第四話 旅立ち
「え……」
「ええええええ~!?!?」
広場にいた全員が、一斉に声を上げた。
村長も、カミアも、そしてクラウスも――もちろん驚いている。
だが、その中で一番驚いていたのは、聖剣を抜いたアルト本人だった。
「あわ、あわ、あわ、あわ……」
「ド、ドドドド、どうしよ!?」
アルトは、手にした聖剣を見つめた。
どうしよう。
どうすれば、どうすればいいんだ、この聖剣。
アルトはしばらく考えた。
そして――
「そうだ! ……戻せばいいんだ!」
アルトは、抉れた地面にもう一度、聖剣を突き立てようとした。
「えいっ」
しかし――
ガタン。
聖剣は地面に刺さらず、そのまま横に倒れた。
「…………」
アルトは、倒れた聖剣をじっと見つめた。
それから、困ったような顔でカミアを見る。
「私、知らないわよ!」
カミアが即座に突っ込んだ。
「カミアさんなら……これ……もう一回刺せたりしません……?」
「いや……無理でしょ……多分」
アルトはいきなり右手を上げた。
「あの~、この中に結着魔法を使える人はいませんか~? どなたかいらっしゃいませんか~?」
すると、一人の強面の村人が手を上げた。
「俺なら使えるぞ」
「本当ですか!?」
「ああ。鍛冶師だからな」
鍛冶師の男はアルトから聖剣を借りると、鞘に収まったままの聖剣と、もともと刺さっていた地面を交互に見た。
「……なるほどな」
男は聖剣を地面に当てると、何やら呪文を唱え始めた。
光が聖剣と地面の隙間へと集まり、まるで二つを縫い合わせるように、ゆっくりと絡みついていく。
しかし――。
「……いや、これは結着魔法でどうこうできる代物じゃないぞ」
「えっ」
「そもそも、地面に刺さっていたんじゃない」
鍛冶師は聖剣を見つめたまま続ける。
「聖剣自身の力で、地面に固定されていたんだろう」
「じゃあ……どうすれば……」
鍛冶師とのやり取りをよそに、村長はその場で頭を抱えていた。
「なんでアルトに抜けたんじゃ……」
両手で頭を抱え、何度も首を横に振る。
「よりによって……アルトに……」
まるで、目の前の現実を受け入れられないかのようだった。
一方――。
クラウスは、完全に動きを止めていた。
カミアと交えていた剣を、ゆっくりと下ろす。
その顔には、先ほどまでの余裕も、勝ち誇ったような表情もない。
ただ、呆然と聖剣を見つめている。
口がわずかに開いたまま、閉じることすら忘れていた。
「…………」
クラウスの視線が、聖剣からアルトへと移る。
そして、再び聖剣へ。
何度見ても、結果は変わらない。
抜けている。
「おい……アルト……」
ようやく、クラウスが口を開いた。
低く、震えた声だった。
アルトが恐る恐るクラウスを見る。
「な、なに……?」
「……どうやって抜いた?」
「え?」
「どうやって抜いたんだよ!」
「……お前が抜けるわけねえんだよ!」
クラウスは拳を強く握りしめた。
「俺が……俺がその聖剣を抜いて、剣王になるはずだったんだよ!」
声が次第に大きくなる。
「俺が……何度挑んでも抜けなかったんだぞ!」
クラウスの顔が歪む。
悔しさ。
怒り。
信じられないという困惑。
それらが入り混じった表情だった。
「それなのに……」
クラウスはアルトを睨みつける。
「なんで、お前なんかが……!」
「……!」
アルトの肩がびくっと跳ねた。
クラウスは歯を食いしばる。
「クソッ!」
握りしめた拳を振り下ろすように、クラウスは地面を強く踏みつけた。
「なんでだよ……!」
広場に、クラウスの声が響き渡る。
ついさっきまで祭りのように賑わっていた広場が、嘘のように静まり返っていた。
その中心で――
アルトは、聖剣を握ったまま立ち尽くしていた。
「…………」
やがて、アルトは手元の聖剣を見下ろす。
「……どうしよう」
アルトは、本気で困っていた。
自分が抜いた。
その事実を、アルトはようやく実感し始めていた。
クラウスは、俯いたまま動かなかった。
「…………」
両手を強く握りしめている。
クラウスは、ただ地面を見つめていた。
