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俺がこの剣を抜くときは魔王を倒すときだと決めている  作者: ふるかわゆう


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第七話 初めての外食、初めての味

「はぁ……はぁ……セレナさん、やっとベルンの町に着きましたね……」


「そ、そうみたいね……」


二人は息を切らし、膝に手をついていた。


(本当に……一時はどうなるかと思った)


ここまで来るのに、ずいぶん時間がかかってしまった。


道を間違えては引き返し、見覚えのない場所に出ては地図を広げる。その繰り返しだった。


(素直に地図を見ながら人に道を聞いていれば、もっと早く着いたかもしれないのに……。セレナさんに頼ったのが間違いだったかな)


(この人、本当に大丈夫なんだろうか……)


時間前──


「さあ、行こうか。ベルンの町へ!」


「はい! セレナさん!」


二人は意気揚々と歩き出した。


……が。


「ところで、どっちに行けばいいかな?」


「えっ?」


アルトは思わずずっこけた。


「もう、セレナさん! もう一度、地図を出しましょうか?」


「うーん……あ! ちょっと待ってね」


セレナは何かを思いついたように顔を上げると、すっと目を閉じた。


そして、小さな声で何やらぶつぶつと呟き始めた。


「うん、うんうん。そうね。でも、わたしはこっちだと思うのよねー」


(……そういえば)


アルトは、ふと昔のことを思い出した。


以前、村長の家に遊びに行ったときのことだ。


何百冊もある本の中から適当に一冊を選び、読んだことがあった。


そこには、こんなことが書かれていた。


『魔法に長けた者や、生まれつき精霊に愛される才能を持つ者は、精霊と出会い、契約を結ぶ機会に恵まれやすいとされている。


ただし、精霊と契約するには、人間と精霊が互いを認め合う必要がある。魔法の才能に恵まれた者が契約を結ぶこともあれば、魔法を苦手とする者が精霊に選ばれることもある。


精霊との契約において、魔法の才能だけがすべてではないのだ』


……そんな内容だった気がする。


(もしかして、セレナさんは今、俺には見えないだけで、精霊と会話しているのか!?)


(なんてすごい人なんだ……!)


「よし、アルトくん! ベルンの町への行き先がわかったわよ!」


「おお……! さすがセレナさん!」


「それで、ベルンの町はどちらにあるのでしょう?」


「それは、こっちよ!」


セレナは現在地から見て、東の方角を指さした。


(セレナさんは精霊に道を尋ねていたんだ。なら、間違っているはずがない……)


アルトはそう思おうとした。


しかし、本当に正しい道なのか、確信が持てない。


不安を感じたアルトは、恐る恐る口を開いた。


「セレナさん、ちょっと地図を確認してもいいですか?」


「あ、うん。いいけど」


セレナの返事を聞くと、アルトは再び地図を取り出し、現在地と進むべき方角を確認し始めた。


「えっと……現在地はここで、ベルンの町は……ん?」


地図に描かれたベルンの町は、現在地から南に位置していた。


一方、セレナが指さしているのは東の方角。


そこは、王都がある方角だった。


(……あれ?)


アルトは地図から顔を上げ、セレナを見た。


「あの~、セレナさん……?」


「うん? なにかな、アルトくん?」


「セレナさんが指さしている方向って、王都がある方角ですよね……?」


「え? アルトくんわたしが間違えたっていうのかな?」


「いや、見てくださいよ、これ」


アルトは少しためらいながらも、セレナに地図を差し出した。


「……あら、本当ね。間違えたわ」


セレナは地図を確認すると、あっさりと間違いを認めた。


「さあ、行きましょうか、アルトくん! ベルンの町へ!」


そう言うと、セレナは何事もなかったかのように歩き出した。


「あ、あれ? セレナさん!」


アルトは慌ててその後を追いかけた。


「俺の気のせいだったら申し訳ないんですけど……さっき、誰かと話してましたよね?」


「うん? そうだったかしら?」


「いや、ほら……魔法使いって、精霊と契約できるんですよね?」


アルトは少し興奮した様子で続けた。


「てっきり、セレナさんも精霊に町まで案内してもらっているのかと思って……」


「何を言ってるの、アルトくん?」


「わたしはさっき、風を読んでいたのよ。ベルンまでの道をね!」


セレナはキリッとした表情で言い切った。


「え? 精霊は?」


「風を……読んでいた?」


アルトは困惑した様子で、セレナを見つめた。


「精霊? わたし、精霊と契約なんてしていないわよ?」


「え?」


「え?」


二人は顔を見合わせた。


「わたしの故郷では、精霊と契約している人たちもいたんだけれどね。なぜか、わたしのところには来てくれないのよ」


「まあ、別にいいんだけれどね」


セレナはそう言うと、何事もなかったかのように歩き出した。


「で、ここからベルンの町は南って言ってたよね?」


「さあ、行くわよ! ベルンの町へ!」


(もう、ベルンの町にはたどり着けない気がする……)


