当警戒してるって話だぜ」
別の席では――。
「おいおい、そりゃおかしいだろうが! 今回は俺が一番多く魔物を倒したんだぜ? それなのに、皆で報酬を山分けってのは話が違うだろ!」
「ああん? そんなの俺は見てねえぞ。俺のおかげで倒せたってのが正しいんじゃねえのか?」
「てめえ! やるってのか!?」
「もう~、やめなって、二人とも~」
そこかしこで飛び交う怒鳴り声や笑い声。ここにいるのは、ひと癖もふた癖もありそうな冒険者ばかりだった。
アルトは、そんな光景を呆然と眺めていた。
村では見たこともないような屈強な男たち。身につけている武器も装備も、自分とは比べものにならないほど本格的だ。
アルトは無意識に、背負っている聖剣を確かめるように、肩越しに視線を向けた。
(……本当に、俺がここにいていいのかな)
そんな不安が頭をよぎったとき、セレナが優しく声をかけた。
「アルトくん、もしかして圧倒されてる?」
「はい……」
「まぁ、それも無理ないよ。でも、わたしがいるから平気。大丈夫だよ」
「ありがとうございます、セレナさん」
セレナの言葉に、アルトは少しだけ安心した。
「まずは受付に行こうか」
「は、はい!」
アルトはセレナの後に続き、ギルドの奥にある受付へと歩き出した。
受付へ向かおうとした、そのときだった。
「よお、そこの若いの」
背後から、低くしゃがれた男の声が聞こえた。
アルトが振り返ると、そこには大柄な男が立っていた。
肩幅は広く、分厚い胸板に太い腕。使い込まれた革鎧を身につけ、背中には大剣を背負っている。
男はアルトを見下ろすと、口元に薄ら笑いを浮かべた。
「お前、ここに何しに来たんだ? まさか、冒険者にでもなろうってのか? ここはガキの遊び場じゃねえんだぞ?」
「えっ……?」
突然の言葉に、アルトは戸惑った。
隣にいたセレナも不思議そうに男へと目を向ける。
男はアルトの頭から足元までを眺め、やがて背中に背負った剣へと目を留めた。
「……おいおい。こりゃ驚いたぜ。俺の耳にも噂が入ってきてたが、本当だったのかよ」
男は顎に手を当て、聖剣をじっくりと見つめた。
「お前が、エルム村の、あの聖剣を抜いた奴か?」
その言葉を聞いた途端、周囲にいた冒険者たちがざわめき始めた。
「おい、今聞いたか? 聖剣だってよ」
「聖剣? そんなわけないだろ」
「おい……あいつ、ドランじゃねえか?」
「ああ……『初心者殺し』のドランか。新人に絡んで勝負を吹っかける、あの厄介者だろ?」
「やっぱりか! あの剣、どっかで見たことがあると思ったんだよ」
「嘘だろ……あんな小僧が、あの聖剣を抜いたってのか?」
周囲のざわめきをよそに、ドランはアルトへと一歩近づいた。
「おい、お前。本当は自分の力で抜いたんじゃなくて、誰かに抜いてもらったんじゃねえのか?」
ドランはアルトの顔を覗き込むようにして、口元を歪めた。
「お前みたいな貧弱で情けなさそうな奴が、聖剣を抜けるわけないもんなあ?」
「まさか……とは思うが、その剣を持ってりゃ一人前の冒険者になれるとでも思ってんのか?」
ドランはアルトの背中に目を向け、聖剣へと手を伸ばした。
「おい、貸せよ、その剣。俺が使ってやるからよ」
アルトは身体を震わせた。
言い返そうとしても、喉が詰まったように声が出ない。
「おいおい、どうした? 今にも漏らしそうな顔してんじゃねえか。身体も震えてるぜ?」
ドランは周囲に聞こえるように、わざと大きな声で笑った。
男の笑い声につられ、近くにいた冒険者たちも面白そうにこちらを眺め始めた。