まるで、自分の目の前にあった何かが、音を立てて崩れ落ちたかのように。
アルトは、そんなクラウスを見つめる。
「クラウス……」
声をかける。
しかし――。
「なんで……」
クラウスの口から、かすかな声が漏れた。
「なんで……お前が……」
握りしめた拳が震える。
「なんで、お前みたいな奴が……」
アルトは、何も言えなかった。
クラウスは顔を上げない。
そして――
アルトには一瞥もくれず、そのまま広場を後にしていった。
───
アルトは、村長へ助けを求めるように顔を向けた。
「村長……俺、どうしたら?」
村長は、アルトが手にしている聖剣を見つめ、しばらく黙り込んでいた。
やがて、深く息を吐く。
「うーむ……」
顎に手を当て、難しい顔をする。
「これは……結構、厄介なことになるやもしれんぞ……」
「ええ……?」
アルトの顔が引きつる。
「なんで……?」
───
薄暗い部屋の中。
「……たった今、エルム村の監視より報告が入りました」
「先ほど、聖剣が抜かれたとのことです」
「村人によって」
「それは本当か?」
奥に座る者が、低い声で尋ねる。
「はい」
「そいつの名は?」
「アルト・クロード。十六歳になったばかりの青年だそうです」
「ほぉ」
「剣の腕は?」
「それが……」
わずかな間があった。
「かなり弱いようです」
「弱い?」
「はい。監視によりますと、村でも有名な臆病者だとか。これといって目立ったものはないようです」
「……ほう」
奥に座る者は、わずかに口元を上げた。
「そんな奴が、聖剣を抜いたというのか」
「はい」
「今夜、私が抹殺しておきましょうか?」
「いや」
即座に返ってきた。
「まだいい」
奥に座る者は、椅子に深く身を預ける。
「ちと、様子を見ておこうじゃないか」
「……様子を?」
「ああ」
口元に、薄い笑みが浮かぶ。
「どんな奴なのかをな」
「…………」
「聖剣に選ばれた者が、ただの臆病者だというのも面白い」
「まあ、心配することはない」
「はい?」
「我々の脅威にはなるまいよ」
「……ははっ」
部屋に、乾いた笑い声が響いた。
その頃――。
「アルト、やったわね!!」
カミアが、アルトのもとへ駆け寄ってきた。
「わ、わたしは前から思ってた……のよ!」
胸を張りながら言う。
「アルトが、その聖剣を抜くんじゃないかってね!」
そう言いながら、カミアは忙しなく瞬きを繰り返していた。
「…………」
アルトは、そんなカミアをじっと見つめる。
「カミア、あんまり無理しなくていいよ」
「な、なによ!」
その様子を見ていたアルトの母が、心配そうにアルトへ近づいてくる。
「アルト……大丈夫だったかい?」
「母さん……」
母は、アルトの顔や体を、怪我がないか確かめるように見つめる。
「わたしが助けてやれなくて、ごめんよ」
「ううん。僕も……何も言い返せなくて、ごめんよ」
アルトが申し訳なさそうに俯く。
すると、母の表情が少し険しくなった。
「あの、アルバートの家のガキは……」
母は、低い声で呟く。
「許しちゃおけないわね」
アルトが、困ったように母を見る。
すると母は、今度はカミアへ顔を向けた。
「カミアちゃん」
「はい?」
「わたし達のため……いや、アルトのために、あのガキと戦ってくれてありがとうね」
「…………」
カミアは、一瞬きょとんとした。
それから、少し照れくさそうに笑う。
「いいんですよ」
カミアは頬をかきながら、アルトの母を見る。
「今日のご飯のお礼ですから」
「ふふっ。そうかい」
母も嬉しそうに笑った。
その横で、アルトは二人のやり取りを眺めていた。
「……カミア」
「なに?」
「まあ、なんだ……ありがとうな」
「…………」
カミアは、返す言葉に迷うように口を閉じた。
「べ、別に!」
ぷいっと顔を背けた。
───
その間も、村長は広場の端で、村の年長者たちと何やら小声で相談していた。
「…………」
時折、アルトへ目を向ける。
そして、何度か頷き合ったあと――。
どうやら、結論が出たらしい。
村長はゆっくりと壇上へ上がった。
