6.静玖の気持ち
「今度は酔ってない時にするよ」
そう言ったけど、俺はまだ実行出来ずにいた。
ふとした瞬間に目が合って、雪の唇に意識が向かう。
一歩前に出そうになると、雪が少し頬を赤らめて笑う。
それを見ると、なぜか躊躇って足が止まる。
そんなことの繰り返しだ。
「先輩、今日もファミレスでいいですか?」
仕事終わりに嬉しそうに近づいてくる雪。
お互い一人暮らしだから、夕食をとって帰るのが日課になった。
「いいよ」
……雪と一緒なら、どこでも。
心の中でつけ足す。
でも、言葉にはできない。
俺はグラスを傾け、水を一口飲む。
雪がそのグラスをぼーっと見ていることに気づく。
「……雪?何見てんの?」
雪ははっとして、顔を赤くする。
「……なんでも、ないです」
そう言って誤魔化すように水を飲んだ。
俺は手を伸ばす。
「お前、最近ぼーっとしてない?体調悪い?」
額を触る。
でも、そんなの口実だ。
ただ、触りたいだけ。
「だ、だ、だいじょーぶ……です」
雪の顔が更に真っ赤になって、必死の様子で答える。
やばい、可愛い。
「その顔……ずるいよな」
思わず本音がぽろり。
「へっ?」
雪が変な声をあげる。
「……なんでもない」
俺は急に恥ずかしくなって、顔を逸らした。
食事を終えて外へ出る。
明日も仕事だし、早く帰らなきゃならない。
手を繋ぎながら、気持ちゆっくり歩く。
それでも、別れ道には辿り着く。
一瞬だけ、ぎゅっと強く握ってから、手を離す。
「じゃ、また明日な」
名残惜しいけれども、仕方ない。
なるべく平静を装いながら、手を振る。
雪の切なそうな顔が俺を見た。
「……はい、また明日……」
俺は自分の家の方向へ歩き出す。
その時――。
「先輩っ!」
珍しく雪の大きな声が、俺を呼んだ。
振り向いた俺に向かって雪が突進してくる。
意味がわからない。
状況を理解出来ずにいると、雪はそのままの勢いで俺に近づく。
そして……そのまま、雪の唇が俺の唇に触れた。
「っ!!」
本当に一瞬だった。
それでも体が強張る。
「お、おやすみなさいっ」
状況を飲み込めない俺を残して、雪はダッシュで帰っていった。
「……なっ!!」
雪がいなくなってから、俺は我に返る。
雪が、自分から?
俺にキスした?
急に体の奥がむず痒くなる。
にやにやする顔を抑えきれない。
夜の歩道で俺は、右手で唇を抑えたまま、しばらく呆然としていた。




