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海の女王と陸の花  作者: 天谷あきの


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41/43

芳香

 階段は闇の底で一度折れ曲がり、さらに下へと続いている。この店に隠されていた地下は予想以上に広いらしい。階段の途中でぼんやりと辺りが見えるようになってきて、アデリシアはいっそう足を速めた。


 がしゃん!


 聞き覚えのある破壊音が下から響き、さらに足を速めた。ほとんど転がり落ちるような勢いで駆けた。ふいに、両側の壁が切れた。むき出しになった階段が、ほんのり明るい部屋の中へ続いていく――


「人魚の 骨は どこだ」


 無機質な男の声がそう言うのが聞こえた。

 エリックだ。


 うう、誰かのうめき声。地下の空間は思いがけず大きくて、階段はまだまだ長く続いている。今まであまり問題を感じなかったが、ここで初めて二本足の体を呪った。なんて釣り合いが悪いのだろう。


 いっそ元の姿に戻って駆け下りていけたら――


 部屋の中は、ひどくごった返していた。本や、道具を作るためだろう様々な材料が、棚という棚にぎゅうぎゅう詰め込まれていた。棚からはみ出して床に積まれているものもたくさんある。それらごたごたの向こうに、エリックの目が見えた。


 アデリシアはぎくりとした。エリックはアデリシアが下りてきたのにいち早く気づいていた。その目はとても冷たく、冴え冴えとした藍色に光っていた。


 抜き身の剣を右手に下げ、もう片方の手に、でっぷり太ったあの店主の首をつかんでいる。

 店主の顔は既に赤黒く染まっている。店主の両手の爪が、首をつかむエリックの左手に食い込んでいる。エリックは痛みなど全く感じていないらしい。再び店主の方に視線を戻し、繰り返した。


「人魚の 骨は どこにある」

「う……ぉ……」


 店主が何か言いかけ、エリックは腕を放した。どさり、店主の太った体が床に落ち、ごほごほせき込み、喘いで、空気を取り込もうとする。


 エリックが足をあげる。

 相変わらず藍色に染まったままの瞳。

 残酷で無慈悲な色を湛えた、逆巻く波濤を抱いた海のような色……。



 ――生きてる意味なんかないじゃないか。

 ――僕たちを育てて、生かして、飼っておくのはなんのためだ。

 ――あんたたちの思い通りになんかさせるもんか……!



 アデリシアは立ちすくんだ。エリックの瞳を見て、急に、思い出したのだ。

 四十年前。レギニータ号の上で、アデリシアを殺そうとした仲間がいた。


 彼は暴れ回り、荒れ狂い、手当たり次第に仲間をつかんでは海に投げ込んだ。殺すつもりだった。そうだ、彼には明確な殺意があったのだ。


 彼はニースと親分が〈白い子供たち〉を匿う理由を、誤解したのだ。

 良質な毛皮を定期的に採集するために飼われているのだと。


 ニースと親分を憎んだ彼は、誤解と思い込みから、周りの〈子供たち〉に襲いかかった。ニースの思いどおりになどなるものかという、恨みと意地のために。

 思惑どおりに稼がせてなどやるものかと。



 ――冗談じゃない。



 あの時のことをまざまざと思い出した今、アデリシアの胸に強い強い怒りが湧いた。なんという理不尽な暴力だっただろう。あの子に、アデリシアや他の〈白い子供たち〉の命まで奪う権利などなかった。ニースの『思いどおり』にさせないという、ただそれだけのために他の子を大勢殺したあの子は、さっきのエリックと同じじゃないか。


「……ぐぅっ」


 店主の胸をエリックの情け容赦のない右足が蹴りつける。低い声が繰り返す。


「人魚の 骨は どこだ」

「……ここにゃねえよ」


 苦しそうな店主の喘ぎ声――


 ごぅん。


 どこかで鈍い振動を感じた。このばかげて広い地下室の、天井付近から聞こえたようだ。ずずず、地鳴りのような音が響く。エリックが動きを止め、怪訝そうに辺りを見回す。未だエリックに踏みつけられたままの店主はぐったりと四肢を地面に投げ出していたが、目の光だけはやけに険しかった。


 ばたん、どこかすぐ近くで扉が開いた。


「やめ……ろ……!」


 かすれた制止の声は、ユーリだ。


 ユーリがこの階段とは対角にある扉から姿を見せた。その声のおかげでアデリシアの呪縛が解けた。アデリシアは再び階段を走り出した。


 ユーリがあの奔流に巻き込まれたのは確かだった。凍りついた前髪が、ユーリの体温で溶けて、ぽたぽた滴を垂らしている。


「やめてくれ!」

「来るんじゃ……ねえ……!」


 店主のうめき声とともに、


 きらきら輝く光の檻が降ってきた。

 同時に轟音が降り注ぐ。


 高い天井のどこに設置してあったのか、輝く一本一本の棒が絡み合い、組み合いながらエリックに襲いかかったように見えた。エリックはとっさに剣を振り回したが、棒はエリックに絡み付いてがんじがらめに縛り上げ、地面に打ち倒して固定した。


