第十話 決闘を経て
アルトは、皆の視線を一身に集めながらも、その場に立ち尽くしていた。
目の前には、ドランが倒れ伏している。
その傍らには、無残にも砕け散った大剣が転がっていた。
「す、すげえぞ! あの坊主! あのドランを倒しちまったぜ!?」
「今まで、初心者の冒険者がドランを返り討ちにしたことなんかあったかよ!?」
「そ、そんな馬鹿なことあるかよ! おい、ドラン! まだやれるんだろ!? 立てよ!」
「おいおい、もう諦めろよ。俺はあのガキに賭けてたんだ。今さら立ち上がられちゃ困るぜ!」
「俺は坊主がやってくれるって信じてたぜ! ありがとな~!」
「ドランを気に食わねえと思ってた奴は、結構いたんだよ! あ~、スカッとしたぜ! ありがとよ~!」
ドランに対する罵声が飛び交う一方で、アルトの健闘を称える声も、あちこちから次々と上がっていた。
歓声に包まれる中、アルトは困惑した表情を浮かべ、ただ立ち尽くしていた。
(本当に、どういう状況なんだ……)
(俺は何もしてないのに、勝手にあの人が吹っ飛んでいったり、最後には動けなくなるほどのダメージを受けて……)
(でも、明らかにおかしかった……。もしかして……聖剣が俺を守ってくれたのか……?)
「ボス! 大丈夫ですか!?」
ドランの仲間たちが、慌てて倒れているドランのもとへ駆け寄った。
「ボス! しっかりしてください!」
仲間の一人がドランの肩を揺さぶる。
しかし、ドランは苦しそうにうめくだけで、起き上がる気配はない。
「くそっ……! 誰か、早く治療師を呼べ!」
「わ、わかった!」
仲間の一人が慌てて走り出す。
残された仲間たちは、ドランを抱え起こし、急いで手当てを受けさせようとした。
「とりあえず、ボスをベッドに運ぶぞ!」
「おう!」
仲間たちがドランを運び出そうとした、そのときだった。
「お前がどんな小細工を使ったか知らねえがよ、ボスがお前なんかに負けるわけねえんだよ! この借りはきっちり返してもらうぜ! 覚えてろよ~!」
「そ、そんなこと言われても! 俺はなんにもしてないのに!」
アルトは慌てて弁解するが、男は聞く耳を持たなかった。
「うるせえ!」
仲間の一人がアルトを睨みつけながら、吐き捨てるように言った。
そう言い残すと、ドランの仲間たちは、彼を抱えたまま足早にその場を去っていった。
その姿を見送ったアルトは、ほっと胸をなで下ろした。
「やったね! アルトくん!」
すると、そばで見守っていたセレナが、満面の笑みを浮かべながら声をかけてきた。
「うわっ!」
突然声をかけられ、アルトは思わず飛び上がった。
「セ、セレナさん! 俺、何が何だかわからないまま勝っちゃいましたよ!?」
「すごかったね、アルトくん! あんな大男を倒しちゃうなんて!」
「いやいや、俺、本当に何もしてないんですよ……。なんか、あの人の攻撃が勝手に跳ね返っていたというか……」
「もしかして……」
「うん?」
アルトは困惑した表情を浮かべながら、背負っていた聖剣に目を向けた。
「聖剣が……俺を守ってくれたのかもしれません」
アルトは聖剣を見つめたまま、少し考えるように間を置いた。
「でも、仮にそうだとしても、聖剣だけのおかげじゃないと思うんです。セレナさんがかけてくれた言葉のおかげでもあると思うんですよ」
そう言って、アルトは静かに微笑んだ。
「あ……うん! いいんだよ! アルトくんが無事でよかった!」
セレナは一瞬、言葉に詰まったものの、すぐに笑顔を浮かべた。
「そ、そうだね! きっと聖剣が守ってくれたんだよ!」
(ふぅ……良かった。アルトくんにはバレてないみたい)
(正直、一時はどうなることかと思ったけど……わたしの魔法がちゃんと効いてくれて良かった)
セレナは、ほっと胸を撫で下ろした。
あの時――。
(わたしは、アルトくんに反射魔法を付与した)