先ほどの出来事について、広場ではまだあちこちでざわめきが続いている。
村長は杖を軽く床へ打ちつけた。
「皆の者、静粛に」
その声に、少しずつざわめきが収まっていく。
「皆、先ほどの出来事には驚いたことじゃろう」
村長は静かになった広場を見渡した。
「まずは勇敢にもクラウスと戦ってくれたカミアに礼を言いたい」
「え……」
突然名前を呼ばれたカミアが、驚いたように目を瞬かせる。
「カミア、ありがとう」
「い、いえ……」
カミアは少し照れくさそうに頭を下げた。
そして、村長はアルトへ視線を移した。
「そして……アルトよ」
「……はい?」
アルトは、嫌な予感がした。
村長は、どこか言いづらそうに口を開く。
「お主には……その……なんと言えばいいのか……」
「…………?」
「とても申し訳ないというか……なんというか……」
アルトの額に、冷や汗が浮かぶ。
「村長……?」
「アルト……」
村長は一度目を閉じると、意を決したように口を開いた。
「お主……聖剣を抜いたじゃろう?」
「…………」
アルトは小さく頷いた。
「はい……」
「そこでじゃ……」
村長は、手にしていた古びた一冊の書物を開いた。
「わしも詳しいことは知らんがな……」
村長は、表紙をそっと撫でる。
「この手記は、五〇〇年もの間、代々の村長へと受け継がれ、このエルム村に残されてきたものじゃ」
「その手記が、エルム村に?」
「そうじゃ」
村長は頷く。
「そして今は、わしが管理しておる」
村長は、アルトへ視線を向けた。
「アルト、このページを見てくれんか」
「……僕が?」
「そうじゃ。これは、聖剣を抜いたお主にしか見せることができん」
村長は手招きをする。
「ちょっと、こちらへ上がってきてくれ」
「う、うん……」
アルトは言われるまま壇上へ上がった。
村長は手記を開き、とあるページをアルトへ向ける。
「これじゃ」
アルトは、村長が開いたページへ目を向けた。
『今日、俺は聖剣を抜いた。』
『光を放ち、俺を選んだのだと皆は言う。』
『これより、魔王を討つ旅に出ることになるらしい。』
『正直に言えば、怖い。』
『できれば行きたく――』
『しかし、皆が期待している。』
『……どうしよう。』
と、そこには書かれていた。
しかし――。
ところどころ文字が掠れており、読むことのできない部分もあった。
アルトは、村長にだけ聞こえるように、ぼそっと呟いた。
「なんか、怖いとか書いてるよ、村長」
「うむ。そうなのじゃよ」
二人は、周囲の村人たちに聞こえないよう、声を落として話していた。
「似ていると思わんか?」
「うーん……」
アルトは手記を見つめる。
「気のせいだと思いたいけど……僕と、少し似てる?」
「……そうじゃな」
村長は、静かに頷いた。
「アルトよ」
「うん?」
「外へ出るのは、怖いじゃろう」
「……うん」
アルトは素直に頷く。
「一人で村の外へ出るのも、無謀なことじゃ」
「…………」
「じゃがな」
村長は、手記を閉じる。
「お主は、これからどうしたい?」
「どうって……」
「このまま、ずっとこの村で暮らしていくのか?」
アルトは答えられなかった。
村長は、そんなアルトを見つめる。
「もちろん、それが悪いと言っておるわけではない」
「ただ……」
少し間を置いて、村長は続けた。
「せっかく外へ出られる歳になったんじゃ。一度くらい、外の世界を見てみてもよいのではないか?」
「外の……世界……」
アルトは、ぽつりと呟いた。
「旅に出てみるのも、悪くないと思うぞ」
「……うん……」
───
祭典は、無事? 終わった。
広場にはまだ、酒に酔い潰れて地面に寝転がっている村人や、顔を真っ赤にしながら、
「まだまだ飲めるぞ!」
と、酒自慢を繰り広げている者たちが残っている。
そんな喧騒を背に、アルトとカミアは広場を離れようとしていた。
「さて、私たちは帰るわよ」
カミアがアルトに声をかける。
「そうだね、カミア」
アルトも頷き、歩き出す。
少し歩いたところで、アルトが口を開いた。