 アデリシアは立ちすくんでいた。が、ユーリは止まらなかった。凍り付きそうな体を引きずるようにして、床に倒れたエリックの脇を通り過ぎ、店主のところへ向かう。エリックはもがき、暴れ、ユーリに腕を伸ばそうとしたが、光輝く檻はがっちりとエリックに絡みついて離れない。


 店主は笑顔だった。とてもすがすがしい笑み。

 エリックと同じように光輝く檻に囚われているのに、異様なほど幸せそうだった。


「この魔法道具の厄介なところは、対象の設定ができねえってところでさ」


 店主は少し照れくさそうに笑う。

 ユーリが彼の前に膝を突く。その顔を見上げて、店主は言った。


「びしょ濡れじゃねえか……死んじまうぞ。早くこっからでて温まれよ」

「嫌だ。僕が出たら、死ぬ気なんでしょう」


 ふふふ、店主が笑った。


「それがこの魔法道具の厄介なところでさ」言い訳のように、同じ言葉を繰り返す。「俺のを解いたらぁ、あいつのも解けちまうんだよ……」

「こんなの間違ってる。ジーナさんはどうする気なんだ」

「あの人は大丈夫だ。シャトー様がついてるからな」

「こんな奴のために」ぎりっ、歯を噛み締める音が響いた。「なんであなたまで死ななきゃいけないんだ」


 店主はまた笑った。ちらりと視線を動かして、エリックが投げ出したらしい一振りの剣を見た。水夫たちが持っていたものより幾分短めの刀身は、地下室の淡い光を浴びて光っていた。エリックが手を伸ばしているが、少し離れた場所に落ちていて届きそうもない。


「その剣まで燃やしちまうわけにゃいかねえからよ。来てくれて助かった。それ持って早く――」


 燃やす、と聞いてか、もがき続けていたエリックが吼えた。


「これはなんだ! 何をした! ほどけ、早く――」

「お前みたいな害獣を野放しにするわけねえだろう。人魚の骨だって? なあエリック=グウェリン、おまえ、自分が何をやっているのか本当にわかってるのか。この考えなしの、愚か者の、人でなしやろう。ちったあ自分の頭を使いやがれ」

「ほどけ!」


 店主はまたユーリに視線を戻した。


「……仇を討たせてくれよ。なあわかるか、十四年だぜ? 俺もあの人も毎日毎日、飯食わせて風呂入れて、遊んでやって、布団にくるんで、大事に大事に育ててきたんだ。その十四年を、あいつは一瞬で……」

「その理屈でいくなら。十四年を失わせた二十二年を、殺すために、四十年を、巻き添えに、したら、……大損じゃないか」


 ユーリは言って、立ち上がった。

 唇が真っ青だ。


 びしょ濡れの体から、刻一刻と体温が奪われていく。冬の海に落ちた水夫はすぐさま衣類を剥ぎ取られ、拭布でゴシゴシこすられ、布団部屋に放り込まれていた。きっと、そうしないと死んでしまうから……


「なにをする気だ」


 店主が訊ね、ユーリは答えず、上着の隠しから短刀を取り出した。

 さっきと同じものだろうか、よく似た短刀だった。切っ先が、黒く染まっている。


「僕がやる」

「き――貴様――」


 エリックが呻いた。さっきの威力は生々しく記憶に残っているだろう。いっそう強くもがいたが、黄金の檻はびくともしない。


 ユーリの横顔が暗い。

 ここが室内だからだろうか、毒のにおいがアデリシアにまで届いた。


 くらり。

 その香りをかいだ瞬間、アデリシアはめまいを感じた。


 ――いい、におい。


 たまらず、アデリシアは座り込んだ。なんて――なんという、匂いだろう? さっき感じた生まれて初めてのぬくもりが、再びアデリシアのところに戻ってきたような気がした。頭の奥がジンジンする。目が回りそう。舐めたい、強い欲望が湧き上がった。舐めたい。いや、飲みたい。あれっぽっちじゃとうてい足りない、壺いっぱいのあれに口を付けて、浴びるようにごくごく飲めたら――


 と。


「ユリウス。よさぬか」


 優しい声がユーリを止めた。


 さっきユーリが入ってきた戸口に、いつの間にか、幼い子供が立っていた。

 びっくりするほど綺麗な、人間の子供――というより、幼児だった。むくむくした身体には薄布を羽織っただけで、おまけに裸足だというのに、全く寒そうに見えない。ぺたぺたと足音を鳴らして歩み寄ると、ぽん、とユーリを軽く叩いた。しゅうっとユーリから湯気が上がった。凍り付いていたユーリが我に返ったように幼女を見る。


