第六話 冒険は道連れ
「うわああああ~!!」
四匹の魔獣は、アルト目掛けて一直線に滑空してくる。
互いの動きを合わせるように空中で旋回し、くるくると回転しながら、さらに速度を上げて急降下してきた。
そして、鋭く尖った黄色いくちばしをアルトに向け、一斉に襲いかかる。
「た、た、た、助けて~! セレナさーん!」
アルトは一目散に、セレナのもとへ駆け出した。
「セレナさ~ん! 早く~! 俺、死んじゃうって~!! 助けて~!」
「アルトくん、その鳥はグランコンドルって言ってね。大人になると、人間をも食べる肉食の魔獣になるんだ。だから、危険なんだよ」
セレナは、逃げまどうアルトに向かって、軽々と説明を続けていた。
しかし、アルトはあまりにも必死で、セレナの話などまったく耳に入っていない。
「あ~、もうやばい! セレナさん、死ぬーー!!」
「もう、仕方ないなぁ。アルトくんは」
セレナは小さくため息をつくと、手にした杖を高く掲げた。
雲ひとつなかった青空に、みるみるうちに雷雲が集まり始める。
セレナは杖をくるりと回し、猛スピードで迫るグランコンドルへと向けた。
「ゼルク」
轟音とともに、紫色の稲妻が上空から落ち、四匹のグランコンドルを直撃した。
電撃が四匹の身体を激しく駆け巡り、紫色の光が翼や黄色いくちばしを照らし出す。
アルトは突然の轟音に耳を塞ぎ、体を丸めた。
「ヒィィィィッ!!」
やがて轟音が鳴り止むと、アルトは恐る恐る顔を上げた。
ぷすっ、ぷすっと音を立てながら、焦げた四匹のグランコンドルがアルトの目の前に横たわっている。
「セレナさん!? 今、俺ごと殺す気でしたよね!?」
「もう~、大袈裟だな~。大丈夫、大丈夫。ちゃんと狙い通りだったから」
セレナは、こちらにウインクしてみせた。
しかし、その背後では、先ほどまでグランコンドルが止まっていた大木が、雷の直撃を受けて真っ二つに裂けていた。
「うーん、おかしいな? ちょっと危なかったかもね、アルトくん。ごめんね。でも、当たらなかったから許してね」
セレナは、悪びれる様子もなく微笑んだ。
「セレナさん!?」
「残念だったねアルトくん。あれは魔獣だったんだよ」
セレナは、地面に横たわるグランコンドルを見つめながら、説明を始めた。
「卵から孵ったばかりの頃は、普通の雛鳥と変わらない姿をしているんだけどね」
「防衛本能……っていうのかな? 外敵から身を守るように、急速に成長するんだよ。だから、ほんの数分でグランコンドルの姿になるの」
「そのせいで、雛鳥の姿を見られる機会はほとんどないんだよ」
セレナはアルトに向き直り、にっこりと微笑んだ。
「貴重な経験ができたかもね」
「そうだったんですね。もうちょっとで死にかけたけど、いい勉強になりました……」
アルトは、焦げたグランコンドルをちらりと見た。
「小さい鳥には気をつけます……」
「アルトくん、これで死にかけたのは二回目だね」
「ははっ……。先が思いやられますよ、まったく」
───
二人は、先ほどセレナの雷魔法が直撃した大木を背にして話していた。
目の前には、焦げたグランコンドルが横たわっている。
すると、茂みの奥からグルガの群れが姿を現した。
グルガたちは涎を垂らしながら、アルトとセレナには目もくれず、グランコンドルの死骸に群がった。
そして、死骸に噛みつくと、群れで力を合わせて住処へと運び始めた。
「あ、あれ~? 俺、襲われない……。助かったぁ」
「グルガは、死骸を漁って住処に持ち帰り、食べる習性があるんだよ」
「じゃあ、なんで俺は死骸でもないのに襲われたんですか?」
「うーん……。ちょうどお腹が空いてたんじゃないかな? わからないけれど」
「ちょうどお腹が空いてた……?」
アルトの顔が、みるみる青ざめていく。
「やっぱり、あのとき朝飯にされるところだったのか……!」
アルトは身体を震わせた。
しばらくして、ようやく落ち着きを取り戻したアルトは、隣に座るセレナに目を向けた。
「ところで、セレナさん。今さらなんですけど……」
「うん? どうしたの、アルトくん?」
「冒険初心者の僕から見ても、セレナさんって、ものすごく強い魔法使いに見えるんですけど……」
「えっ? そうかな? あのくらいの魔法だったら、誰でも使えるはずだけど?」
セレナは不思議そうに首を傾げた。
アルトは、セレナと出会ってからの出来事を思い返していた。
(……あれ? そういえば、さっき俺がグランコンドルに襲われたとき、セレナさんは魔法を使う前に何か言っていたか?)