「カミア」
「なに?」
「さっきは……俺のこと庇ってくれて、ありがとう」
カミアは足を止めた。
「…………え?」
突然の礼に、カミアは返す言葉を失う。
「な、何よ急に」
「いや……」
アルトは少し照れくさそうに笑った。
「一目散にクラウスのところへ行って、俺のために戦ってくれて……かっこよかった」
「…………」
カミアの顔が、みるみる赤くなる。
「な、なによ……アルト」
カミアは顔を逸らし、ぶっきらぼうに言った。
「酒でも飲みすぎたんじゃない?」
「俺は飲めないよ」
カミアは少し間を置いてから、くすっと笑った。
「そうだったわね」
二人はしばらく並んで歩いた。
やがてカミアが、少し真面目な顔で口を開く。
「それで……アルト」
「ん?」
「これからどうするの? 村長とコソコソ話してたけど」
「うん……」
アルトは少し迷ってから、口を開いた。
「外に出てみないかって」
「え……?」
カミアは足を止めた。
「外に出れるの?」
アルトも足を止める。
「…………」
「一人で?」
「いや、俺だって出たくないよ」
アルトは即答した。
「怖いし」
「……だよね」
「むしろ、聖剣が抜けただけで、戦う技術も魔法も使えないのに……どうしろって思う」
アルトは両手を広げた。
「魔物なんて見たこともないんだよ?」
「うん……」
カミアは俯く。
「私は……アルトが心配でたまらない」
「俺もだよ」
「そこは自分で言うのね……」
「だって、俺が一番心配だもん」
アルトは真顔だった。
「冒険に出て、一歩踏み出した瞬間に魔物に襲われて、死ぬんじゃないかって思ってる」
「……アルトらしいわ」
「褒めてないよね?」
「うん。私、褒めてないよ」
即答だった。
アルトは少し肩を落とす。
「そうね」
カミアは頷いた。
「死に急ぐことないと思う」
「うん」
少しだけ間を置いて、カミアが続ける。
「私も……あんたのことが心配だから」
「できることなら、私もついて行ってあげたいけど……」
カミアは、そこで言葉を止めた。
「けど?」
アルトが振り返る。
「まだ私、十五だからね」
カミアは少し寂しそうに笑った。
「一緒について行ってあげられないや」
「ああ、そうだったね」
「でも私、十六になったら、私もこの村を出るつもりなの」
アルトは少し驚いた。
「カミアも?」
「うん。私は外に出て、剣の腕を磨くために世界を回るの」
そう言ってから、カミアはアルトを見る。
「もし、私が剣王になって、あんたがまだ生きてたら……そのときはパーティに入れてよ」
「まだ生きてたらって……」
「でも、あんたに仲間ができてたら、私は入れないかもしれないけどね」
「いや、パーティは多ければ多いほどいいでしょ?」
カミアは、くすっと笑った。
「アルト、私はあんたを応援するよ」
「この村一番の臆病者アルト、私が保証する」
「世界を見てきなさい」
「いつかその村一番の臆病者がーー」
「世界を変えるかもしれないから」
そう言って、カミアはアルトの背中を軽く叩いた。
「……世界、か」
アルトは小さく呟いた。
外の世界なんて、考えたこともなかった。
怖い。
それでも――
「……ちょっとだけ、見てみてもいいかも」
アルトは、ほんの少しだけ笑った。
───
「ただいま~」
「おかえり、アルト」
家に入ると、ミネルが出迎えてくれた。
「母さん、今日のことなんだけど……」
「うん」
ミネルは、アルトの顔を見る。
「ああ、わたしもびっくりしたよ」
「やっぱり?」
「あんたみたいな臆病者が、まさか聖剣を抜くなんてね」
「一番びっくりしたのは俺だよ」
「そうだろうね」
ミネルは小さく笑った。
アルトも苦笑する。
そして、少し間を置いてから口を開いた。
「それでさ……母さん。俺……」
「冒険に出るのが怖いんだろ?」
言葉を先に取られて、アルトは固まった。
「うん……」
アルトは小さく頷く。
「正直、この村を出たくない」
「……そうだろうね」
「わたしだって、大事な息子を危険なところへ行かせたいわけじゃないもの」
「死んでほしくもない」