───


アルトは初めて、村の外にある町を目にした。


「す、すげぇ~!!」


「人がいっぱいいますよ、セレナさん!」


アルトは目を輝かせ、辺りを見回した。


「こんなにたくさんの人を見るのは初めて?」


「はい! なんたって、エルム村は百人くらいしかいませんでしたからね!」


「結構、小さな村だったのね。わたしのフェルナ村も、そのくらいだったけどね」


セレナは懐かしそうに微笑んだ。


町の通りには、さまざまな種族の冒険者たちが行き交っていた。


全身を頑丈な鎧で包んだ者もいれば、動きやすそうな軽装に身を包み、弓を背負った者もいる。


人間だけではない。獣のような耳や尻尾を持つ獣人族、長い耳が特徴的なエルフ、そしてセレナと同じように杖を携えた魔法使いの姿もあった。


中には、見るからに強そうな大男もいる。


あちこちから冒険者たちの話し声や笑い声が聞こえ、町は活気に満ちあふれていた。


アルトは、そんな光景に目を奪われていた。


(……もし、あのとき聖剣を抜いていなかったら)


きっと、自分は今もエルム村で暮らしていたのだろう。


こんなにも大勢の人々が行き交う町も、自分とは違う種族の人々も、生涯目にすることはなかったかもしれない。


(……そう考えると、聖剣を抜いたのも悪くなかったのかな)


アルトは背中に背負った聖剣を意識しながら、再び目の前の景色を見渡した。


町の景色に夢中になっていたアルトだったが、ふと、あることに気づいた。


すれ違う冒険者たちが、なぜか自分のことをじろじろと見ているのだ。


(……あれ?)


アルトは不思議そうに周囲を見回した。


「あの……セレナさん? 俺の思い違いであってほしいんですけど、みんな俺のことをチラチラと見てません?」


「うーん、わたしも薄々そう思っていたんだけど……アルトくん、有名人だったりする?」


「そんなわけないですよ! 俺、今日初めて村から出てきたんですよ?」


「まあ、そうだよね~。ま、人気者なのはいいことだよ、アルトくん」


セレナは、のんきに笑った。


しかし、アルトにはどうしても腑に落ちなかった。


(……なんで、みんな俺のこと見てるんだろう?)


「うっ……なんか、酔ってきました……」


アルトは額に手を当て、ふらつきながら呟いた。


「あれ、人酔いしちゃったのかな? まあ、無理もないか。こんな人混みだものね」


セレナは心配そうにアルトの顔を覗き込んだ。


「回復魔法をかけてあげようか?」


「いいんですか? お願いします……」


「ふふっ。でも、これから先、毎回毎回、こうしてあげられるとは限らないんだからね。少しは人混みにも慣れていかないと」


「うぅ……頑張ります……」


「どう? 少しは落ち着いた?」


「はい……だいぶ楽になりました」


アルトは、ほっと胸を撫で下ろした。


「……あれ? なんだか、楽になったらお腹が空いてきました」


「ふふっ、もう大丈夫そうね」


セレナは、くすりと笑った。


そのとき、アルトの鼻を美味しそうな匂いがくすぐった。


町の通りには、いくつもの屋台が並んでいた。


鉄板の上で焼かれる肉料理や、湯気の立ち上るスープ。見たこともない食材を使った料理まで、どれもエルム村では見かけたことのないものばかりだった。


アルトは、思わず屋台の料理に目を奪われた。


ぐぅ~~。


お腹が鳴った。


「……あっ」


アルトは慌ててお腹を押さえた。


「セレナさん、お腹空いてませんか?」


「うん。そう言われると、わたしもお腹が空いてきたかも」


「じゃあ、ちょっとご飯でも食べましょうか!」


「そうだね。わたしも何か食べたいな」


二人は顔を見合わせると、近くの料理店を探し始めた。


やがて、町の通りに面した一軒の料理店を見つけると、二人はその扉を開けて店内へと足を踏み入れた。


店内には木製のテーブルが並び、客たちが思い思いに食事を楽しんでいる。


「いらっしゃいませ! 二名様ですね?」


店に入ると、カウンターの向こうにいた女性店員が、明るい声で出迎えた。


アルトたちは、案内された窓際のテーブル席に腰を下ろした。


テーブルの上には、木の板を重ねて作られたメニュー表が置かれている。


アルトはさっそくそれを手に取り、開いた。


「うわっ……! なんだこれ!?」

 