(いや、気のせいか……。俺がまだ知らないだけで、特訓すれば詠唱なしでも魔法を使えるようになるのかもしれない)
そう考えかけて、アルトはふと、村で見た光景を思い出した。
(……でも、カミアのお母さんが魔法を使うときは、確か詠唱していたよな?)
「セレナさん、今ここでいいんで、何か簡単な魔法を使ってもらえますか?」
セレナは少し不思議そうな顔をした。
「うん? いいけど」
セレナは杖を地面に置いたまま、片手を前に差し出した。
すると、その手のひらに緑色の風が集まり始めた。
やがて風は卵ほどの大きさの球体となり、手のひらの上に浮かんだ。
「ウィンドボール」
セレナが魔法名を口にすると、風の球体がふわりと浮かび上がった。
彼女はそれにそっと息を吹きかける。
次の瞬間、風の球体は目の前の草原へと飛んでいき、小さな風の渦を巻き起こした。
「うわっ……やっぱりだ!」
アルトは思わず声を上げた。
セレナは不思議そうに首を傾げた。
「ん? ちゃんとやってみたよ?」
「セレナさん! 前から気になってたんですけど、魔法を使うときって、詠唱しなくても発動できるんですか!?」
「ああ、そのことね」
「そのことねって……。さっきの雷魔法も、今の風魔法も杖なしで……。すごいですよ!」
「うーん……。あれくらいなら、詠唱なしでも普通に使えるよ?」
「普通!?」
アルトは思わず声を上げた。
「セレナさんは、どこ出身なんですか?」
「わたし? わたしはステラリア大陸のフェルナ村ってところだよ」
「ステラリア大陸……?」
「うん。わたしの故郷があるステラリア大陸は、魔法大陸って呼ばれてるんだよ」
「魔法大陸……?」
「そう。魔法使いやエルフ、それに上級魔術師も……。魔力に長けた人がいっぱいいるかな」
「魔法や魔力について、いろいろ研究してる人もいるし」
「わたしの両親や、おばあちゃんは詠唱していた気がするけど……」
「わたしは、冒険してたらいつの間にかできるようになっちゃった」
「できちゃったって……」
アルトは、なんとも言えない表情を浮かべた。
「うん。それで、アルトくんと出会ったときにも話したけど、わたしの村では、ある程度の年齢になると村を出ないと、周りからあれこれ言われるんだよね」
「わたしは十三歳で村を出たの。この杖一本だけ持ってね」
「一人で、大丈夫だったんですか?」
「ううん。最初はわたしも怖かったし、村に帰りたくなったことも何度もあったよ。でも、思い切ってステラリアの街にあるギルドに行って、初めてクエストを受けたんだ」
「当時は魔力の扱いも下手で、初級魔法くらいしか使えなかったから、とても苦戦したよ。それでも、諦めずに挑戦したんだ」
「それで、なんとか自分の力だけで魔物を倒せたときは、すごく嬉しかった。あのときのことは、今でも覚えてるもん」
「そうしていくうちに、一人で冒険することにも慣れていってね。気づけば、もう五年になるんだよ」
「五年も……」
「うん。でも、わたし、一人でいるほうが気楽だったから、他のパーティと組んだこともないし、ずっと仲間を作らずにきたんだよね。だから、自分がどのくらいの実力なのか、正直よく分からないんだ」
「そうだったんですね……」
「でも、わたしにも、詠唱しないと使えない魔法はまだまだあるし、勉強中だよ」
「魔法ってすごく奥が深いんだよ。アルトくん、魔法が使えないって言ってたけど、練習したらきっとできるようになるよ」
「俺にも……ですか? できますかね……」
「アルトくんは、びびってばかりで怖がりで臆病者だけど、そんなの魔法には関係ないよ」
「セレナさん、言い過ぎでは?」
アルトは困ったように眉を下げた。
「あ、ごめんごめん」
セレナは小さく笑った。
「でも、きっとアルトくんにもできるよ」
「ありがとうございます」
アルトは小さくため息をついた。
「セレナさん、俺とは住む世界が違う気がしてきましたよ……」
「そんなことないと思うけどねー」
「それで、話は変わるんですけど……。セレナさん、さっきステラリア大陸出身って言いました?」
「そうだよ~」
「ここに、何か用事で来たんですか?」
「うん。このザルカンド大陸に用があってね」
「え? セレナさん、ここシルヴァリア大陸ですよ?」
「うん? え? 本当に?」
セレナはきょとんとした顔で、アルトを見つめた。
「はい……。確か、地図によると……」
アルトは腰のポーチから地図を取り出し、広げた。
その地図には、五つの大陸が描かれていた。
アルトは地図の中央にあるシルヴァリア大陸を指さした。
「ここがシルヴァリア大陸で、この辺りに俺の故郷のエルム村があるんですよ」