「母さん……」
「できることなら、わたしもずっとこの村でアルトに暮らしてほしい」
「でもね、アルト」
「うん?」
「それでも、一度くらい外の世界を見てみてもいいんじゃない?」
「わたしは、あんたが選んだ道なら止めないよ」
「でも……やっぱり、わたしも心配だし、ついて行こうか?」
「なんで!?」
「冗談よ、冗談」
ミネルは笑った。
「ふふっ」
「もう……母さん……」
アルトも思わず笑ってしまった。
───
翌朝――
「おはよう、母さん」
「ああ、おはよう、アルト」
「そういえば……」
ミネルは少し間を置いてから、口を開いた。
「……クラウスがいない?」
「うん。朝方、村のほうが騒がしかったから、人づてに聞いたんだけど……」
ミネルは、少し困ったように続けた。
「夜中のうちに荷物をまとめて、朝方には村を出たんだってさ」
「そうなんだ」
「まあ、あんたには関係ないさ」
「それより、あんたも早く準備しなさい」
───
アルトは、一晩中考えた。
ほとんど眠れないほど、考えた。
正直、怖い。
死にたくない。
できることなら、この村を出たくない。
それでも、村長に言われた。
カミアにも背中を押された。
そして、母さんにも。
三人の言葉を思い返しながら、アルトはようやく決心した。
「……行ってみよう」
怖いけど。
一度くらい、外の世界を見てみよう。
───
エルム村・正門前
アルトの前には、ミネル、カミア、村長が立っていた。
その後ろには、見送りに来た村人たちの姿もある。
「アルト、忘れものない?」
「うん」
「着替えと……干し肉と、水袋と……傷薬も入れたからね」
「外は危険なんだよ?」
「分かってるって」
「本当に大丈夫かしら……」
ミネルは心配そうにアルトの荷物を見る。
「母さん、いつも『こんなことも一人でできないのか』とか言ってたのに」
「それは……」
ミネルは少しだけ胸を張った。
「あんたを立派な男にするためよ!」
アルトは苦笑する。
すると、カミアがアルトの前までやってきた。
「アルト!」
「ん?」
「私は……ついていけないけど……」
「うん」
カミアは少し寂しそうに笑った。
「死なないでよ」
「うん」
「これ」
カミアは、腰に差していた短剣を外した。
そして、それをアルトへ差し出す。
「持ってて」
「……これ?」
アルトは短剣を受け取った。
「俺、こんなの使えないよ」
「分かってる」
「じゃあ、なんで?」
「お守りみたいなものよ」
カミアは、少し笑った。
「持ってるだけでもいいから」
アルトは短剣を見つめる。
「……うん。分かった。ありがとう。もらっておくよ。」
そう言って、アルトは短剣を腰に差した。
「アルト」
「ん?」
「私も、一年後、冒険に出るから。待ってなさい」
「う、うん」
少し間を置いてから、
「……あんたが死んでなかったらね」
「ちょっと!」
二人は顔を見合わせて笑った。
「アルトや」
村長のシルバが、二人のもとへ歩いてきた。
「ほんとに大丈夫か?」
「いや……」
アルトは少し考えてから答えた。
「本当は、行きたくないんですが……」
「ほっほっほ……」
村長は笑った。
「嫌になったら、すぐに帰ってきてもいい」
「はい、もう帰りたいくらいです」
「ほっほっほ。アルトらしいわい」
そして――
「母さん」
「アルト」
ミネルは息子の前に立った。
「気をつけて行ってくるんだよ」
「うん」
二人の門番が、エルム村の正門を開く。
ギギギギ……。
門の向こうには、見慣れない景色が広がっていた。
「……」
アルトは、その場で立ち止まる。
「じゃあ……みんな」
振り返る。
そこには、母親、カミア、村長。
そして、見送りに来た村人たちが立っている。
「行ってくる」
「うん」
「気をつけて、アルト!」
「死ぬなよー!」
「ちゃんと飯食えよー!」
村人たちの声が飛んでくる。
アルトは苦笑しながら手を振った。
「行ってきます!」
そして――
アルトは、自らが抜いた聖剣を背負い、エルム村から初めての一歩を踏み出した。