メニューに目を落としたアルトは、思わず声を上げた。


「えっ、どうしたの?」


向かいに座るセレナが、不思議そうに顔を覗き込む。


「だって、見たことのない料理ばっかりですよ!」

 

アルトはメニュー表を指でなぞりながら、目を輝かせた。


そこには、見慣れない名前の料理がずらりと並んでいた。


【魔物料理】


•魔物肉のミートパイ 銅貨八枚

•マッシュロームのクリーム煮 銅貨八枚

•ブラッドタートルの煮込みシチュー 銅貨十枚

•ホーンボアの香草焼き 銅貨十二枚

•グランコンドルのチーズオムレツ 銅貨十五枚

•ロックリザードのマグマステーキ 銅貨十八枚

•ゴルドクラブの豪快蒸し 銀貨三枚


【定番料理】


•焼きたての丸パン 銅貨二枚

•季節の野菜スープ 銅貨四枚

•川魚の塩焼き 銅貨五枚

•三種のチーズ盛り 銅貨八枚

•鉄板焼きソーセージ 銅貨九枚

•牛肉と根菜の煮込み 銅貨十枚

•香草で味付けした鶏肉と焼き野菜 銅貨十二枚


【飲み物】

•果実水 銅貨二枚

•蜂蜜入りミルク 銅貨三枚

•エール 銅貨三枚

•黒エール 銅貨四枚

•赤ワイン 銅貨六枚

•白ワイン 銅貨六枚



「へえ……魔物って、食べられるんですね……」


アルトは魔物料理の欄をじっと見つめた。


これまで魔物といえば、襲ってくる恐ろしい存在という印象しかなかった。


それが今、目の前のメニュー表では立派な料理として扱われている。


「ふふっ。魔物の中には、食材として人気のあるものもいるんだよ」


セレナは微笑みながら、メニュー表を覗き込んだ。


「そうなんですか!? じゃあ、このブラッドタートルっていうのも……?」


「うん。煮込むとおいしいんだよ」


「おお……!」


アルトは感心したように声を漏らし、再びメニュー表へと視線を戻した。


「……ん?」


「どうしたの、アルトくん?」


「グ、グランコンドルのチーズオムレツ……?」


アルトの脳裏に、あの巨大な鳥に襲われたときの光景がよみがえった。


「セ、セレナさん……! さっき俺を襲ってきたグランコンドルも、食べられるんですか!?」


「えっ? う、うん。食べられるけど……」


「む、無理ですよ! あんな恐ろしいやつを食べるなんて……!」


アルトは思わず身震いした。


「ああ、違う違う。食べるのは、あの大きなグランコンドルじゃなくて、卵だよ」


「た、卵……?」


「うん。グランコンドルはね、卵が孵るまで親鳥が巣を見張って、外敵から大切に守っているんだよ。だから、なかなか手に入らない貴重な食材なの」


セレナはメニュー表の一角を指さした。


「それに、あの卵はすごく大きくて栄養も豊富なんだよ。チーズとの相性もいいから、料理屋でも人気があるんだって」


「な、なるほど……」


アルトは少しだけ安心したように息を吐いた。


「だから、銅貨十五枚もするんですね……」


「そういうこと。簡単には手に入らないからね」


アルトは改めて、グランコンドルのチーズオムレツという文字を見つめた。


(……卵なら、食べてみてもいいかもしれない)