「ハハッ! 笑えるな。お前みたいな奴は、村にでも帰ってママの手伝いでもしてろよ」
アルトは何も言い返せず、ただ立ち尽くしていた。
(うう……なんで俺ばっかり、こんな目に……)
「おい、俺にいい考えがあるんだがよ?」
アルトは黙ったまま、ドランを見上げた。
「お前みたいな奴がその聖剣を使ってたら、剣だって可哀想だとは思わねえか?」
「……」
「だからなあ、俺がその聖剣を使ってやるって言ってんだよ」
ドランはニヤリと笑い、アルトの顔を覗き込んだ。
「ああ、でもな。俺もそんな代物をタダで貰うってのは、さすがに気が引けるからよ……」
そこで一度言葉を切り、周囲の冒険者たちを見回した。
「俺と決闘しようぜ」
「俺がお前に勝ったら、その聖剣は貰う」
ドランはアルトに視線を戻し、わざとらしく肩をすくめた。
「もちろん、お前にも勝つチャンスはあるぜ?」
「お前が……もしも、もしもだ。万が一、俺に勝つことができたら、なんでも言うことを聞いてやるよ」
ドランの言葉に、再び周囲がざわついた。
「おい、そんなの無理だろ……卑怯すぎるぞ」
「ドランにあんなガキが勝てるわけねえだろ」
「もう、誰か止めなって……」
「嫌だよ。お前が行けよ」
冒険者たちは口々に言い合うものの、誰一人としてドランを止めようとはしなかった。
そんな中、一人の冒険者がアルトの隣に立つセレナに目を向けた。
「そういや、さっきからガキの隣にいる魔法使いの姉ちゃんはなんだ? あいつの仲間か?」
セレナは横目でアルトの様子をうかがってから、ドランへと向き直った。
「ごめんなさい。ドランさん、でいいですか?」
「あ? なんだ? 魔法使いの姉ちゃんは、こいつの仲間か?」
「いえ、違いますよ」
(セレナさん……)
アルトは不安げにセレナを見つめた。
「おお、よく見ると姉ちゃん、いい体してんじゃねえか」
ドランはセレナを品定めするように眺め、口元を歪めた。
「姉ちゃん、こんなガキと一緒にいるのはやめて、うちのパーティに入らないか? 悪いことはしねえ。優しく教えてやるからよ」
その言葉に、後ろにいたドランの仲間たちも下卑た笑みを浮かべた。
「いえ、結構です」
セレナは穏やかな口調で、きっぱりと断った。
「ふん、負けたらその口も利けなくなるぜ」
ドランはセレナを一瞥すると、再びアルトへと視線を戻した。
「で? どうすんだよ。お前、俺と決闘するのか?」
ドランは口元を歪めた。
「まあ、今さら断ろうとしても逃がさねえけどよ」
「……」
アルトは乾いた口を開いた。
「したく……」
声がかすれ、喉の奥で言葉が詰まる。
「したくな……」
膝が小刻みに震え、うまく息ができない。
(む、無理だ……! こんな人と戦うなんて、絶対に無理だ……!)
「おいおい、どうした? まさか、怖くて声も出ねえのか?」
ドランは楽しそうに笑い、アルトの顔を覗き込んだ。
「ほら、はっきり言ってみろよ。決闘するのか、しねえのか?」
「ひっ……!」
アルトは思わず後ずさった。
周囲の冒険者たちも、アルトが何を言うのかと様子をうかがっていた。
「おい、はっきり言えよ。やるのか、やらねえのか?」
ドランが顔を近づけ、返事を迫る。
アルトは震える唇をわずかに動かした。
「し、したく……ありま……」
そのとき――
「します」
セレナの声が、アルトの言葉を遮った。
「アルトくんは、あなたと決闘をしますよ」
セレナはドランの目をまっすぐに見つめ、はっきりと宣言した。




