もしも夏のホラー2023のテーマが「ゆめのなか」だったら 【題名】:悪夢を振り払うために
春のチャレンジ企画2026(テーマ:仕事)と、私のチャレンジ企画の作品です。
2023年度の企画のテーマをシャッフルしています。
ジャンルは「ホラー」、テーマは「ゆめのなか」です。
【はじめに】
七福神が乗った宝船が描かれた絵に「永き世の遠の眠りのみな目覚め波乗り船の音のよきかな」という回文歌が書かれたものを、正月の2日に枕の下に入れて寝ると良い初夢を見ることができると言われている。
「こんにちは。私は大黒メンタルクリニックで院長をしている、大黒 智慧というものです」
「この話は私が担当したある患者さんの話です」
「患者さんの名前は仮に『白沢 獏』としましょう。性別は男性。齢は37歳。職業は会社員です」
「私の経営するクリニックに初めて来たのは、そうですね、半年ほど前でしょうか?」
「それから定期的に通っていたのですが、一カ月前から来なくなりました」
「えっ? 症状は何ですって? それは夜寝ると悪夢にうなされ、朝起きてもその倦怠感から日常生活を送るのも困難でした」
「来なくなったのは、快癒したからか。それともこの白沢さんの身に何かが起こったのか」
「それでは白沢さんのケースのお話をしましょう」
【白沢 獏の身に起こったこと】
「う……、う~ん……」
ある男が悪夢に襲われている。
余りの気持ち悪さに男はガバッと無理やり起き上がる。
「ハァハァ……」
全身に異様な寝汗をかき、枕も布団もこの寝汗で湿っている。
だが起き上がると、即座に見ていた悪夢の内容は忘れている。
残っているのは気味の悪さと倦怠感。
男は時刻を確認する。
午前6時前だ。
アラームは7時にセットしている。
昨夜寝た時間は23時きっかり。
仕方なく男は朝の身支度をもそもそと行う。
この男の名は白沢 獏(仮名)、年齢は37歳。職業は会社員で9時に就業開始の会社へは歩きで15分で着く。
余裕を持たせて8時半に家を出る。
今の時刻が6時ジャスト。
この2時間半の身支度は、ある種の苦痛を白沢に与えていた。
白沢はほぼ毎日この症状に悩まされていた。
これは病院に行くべきでは?
そう思った白沢は色々と調べた結果、「大黒メンタルクリニック」なるものを見つける。
ここのホームページを見ると、自身の症状を緩和させるケアもしているようだ。
白沢はこの大黒メンタルクリニックに電話をかけ、予約をするのであった。
【白沢を大黒が診察する その1】
大黒メンタルクリニックに白沢は赴く。
三階建てのそこそこ大きな建物。
一階は駐車場で入り口からすぐに二階に上がる階段があるだけ。
二階は受付と待合室。
この待合室は広く、ソファーも一人用がいくつも丸いテーブルの周りに並んでいる。
大きな窓。抑えられた照明。壁も天井も床も落ち着いた配色。
何より少量でオルゴールの音色が流れている。
「白沢 獏さま。三階の3-A診療室にお入りください」
そうアナウンスが流れると、白沢は三階に上がり、「3-A」から「3-F」と6つある診療室の「3-A」に入る。
扉には「担当医 院長 大黒 智慧」とあった。
「当たり前なことですが、規則正しい生活があらゆる健康の基本ですね。バランスのとれた食事、適度な運動、しっかりとした睡眠。あぁ、睡眠で困っているのですね」
大黒が白沢の症状を聞いて説明をする。
白沢は色々な意味でびっくりしている。
まず、院長の大黒 智慧が若い女性であること。
いや、若く見えるだけで自分と同じか少し上な雰囲気も感じる。
次に告げられたことがあまりにも平凡すぎること。
ネットでの評判はかなり高かったので、肩透かしを食らう。
せいぜい感心するのは、二階の待合室と同様に清潔で落ち着いた配色の広い部屋。
大黒も受診者もゆったりとしたソファーに座す。
花が飾られ、壁には水彩の風景画が掛けられ、部屋全体にはアロマの香りがする。
これは3-Aの大黒の趣味か。
「一応、精神安定剤を処方します。寝る前に服用してください。ですが薬に頼るのはあまりお勧めできません。症状が改善されたら、服用は止め、先ほども言った規則正しい生活を心がけてください」
診察を終え、クリニックの近くの薬局で薬剤師から薬の説明をされる。
薬は二種類。
一つは夜寝る前に飲む薬で30日分渡された。
一つは頓服薬でより強い精神安定剤。
これは症状が特にひどいときに飲むように指示された。10回分用なので10錠。
「思っていたのと違って普通だな。せいぜい診察室が病院というより、カウンセリングのようなおしゃれさだけじゃないか」
白沢はそう言って家路につく。
【白沢の症状 その1】