(ドランだけじゃない。周りにいた冒険者たちにも、わたしがアルトくんに魔法を付与したことを知られるわけにはいかなかった)
(もちろん、アルトくんにも知られるわけにはいかないと思った。わたしが反射魔法を付与すれば、ドランとの決闘を少しでも有利に進められるかもしれない。でも、あのとき大切だったのは、アルトくん自身が逃げずに立ち向かおうとする気持ちだと思ったから)
では、わたしがいつ反射魔法を付与したのか。
それは、決闘が始まる少し前のことだった。
(反射魔法を自分自身に使ったことは何度かあった。でも、誰かに付与するなんて初めての経験だった。うまくできるかどうかはわからなかったけれど、ドランはかなりの手だれだと思った。それに、わたしが何とかしなければ、アルトくんは本当に死んでしまうかもしれないと思ったから)
(やり方はその場で考えるしかなかった。わたしは自分の手に反射魔法の魔力を込め、アルトくんの肩に触れた瞬間、その魔力を彼の身体へと移した)
(反射魔法を付与したとき、わたしには魔法の色も形もはっきりと見えていた。でも、外に出てから気づいた。アルトくんにも、周りにいた冒険者たちにも、魔法を付与したことは気づかれていなかった。どうやら、魔法を誰にも見えないようにすることにも成功したみたいだった)
(でも、一度目のドランの攻撃で、まさかあんなに吹き飛ぶなんて……)
(最後のドランの技は、流石にわたしの魔法でも危ないかもしれないと思って、ヒヤヒヤしながら見ていたけれど……案外、大丈夫だったみたい)
(反射魔法って、付与した相手の戦闘能力が低ければ低いほど、跳ね返す威力が増すのかしら? もしそうなら、いつもアルトくんに反射魔法を付与しておけば……)
(……ああ、わたしったら、なんてことを……。それじゃ、アルトくんのためにならないよね)
(でも、わたしが知らない魔法の仕組みは、まだまだたくさんあるんだよね。もっと魔法について調べなくちゃ)
(アルトくんが無事で良かった。少しは自信もついたみたいだし……。これで良かったんだよね、きっと)
「セレナさん?」
「おーい、セレナさーん!」
「あっ、ごめんごめん!」
「ちょっと考えごとしてただけだよ」
「ここも騒がしいし、ギルドに戻ろうか」
「そうですね!」
ーーー
ギルドの扉を開けると、冒険者たちが一斉にアルトたちを迎えた。
「おお! 坊主! やったなあ! まさか、あのドランに勝つとは!」
「俺はお前ならやると思ってたんだ!」
「お前の男気、見せてもらったぜ! かっこよかった……のか? まあ、なんだ、とにかくすごかったぜ!」
次々と冒険者たちから声をかけられ、アルトは戸惑いながらも、どこか嬉しそうな表情を浮かべた。
今まで、こんなふうに大勢の人から褒められたことなんてなかった。
少し照れくさかったが、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「ありがとうございます……!」
アルトは照れくさそうに笑いながら、頭を下げた。
「やったね、アルトくん! 本当に人気者だね!」
セレナが嬉しそうに微笑む。
「みたい……ですね」
アルトは頬をかきながら、照れくさそうに笑った。
「さて、アルトくん。まず、しなくちゃならないことは冒険者登録だね」
「そうですね!」
二人は受付へと向かった。
受付にいた受付嬢は、二人の姿に気づくと、にこやかに微笑んだ。
「いらっしゃいませ。先ほどの戦い、見事でしたね。お疲れ様です」
「あ、ありがとうございます……!」
アルトは少し照れくさそうに頭を下げた。
「それでは、ご用件をお聞きしますね」
「冒険者登録をしたいです」
「かしこまりました。それでは、お名前を教えてください」
「アルト・クロード、十六歳です」
受付嬢はアルトの名前を聞くと、手元の書類に記入を始めた。




