第十一話 冒険者 アルト・クロード
「アルト・クロード様ですね」
受付嬢は書類に目を落としながら、続けて尋ねた。
「ご出身の大陸と、村や町のお名前を教えていただけますか?」
「シルヴァリア大陸のエルム村です」
「承知しました」
受付嬢は頷くと、一枚の紙とペンをアルトに差し出した。
「では、こちらの書類にご署名をお願いいたします」
アルトはペンを受け取ると、書類に目を通した。
紙には、冒険者として活動するうえでの注意事項や規則など、さまざまな内容が記されていた。
(うわ……結構いろいろ書いてあるな……)
アルトは少し戸惑いながらも、自分の名前を書き込んだ。
「はい、書きました」
「ありがとうございます。それではアルト様、しばらくお待ちください」
受付嬢は書類を受け取ると、カウンターの奥に置かれた端末に目を向けた。
カタカタカタ……。
受付嬢は慣れた手つきでキーを打ち込み、アルトの冒険者登録を進めていく。
しばらくすると、受付嬢がアルトに声をかけた。
「お待たせいたしました。アルト様、冒険者登録が完了しました」
「おお! ありがとうございます!」
「それでは、アルト様。こちらをお受け取りください」
受付嬢は、アルトに一枚のカードを差し出した。
アルトが受け取ったカードは茶色で、表面には剣と盾が交差した紋章が刻まれていた。
裏面には、竜に似た魔物の姿が描かれている。
そして、表面には『Fランク』の文字と、会員番号らしき数字、アルト自身の名前が記されていた。
「Fランク?」
「はい。アルト様は今日から冒険者となりますので、Fランクからのスタートとなります」
「なるほど」
アルトは手元のカードを眺めながら、納得したように頷いた。
「冒険者のランクは全部で七段階ございます」
受付嬢は、丁寧に説明を続けた。
「Fランクはブラウン、Eランクはグリーン、Dランクはブルー、Cランクはブロンズ、Bランクはシルバー、Aランクはゴールド。そして、最上位のSランクはブラックとなっております」
「へぇ~。色でランクが分かるようになってるんですね」
「はい。その通りです」
「そして、冒険者ランクが上がる条件ですが、依頼の達成実績や実力、冒険者としての信頼などを総合的に判断して決定されます」
「実力だけじゃないんですね」
「はい。どれだけ強くても、依頼を放棄したり、規則を守らなかったりする冒険者は、簡単にはランクを上げられません」
「なるほど……」
「まずはFランクの依頼から経験を積み、実績を重ねていくことが大切ですよ」
「それと、注意事項にも記載されていたと思いますが、冒険者には相応の責任が伴います。人々の安全を脅かすような行為は慎んでくださいね」
受付嬢は、少し真剣な表情で続けた。
「規則に違反した場合、内容によってはランクが降格されることもあります。さらに、人を殺めるなどの重大な違反や事件を起こした場合は、冒険者資格を剥奪されることもありますので、気をつけてくださいね」
「はい……わかりました」
アルトは頷き、受け取ったカードを大切そうに眺めた。
「では、良き旅を」
受付嬢は、にこやかな笑顔で言った。
(母さん、俺……ついに冒険者になったよ。)
「アルトくん、冒険者おめでとう!」
「はい! ありがとうございます! 冒険者になるまでに三回も死にかけたけど……これからもめげずに頑張ります!」
「うん、その調子だよ。じゃあ、冒険者登録も済んだし、クエストを受注しよっか!」
「はい。それでは、クエストの受注につきましては、あちらのクエストボードをご覧ください」
受付嬢は、クエストボードの方を指差した。
「クエストボードには、さまざまな難易度のクエストが掲示されており、先ほどご説明した冒険者ランクに応じて分けられています」
「現在、アルト様はFランクですので、Fランクと書かれた欄から、お好きなクエストをお選びいただけますよ」
「Fランクのクエストには、鉱石や薬草の採集、依頼品の配達、魔物の素材集めなどがございます。受注をご希望の場合は、依頼書をこちらの受付までお持ちください。こちらで手続きをいたします」
「質問なんですけど、Fランクの俺がEランクのクエストを受けることってできるんですか?」
「アルト様がお一人でEランクのクエストを受注することはできません。ただし、二人以上のパーティを組んでいて、メンバーの中にアルト様よりも高いランクの冒険者がいれば、受注可能ですよ」
「例えば……そちらの方は、アルト様のパーティメンバーでいらっしゃいますか?」
受付嬢は、セレナに視線を向けた。
「パーティ……?」
(そうだった……。アルトくんとはエルム村の近くで出会って、それから成り行きで一緒に旅をしているけど……わたしたち、正式にパーティを組んだわけじゃないよね)
(わたし、冒険者になってから今まで、一度もパーティを組んだことがなかったんだよね……)
(でも、アルトくんと出会ってからの数時間……なんだか、楽しかったな)
(アルトくん、怖がりだし、臆病だし、泣き虫だし……。でも、少しずつだけど、自信もついてきたのかもしれないね)
(今日だって、初めて冒険者になったばかりだもんね)
(わたしは、この世界を自分の目で見て回りたい。世界中の魔法を知りたい……)
(そして……いつか……)
(……うん。アルトくんと一緒なら、きっと楽しいよね)
セレナは、隣にいるアルトをそっと見つめた。
「はい……わたしは、アルトくんの仲間です」
「うん……? 仲間? えっ、セレナさん? 今、仲間って言いました?」
アルトは驚いた表情で、隣にいるセレナを見つめた。
「うん。仲間、そう言ったんだよ。これから一緒に世界中を冒険しよう。今日からよろしくね、アルトくん」
「それと、たまにはわたしのことも守ってね」
セレナは、優しく微笑んだ。
(え……セレナさんが、俺の仲間に……?)