そう言って、アルトはシルヴァリア大陸の西側を指で示した。
「で、ここが多分、俺たちがいるところで……」
セレナも隣から地図を覗き込んだ。
「え、アルトくん、待ってね。もう一度確認したいんだけど……ここって、本当にシルヴァリア大陸なの?」
「ザルカンド大陸じゃなくって?」
「はい、本当ですよ。それで、この地図によると、セレナさんが目指していたザルカンド大陸は、このシルヴァリア大陸から南にあるみたいです」
セレナは目をぱちぱちと瞬かせた。
「わたし……来る大陸、間違えたかも……」
「どうりで、噂に聞いていた砂漠がなくて、あれ? って思ってたんだよ~!」
「あ~! やっぱり違うのか! くそ~!」
「なんか、草木が多いし……あ~、人に聞けばよかった~!」
「なんで人に聞かなかったんです?」
「間違いないと思ったから……」
「……」
「わたしって、ほんと馬鹿だ! あ~!」
「やっぱり、こっちに来る前に現地のギルドに寄ればよかったんだ~!」
「あ~、しまった! 無駄骨だよ~!」
「ここに来るまでに……何年かかったんですか?」
「うーん、半年くらいかな?」
「半年!?」
「うん。途中でいろんな魔物退治もしてたからね~」
セレナは、まるで大したことではないかのように、にこにこと笑った。
「いや、そういう問題じゃないですよ……」
アルトは思わず額に手を当てた。
半年もかけて大陸を間違えたというのに、本人はずいぶんと呑気なものだ。
「セレナさんって、もしかして……方向音痴?」
アルトはセレナに聞こえないよう、小さな声で呟いた。
「ん? アルトくん、今なんか言った?」
セレナが不思議そうに首を傾げ、顔を覗き込んでくる。
「い、いえいえいえ! なんにも言ってないです!」
アルトは慌てて首を横に振った。
「そう? ならいいんだけど」
セレナは小首を傾げたまま、再び地図へと視線を落とした。
アルトは、そんな彼女を見てそっとため息をついた。
「アルトくんは、これからどうするの?」
セレナは、地図を畳むアルトの顔を覗き込むように尋ねた。
「俺ですか……?」
突然話を振られ、アルトは少し戸惑ったように目を瞬かせた。
「うん」
セレナは小さく頷き、続きを促した。
「俺は……もう、セレナさんがご存知の通り、二回も死にかけたじゃないですか」
アルトは苦笑いを浮かべながら、自分の身に起きた出来事を思い返した。
「うんうん」
セレナは真剣な表情で頷き、静かに耳を傾けていた。
「本当は怖くて、もうこれ以上、冒険なんてしたくないです」
アルトは俯き、ぎゅっと拳を握った。
魔物と対峙したときの恐怖が、今も心に残っている。できることなら、もう二度とあんな思いはしたくなかった。
「だけど……今、帰っても、村人みんなから馬鹿にされるし、友人との約束も果たせない。それに……セレナさんの話を聞いたら、俺にもできるかなって思いまして」
そう言って、アルトは少しだけ顔を上げた。
「うんうん」
セレナは優しく微笑みながら、何度も頷いた。
「これから俺は、ギルドに向かおうと思います」
アルトがそう告げると、セレナはぱっと顔を輝かせた。
「アルトくん、本当!?」
「はい」
「偉いよ~、アルトくん! ちょっとわたし、見直しちゃったよ!」
セレナは嬉しそうに笑い、アルトの顔を覗き込んだ。
「そ、そんな……大したことじゃないですよ」
アルトは照れくさそうに頬を掻き、視線を逸らした。
けれど、その口元には、ほんの少しだけ笑みが浮かんでいた。
「なら、そうだ! わたしも一緒についていくよ、ギルドに!」
「いいんですか?」
「うん、なんだか楽しそうだしね」
「ザルカンド大陸の用事は?」
「ああ~、たぶん大丈夫でしょ」
「本当ですか、それ」
「うん、大丈夫、大丈夫!」
「アルトくん、わたしがここに来る途中、ベルンって町があったんだ。確か、その町にギルドがあったはずだよ」
「そこに行ってみようよ」
「はい! 行きましょう、セレナさん!」
「それで……案内は誰が……?」
「わたしに決まってるでしょう。さっき来るときに見てるんだから」
(本当に大丈夫なのだろうか……。先が思いやられるぞ)
「なに、不安そうな顔してるの?」
「いえ! 少し考えごとを」
「ふ~ん、まあいいや。それで、冒険っていったら、まずはクエストでしょ!」
「星一つの簡単なクエストから受ければいいしさ」
「わたしもいるから大丈夫だよ。任せなさい!」
「セレナさん、ありがとうございます」
「全然いいんだよ。これも何かの縁だと思うしね」
「さあ、行こうか。ベルンの町へ!」
そうして、二人はギルドのあるベルンの町へ向かうのだった。