ほんの少しだけ、興味が湧いてきたのだった。


「じゃあ、俺は初めての冒険を祝って、グランコンドルのチーズオムレツにします!」


アルトは勢いよくメニュー表を指さした。


「ははっ、そうだね。アルトくんにとっては、記念すべき日だもんね」


セレナは楽しそうに笑った。


「じゃあ、わたしはマッシュロームのクリーム煮にしよっかな」


「その、マッシュロームというのは?」


聞き慣れない名前に、アルトは興味津々といった様子で尋ねた。


「マッシュロームはね、薄暗くて霧のかかった森に生息している魔物なんだよ」


「やっぱり魔物!」


「うん。見た目はキノコにそっくりなんだけど、これが案外厄介でね~。頭を振って胞子を撒き散らすんだけど、それを吸い込むと幻覚を見せられちゃうの」


「げ、幻覚……!?」


アルトの顔が引きつった。


「そうそう。わたしも初めて戦ったときは、結構苦戦しちゃったもん」


セレナは懐かしそうに笑った。


「セレナさんでも苦戦するんですか……」


「もちろんだよ。魔物にはそれぞれ得意な戦い方があるからね」


そう言って、セレナはメニュー表に視線を落とした。


「でも、ちゃんと調理すればおいしいんだよ。クリームとの相性もいいしね」


「た、食べるときは大丈夫なんですよね……?」


「ふふっ、大丈夫。きちんと処理すれば問題ないよ」


「色んな種類の魔物がいるんですね~」


「そうなの。わたしも色んな魔物と戦ってきたけど、まだ半分も知らないんじゃないかな?」


「そ、そんなにたくさんいるんですか……?」


「そうだよ。アルトくんは全部倒すんだっけ?」


「俺がいつ、そんなこと言いました!?」


「あはは、冗談だよ」


セレナは楽しそうに笑った。


「じゃあ、注文も決まったし、店員さんを呼んでくれるかな?」


「わかりました」


アルトは少し身を乗り出し、店内を見回した。


ちょうどそのとき、料理を運んでいた店員が二人のテーブルの近くを通りかかった。


「あ、すみません!」


アルトが声をかけると、店員は足を止めて振り返った。


「はい、ご注文ですか?」


「えっと、グランコンドルのチーズオムレツを一つお願いします!」


「かしこまりました。お飲み物はいかがなさいますか?」


「飲み物……」


アルトはメニュー表に視線を落とした。


果実水に、蜂蜜入りミルク。それから、エールやワイン。


どれも村ではあまり見かけないものばかりだ。


「じゃあ、果実水をお願いします!」


「かしこまりました。お連れ様はいかがなさいますか?」


「わたしはマッシュロームのクリーム煮と、蜂蜜入りミルクをお願いします」


「かしこまりました。グランコンドルのチーズオムレツがお一つ、マッシュロームのクリーム煮がお一つ。果実水と蜂蜜入りミルクですね」


店員は注文を確認すると、軽く一礼して厨房へと戻っていった。


「ふぅ……」


アルトは小さく息を吐き、椅子の背もたれに体を預けた。


「どうしたの、アルトくん?」


「いや、なんだか緊張しちゃって……。村の外で、こうして料理を注文するのも初めてですから」


「ふふっ。これから、こういう機会がいっぱいあるよ」


「そうですね……!」


アルトはうなずき、厨房の方へと目を向けた。


(グランコンドルの卵か……。どんな味がするんだろう)


初めての冒険。


そして、初めて食べる魔物料理。


アルトは料理が運ばれてくるのを、今か今かと待ちわびていた。


それから、しばらくして――。


「お待たせしました!」


店員が両手に料理を載せたトレーを持って、二人のテーブルへとやってきた。


「こちら、グランコンドルのチーズオムレツです。こちらがマッシュロームのクリーム煮になります」


テーブルの上に、二つの料理が並べられた。


グランコンドルのチーズオムレツは、表面がこんがりと焼き上げられ、溶けたチーズが黄金色の卵を包み込んでいる。香ばしい匂いがふわりと漂い、食欲をそそった。


一方、マッシュロームのクリーム煮は、白いクリームソースの中に肉厚なキノコがごろごろと入っていた。仕上げに散らされた香草が、彩りを添えている。


「うわぁ……!」


アルトは目の前の料理に釘付けになった。


「これが、グランコンドルの卵……!」


「ふふっ。おいしそうだね、アルトくん」


「はい! こんなに大きなオムレツ、初めて見ました!」


アルトは思わず身を乗り出した。


「じゃあ、冷めないうちに食べようか」


セレナはスプーンを手に取り、クリーム煮をひと口すくった。


「うん、おいしい!」


幸せそうに頬を緩めるセレナを見て、アルトも慌ててフォークを手に取った。


「よ、よし……! いただきます!」


アルトはオムレツにフォークを入れた。


ふわりとした卵の中から、熱々のチーズがとろりと顔をのぞかせる。


「おおっ……!」


思わず声が漏れた。


(いったい、どんな味がするんだ……?)