(俺なんかと一緒に旅をして、本当にいいのかな……)
アルトは、隣で微笑むセレナを見つめた。
(……でも、嬉しいな)
(俺にも、一緒に冒険してくれる仲間ができたんだ)
(セレナさんを俺が守れるのかは、不安だけど……)
「そうでしたか。アルト様、良かったですね。おめでとうございます」
「良かったです! はい! ありがとうございます!」
受付嬢は微笑みながら、セレナへと視線を移した。
「では、そちらのお客様にも改めてお伺いしますね。冒険者登録は、もうお済みですか?」
「はい、済んでいます」
「では、お名前を教えてください」
「セレフィーナ・ルシエルです」
「セレフィーナ・ルシエルさんですね」
「冒険者登録の情報をお調べしますので、少々お待ちください」
受付嬢はカウンターの奥にある端末を操作し始めた。カタカタと軽快な音が受付に響く。
しばらくして、受付嬢は画面を確認しながら口を開いた。
「はい、登録情報が確認できました。出身はステラリア大陸のフェルナ村ですね。ステラリア大陸のギルドで登録されているようですね」
「はい、そうです」
受付嬢は画面を操作し、さらに情報を確認する。
「セレフィーナ様の現在の冒険者ランクは……Dランクですね」
「あ、そうなんですか? ランクが上がってたんだ」
「はい。ギルドからランク更新の情報が届いていますね」
受付嬢は画面を確認しながら、説明を続けた。
「今お持ちの冒険者カードはEランクのものかと思いますので、こちらでDランクの冒険者カードを発行いたしますね」
「わかりました。ありがとうございます」
「セレナさん、すごいですね! 俺よりもランクが二つも上じゃないですか!」
「そうみたいだね。いつの間にかランクが上がってたんだね」
「シルヴァリア大陸に来る途中、クエストを結構やってたから、そのせいかも」
「なるほど、そうだったんですね」
アルトが納得したところで、受付嬢が手続きを再開した。
しばらくして、受付嬢が一枚のカードをカウンターに差し出した。
「お待たせしました。こちらが新しい冒険者カードになります」
アルトが覗き込むと、そこには鮮やかな青色のカードがあった。
「こちらがDランクの冒険者カードです。以前のカードとお取り替えください」
「ありがとうございます」
セレナは新しいカードを受け取ると、さっそく手元で確かめた。
「よし、これでクエストが受けられるね!」
「はい! どんなクエストがあるんでしょうね!」
アルトも期待に胸を膨らませながら、セレナと一緒にクエストボードへと向かった。
ギルドの奥へと進んでいくと――。
「うわぁ……!」
思わず、アルトの口から声が漏れた。
目の前には、壁一面を覆い尽くすほどの大きな掲示板が設置されていた。
その掲示板には、大小さまざまな依頼書が所狭しと貼られていた。
羊皮紙に書かれたものもあれば、普通の紙に簡潔な依頼内容だけが記されたものもある。
中には、端が破れていたり、何度も貼り直された跡が残っていたりするものまであった。
掲示板の前には大勢の冒険者たちが集まり、依頼書を眺めながら、仲間と相談している。
「す、すごい……。こんなにたくさんの依頼があるんですね……」
「ふふっ。ここには、毎日いろんな依頼が届くんだよ」
アルトは掲示板を見上げた。
『魔物討伐依頼』
『洞窟内の調査』
『魔石の採掘』
『薬草採取のお願い』
『商人の荷馬車の護衛』
「討伐依頼に、採取依頼に、調査、それから護衛の依頼なんかもあるんですね」
掲示板には、さまざまな依頼書が貼り出されていた。
「まあ、でも俺たちが受けられるクエストって、俺がFランクで、セレナさんがDランクだから……」
アルトは掲示板に並ぶ依頼書を眺めながら、考え込んだ。
冒険者のランクは、FからSまでの七段階に分かれている。
Fランクは登録したばかりの新人、Eランクは初心者を卒業した冒険者。そしてDランクになると、一人前の冒険者として認められ始める。
ランクが上がるにつれて、受注できるクエストの難易度も上がっていくのだ。
「俺たちなら、Dランクまでのクエストを受けられるってことか」
「うん。そういうことだね」
「どのクエストがいいかなあ……。とりあえず、簡単そうなクエストがいいなあ。魔物が出なさそうなやつ」
セレナは小さく息を吐いた。
「アルトくんなら、そう言うと思ったよ。まあ、それなら、この薬草採取が簡単そうじゃない?」
「場所もここからそんなに遠くないし、あそこは確か、そんなに強い魔物もいないはずだったしね」
「じゃあ、これにしましょう! セレナさん! このクエストで!」
アルトは食い気味に声を上げた。
「ふふっ、そんなに急がなくても大丈夫だよ。こんな簡単なクエスト、誰も取らないと思うよ」
セレナはおかしそうに笑った。
「そんなのわかりませんよ!?」
アルトが掲示板から依頼書を取ろうと手を伸ばした、そのときだった。
バァンッ!!
ギルドの扉が勢いよく開かれた。
「ギ、ギルドマスターはいませんか!?」
甲冑を身にまとった一人の兵士が、声を張り上げた。