こうして帰宅した白沢は寝る前に薬を服用して眠る。
悪夢は見なかった。
いや多分何かしらの夢は見ただろうが、自然に7時のアラームで起き、起床と同時に夢の内容は忘れ、何より倦怠感はない。
「だが、こういったことは時々あったぞ。あの薬の影響かどうかは、まだ判断がつかない……」
事実、白沢がこのように独り言ちたように、薬を寝る前に服用しても、白沢は悪夢にうなされ、早期に起き、倦怠感を抱える。
そのような時には頓服薬を彼は服用する。
これで倦怠感は緩和されたが、10回分の頓服薬は直ぐに無くなった。
「あのクリニックに行き、この頓服薬を頼むか。むしろこの頓服薬を毎日夜に飲むべきでは?」
白沢は大黒メンタルクリニックに予約の電話をする。
【白沢を大黒が診察する その2】
「毎日はお勧めできません。この薬は強い薬です。例えば服用後の車の運転は行わないでください」
「私は通勤時に車を使いません。せいぜい週末の買い物に使うだけです」
頓服薬を30日分出すことを要求した白沢に大黒は注意を促す。
「では、20回分をお出しします。それ以上はダメです」
「……分かりました」
ふと白沢が思うのはこの大黒メンタルクリニックにくると、自然と気持ちが落ち着くのだ。
待合室は広い窓と抑えられた照明。診察室はおよそ病院を感じさせないゆったりとした空間。
その壁に水彩画とは違う絵が掛けられていたのを白沢は発見する。
「何ですか? あの絵は? 七福神?」
宝船に乗った七福神の絵だ。
そしてひらがなが書き加えられている。
「何て読むんですか、あれは?」
昔の書簡のような筆で書かれたもの。大黒は説明する。
「『なかきよの とおのねふりの みなめさめ なみのりふねの おとのよきかな』。回文ですね。この絵を枕の下に置き眠ると吉夢が見られるそうです」
「今の私にぴったりの絵ではないですか」
「まさかこんなのを信じておやりになるとは? 私は心療全般を扱っていますけど、特に睡眠障害を主としているので、このような絵を趣味で入手したのですよ」
こうして白沢は20回分の頓服薬を薬局で購入する。
【白沢の症状 その2】
あいかわらず白沢はほぼ毎日悪夢に襲われている。
薬の効果で多少は朝起きた時の倦怠感は和らいでいるが、日中の仕事に悪影響とまではいかなくても、些細なミスが頻発する。
定期的に大黒メンタルクリニックに通う白沢。
その都度、頓服の強い精神安定剤の増量を頼んだが、大黒は「三週間で20回分。それ以上は悪影響があります」と拒否する。
そして、ある夜。
いつも寝る23時に頓服薬を飲み就寝した白沢は夢を見る。
この夢がいつもと違った。
普段は何かに自身が苦しめられる夢だが、起きると同時に倦怠感だけが残り、夢の内容はすっぽりと忘れている。
だが、この時は夢の内容をありありと白沢は鮮明に記憶し、起きた後もそうだった。
内容は白沢が宝船に乗り、同乗者たちから次のように命じられた夢だ。
「我々は悪夢に悩む人々を救うのが仕事だ! お前も他の人々の悪夢を救わないと、いつまでも自身の悪夢は解消されないぞ!」
「我々の絵をお前の枕の下に置くのだ! あの回文を書き加えてな! そうすればこの夢を見て我らと共に悪夢に悩まされている人々を救う仕事ができるぞ!」
朝。
アラームの7時で起き上がった白沢。
倦怠感は無い。
寝汗も出ていない。
何より夢の内容がリアルであの宝船でのやり取りを鮮明に覚えている。
その日の夜。
会社から帰宅した白沢はネット通販で宝船に乗った七福神の絵を購入する。
数日後。
家に届いた絵に白沢は早速余白に文字を書く。
「なかきよの とおのねふりの みなめさめ なみのりふねの おとのよきかな」
その日から白沢はその絵を枕の下に敷いて眠るようになった。
【さいごに】
「大黒 智慧です。白沢さんが私のクリニックに来なくなったのは快癒したからでしょうか?」
「実は白沢さんが勤務している会社から、一カ月ほど前に私のところへ連絡が来ました」
「一カ月前から白沢さんは無断欠勤をしていて、会社には私のクリニックに定期的に通院していたことを伝えていたらしいので、『白沢はあなたのところで入院しているのか?』が連絡内容です」
「もちろん当クリニックには入院施設はありません」
「白沢さんの会社が言うには、白沢さんと連絡が取れず、白沢さんの自宅にも白沢さんは居なく、音信不通状態だそうです」
大黒は自身の診察室に飾られた宝船に乗った七福神の絵を見る。
乗っているのは八人。
その中の一人は妙に白沢 獏に似ているのであった……。
もしも夏のホラー2023のテーマが「ゆめのなか」だったら 【題名】:悪夢を振り払うために 了
次はジャンルが「歴史」、テーマが「隣人」です。