アルトは期待に胸を膨らませながら、ひと口目を口へと運んだ。


「……っ!」


口に入れた瞬間、ふわふわの卵と濃厚なチーズの旨味が広がった。


「う、うまい……!」


思わず声が漏れる。


卵は驚くほどまろやかで、噛むたびに深いコクが感じられた。とろりと溶けたチーズが卵によく絡み、香ばしい焼き目がさらに食欲をそそる。


「これ、本当においしいです!」


アルトは目を輝かせながら、もうひと口頬張った。


「そんなに気に入ったんだね。よかった」


セレナは微笑み、自分のクリーム煮をひと口食べた。


「うん、こっちもおいしいよ。マッシュロームの食感がいいんだよね」


「へえ……そんなにおいしいんですか?」


「うん。普通のキノコより肉厚で、クリームがよく絡むんだよ」


「ほら、こんな感じ」


「おお……!」


アルトは興味深そうに眺めた。


「……でも、これが幻覚を見せてくる魔物なんですよね?」


「そうだよ。森で出会ったときは厄介だけど、食べるとおいしいんだから不思議だよね」


「魔物って、よくわからないですね……」


「アルトくんも、ちょっとひと口食べてみる?」


セレナはそう言って、スプーンですくったマッシュロームをアルトに見せた。


「えっ、いいんですか?」


「うん。せっかくだし、食べてみてほしいな」


セレナは微笑みながら、スプーンを差し出した。


「じゃ、じゃあ……少しだけ」


アルトはおそるおそるスプーンを受け取り、マッシュロームを口へと運んだ。


「……あれ?」


ひと口食べたアルトは、意外そうに目を瞬かせた。


肉厚なマッシュロームは、噛むとほどよい弾力があり、濃厚なクリームソースが口いっぱいに広がった。


「おいしい……!」


「でしょ?」


セレナは嬉しそうに笑った。


「普通のキノコとは、ちょっと食感が違いますね。なんだか、お肉みたいです!」


「ふふっ。わたしもそこが好きなんだよ」


セレナは何気なく、自分のスプーンを手元に戻した。


その瞬間、アルトの動きが止まった。


(……ん?)


アルトは、セレナの手元にあるスプーンを見つめた。


(今、俺……セレナさんのスプーンで食べたよな?)


じわじわと顔が熱くなる。


(ま、待て待て待て! これって……間接キスじゃないか!?)


「……っ!?」


アルトは慌てて顔を伏せた。


「アルトくん? どうしたの?」


「な、なんでもないですっ!」


(なんでもなくない!! 全然なんでもなくないぞ!?)


アルトは必死に平静を装い、目の前に置かれた果実水を勢いよく飲み込んだ。


「ごくっ、ごくっ……ぶふっ!!」


「けほっ、けほっ!」


勢い余ってむせてしまい、アルトは慌てて口元を押さえた。


「ああっ! 大丈夫!? アルトくん!」


セレナは心配そうに身を乗り出し、アルトの背中を優しくさすった。


「だ、大丈夫です! ちょっと飲み方を間違えただけで……!」


「もう、慌てて飲むからだよ?」


セレナはほっとしたように微笑んだ。


(誰のせいだと思ってるんだ……!)


アルトは心の中で叫びながら、赤くなった顔を隠すようにうつむいた。


「……アルトくん?」


「は、はいっ!?」


突然名前を呼ばれ、アルトは勢いよく顔を上げた。


「そんなに慌てなくても大丈夫だよ。ゆっくり食べよう?」


「そ、そうですね……!」


(落ち着け、俺! 相手はセレナさんだぞ! 別に変なことなんて何も……!)


そこまで考えたところで、アルトは再びセレナの手元に目を向けてしまった。


(いや、でも……!)


「アルトくん、オムレツ冷めちゃうよ?」


「は、はい! いただきます!」


アルトは慌ててフォークを手に取り、オムレツを口へ運んだ。


ふわふわの卵と濃厚なチーズ。さっきと変わらず、文句なしにおいしい。


……はずなのに。


(くそっ……! 全然、味に集中できない!)


一方、セレナはそんなアルトの様子を不思議に思いながらも、マッシュロームのクリーム煮をおいしそうに食べていた。


しばらくして、二人はすっかり食事を終えていた。


アルトは空になった皿を見つめ、満足そうに息を吐いた。


「ふぅ~……おいしかった!」


「ふふっ、よかったね。わたしもおいしかったよ」


セレナも満足そうに微笑み、最後に蜂蜜入りミルクをひと口飲んだ。


「グランコンドルの卵があんなにおいしいなんて、思いませんでした。マッシュロームもおいしかったし……魔物って、食べるとこんなにおいしいんですね」


「全部の魔物がおいしいわけじゃないと思うけどね」


「そ、そうですよね……!」


アルトは思わず苦笑いした。


(そもそも、食べる前に倒せるかどうかのほうが問題なんだよな……)


そんなことを考えていると、セレナが椅子から立ち上がった。


「それじゃあ、お腹もいっぱいになったことだし、そろそろギルドへ行こうか」


「はい!」


アルトは背負った聖剣の位置を直し、セレナとともに店を後にした。


期待と不安を胸に、いよいよ冒険者ギルドへと向かう。

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