4.まだ、恋人の途中
仕事の帰り道、俺と先輩は約束通りファミレスで食事をしていた。
別に先輩と二人でご飯に行くのは初めてじゃない。
……なのに、緊張する。
「なぁ、雪?」
テーブルに肘を付いて先輩が優しく笑う。
「はいっ?」
……声が裏返る。
先輩は呆れたように笑った。
「お前、緊張しすぎ」
「そう、ですね……」
それしか返せなかった。
なんとなく、言葉に詰まる。
周りの喧騒だけが、やけに大きく聞こえる。
はぁっと先輩の溜め息が聞こえて、俺はビクッとする。
「……俺はさ、お前と恋人になれたの、嬉しいんだけど?」
俺は俯いて、ボソボソと返す。
「いや……それは俺も……嬉しいんですけど、だからこそと言うか、なんというか……」
先輩の手が伸びてきて、俺の頭を撫でた。
一瞬、思考が止まる。
びっくりして顔を上げる。
「雪……可愛いな」
「なっ……」
じんわりと先輩の手の熱が移った気がした。
俺は勢いよく後ろに引いて、椅子にもたれかかる。
「それっ、男に言うセリフじゃないですよっ」
先輩は手を伸ばしたまま、フリーズしている。
「ははっ、だって可愛いって思ったんだ」
先輩の笑顔がいつになく優しい。
手を引っ込めた先輩は頬杖をついて俺を見る。
「いつもの調子、戻ったな?」
「あ……」
俺は素直に元の位置に戻る。
「……すみません」
「謝んなくていいよ、俺は雪と楽しくご飯食いたいだけだから」
ふっ、と肩の力が抜けた気がした。
恋人になったなんて言っても、急に何かが変わるわけじゃない。
「そうですね。俺も先輩とは楽しく過ごしたいです」
「な?いつもみたいに話そうな?」
「はい」
俺はやっと笑顔を浮かべる。
「……先輩」
「ん?」
「今日はお酒はダメですよ?」
先輩は真顔になって、それからぷっと吹き出した。
「飲まないって」
「ホントですか?こないだ大変だった……」
そこまで言って、急に思い出す。
そうだ。あの時、先輩に……。
顔が熱くなる。
先輩は一瞬だけ不思議そうな顔をしたが、すぐにニヤッと笑う。
「何思い出した?」
「いやっ……」
俺はすぐに否定するが、先輩はきっと気づいてる。
「今度は酔ってない時にするよ」
さらっと先輩が言う。
顔の熱が引かない。
「り、了解しました……」
それだけを答えるのが精一杯だった。
一瞬の間の後、先輩はまた吹き出す。
「業務連絡かよっ」
俺も一緒になって笑う。
さっきまでの緊張が嘘みたいに解けていく。
こんな日が続けばいいなと、俺は思っていた。




