5.少しだけ
一緒に食事をして以来、仕事帰りにご飯に行くのは日課になった。
シフトがずれた時も、先輩は待っててくれる。
それがなんだかくすぐったくて、嬉しくて。
少しずつ、先輩の隣にいることにも慣れてきた。
『今度は酔ってない時にするよ』
先輩はそう言ったけど、まだ『今度』はきていない。
けど……俺は先輩の唇を意識するようになってしまった。
「……雪?何見てんの?」
はっとして俺は視線をあげる。
水のグラスを口につける先輩に見惚れていた。
「……なんでも、ないです」
ちょっと恥ずかしい。
誤魔化すように俺も水を飲む。
「お前、最近ぼーっとしてない?体調悪い?」
そうやって手を伸ばして俺の額を触る。
顔に熱が籠もる。
口元が緩んでしまって、平静を装うのに必死だった。
「だ、だ、だいじょーぶ……です」
先輩の顔がくしゃっと笑う。
こんな時ですら、その顔好きだなって胸がきゅっとする。
「その顔……ずるいよな」
「へっ?」
少し顔を逸らして頬を赤くする先輩に、俺は変な声で返してしまった。
「……なんでもない」
前言撤回。
……実は慣れてなんかないのかもしれない。
食事を済ませ、外に出る。
「はぁーっ、今日も働いたな!」
そう言って先輩は手を上に上げて体を伸ばす。
「今日、忙しかったですね」
そう言って俺は先輩に近づく。
自然と手を繋ぐ。
他愛ない話をしながら、分かれ道まで歩く。
そこで、手を離す。
この瞬間が、少しだけ寂しい。
「じゃ、また明日な」
先輩は笑顔で手を振る。
「……はい、また明日……」
そう言って俺も手を振りかけた。
……けど。
その時、珍しく俺の足が一歩先輩に近づいた。
「先輩っ!」
「ん?」
振り向いた先輩に向かって、のめり込むように前に出る。
勢いのまま、俺は目をつぶって先輩の唇に軽く触れた。
……唇で。
「……っ!!」
先輩の体がビクッとしたのがわかった。
すぐに離れる。
心臓がばくばくいってる。
一生分の勇気を使い果たした気分だった。
「お、おやすみなさいっ」
無言で何も言えない先輩を残して、俺は走って家まで帰った。
少しだけ、進めた気がした。