「ティティ、さん。なぜここに」

「なに、技術者がここにおると聞いたゆえな、手が空いたら来ようと思うておったのじゃ。そうしたらあの水――ウェルダが技術者を手に入れては大変じゃもの」


 ティティさん、と呼ばれた人魚は、優しい手つきでユーリからナイフを取り上げた。とぷん、その手に水が盛り上がり、毒のついたナイフをくるみ込む。


「あ……!」


 アデリシアは思わず声を上げた。ユーリはそれで、初めて、アデリシアがここにいるのに気がついたらしい。ティティもこちらを見て、労るように笑った。


「どこから迷い込んだのじゃ……よいかえ、今の黒いものは、そなたたちが絶対に口にしてはならぬものじゃ。心しておくのじゃぞ」


「でも」アデリシアは胸に湧いた激しい苛立ちに戸惑いながら、唇を尖らせた。「悪いものじゃなさそうだった。すごく美味しそうだった。ね、ユーリ、ユーリ、今のなあに? どこにあるの?」


「……アデル?」


「ね、ちょっと舐めさせて。ほかにも持ってるんでしょう、ねえ」

「アデルというのか」ティティは近づいてきて、アデリシアの額に手を当てた。「アデル、よく聞くのじゃ。あれは毒じゃ。正の存在を殺し、そなたたちには……さらに恐ろしい害悪なのじゃ。騙されてはならぬ」


「なんでそんなこというの」


 自分でも、おかしいとわかっていた。ユーリが驚いたようにアデリシアを見ているが、一番驚いているのはアデリシア自身だ。あんなものが舐めたいなんておかしい。異常だとわかっていた。

 なのに止まらない。


「ちょっとでいいの、ほんの少しで……独り占めなんてしないから、ねえ、ちょっとでいいから。ねえ、ねえ……ねえどうして隠すの!? ほんのちょっとでいいっていってるのにっ、いっぱい持ってるくせに! 独り占めする気なんだ――!」


「アデル。そなたの苛立ちと怒りは毒の香のせいじゃ。中毒症状が出ておる。なに、案ずるな、ほんの少し香りに中てられただけじゃ。ちょっとここに入っておれ」


 とぷん。

 さっきのように水が、今度はアデリシアの足元から盛り上がった。


 水がアデリシアをくるみこんだ、その瞬間、アデリシアは激しい嫌悪を感じた。怒りにまかせて暴れたが、水はすっぽりとアデリシアを包み込んで放さない。


「アデル」


 ユーリの心配そうな声に、ティティは頷いて見せた。


「呼吸は心配ない。肺に入った毒を追い出すだけじゃ。……のうユリウス、あのようなものどこで手に入れた。一度は人魚の契約を許された身じゃろうが……どのようなわけがあっても、あのようなものに手を出してはならぬ」

「……しかし」

「これがエリックか。なるほど」


 ティティはじろじろとエリックを見、ふん、と鼻を鳴らした。


「なるほど姐様の好みそうな男じゃな。……のうユリウス。生きとし生けるものは総て……否、正の生を受けて楽園に生きるものは総て、義務を負う。毒を締め出した楽園を、出来る限り存続させるという義務じゃ。そなたが技術者をエリックから守りたいという気持ちはようわかる、じゃが、毒はいかぬ。毒を受けて死した者の怒りは歪みを生む。できうる限り歪みを増やさぬことが儂らの義務なのじゃ。……じゃからこの男、儂によこしやれ」


「……よこす?」

「儂ら人魚の贄とするが一番歪みを生まぬ殺し方じゃ」


 真っ赤な舌がちろりと唇をなめた。


「罪人として扱われ、儂らに引きずり回され嬲り殺しにされる末路じゃ。ここで」ティティの目がさっと地下室を見回した。「あの火薬で焼き尽くすよりよほど恐怖が長かろう。腕自慢の男にとっては余計に、自らの無力さを思い知りながらの屈辱の死じゃ。約束しよう。決して楽には殺さぬ。こやつの奪った数多の無辜の命に見あった死を与える。……それでもう、勘弁してやらぬか」


 ティティは優しく言って、屈み込んだ。

 店主が泣いていた。ただ黙って、エリックを見ながら。


「そなたが命で贖っても、大切なものは戻ってこぬ。大切なものを死に追いやったのはエリックであってそなたではない。そう自分を責めるな」

「何でも……ご存知の、ご様子で」


 店主の言葉に、ティティは笑った。


「なにも知らぬ。ただそなたの周りに漂っておる色を読んだまでのこと」

「カイに剣を渡したのは俺なんです」

「そうか」

「あの人の十四年を奪ったのは……俺なんですよ」

「それでその大切な相手から、最愛の夫まで奪うつもりか。愚か者めが」


 微笑みと一緒に投げられたあまりに優しい叱責に、店主は笑った。同じことを言うんですね、と、言いながら。

 その時。

 ティティのやって来た階段の方から、冷たい声が響いた。


「……じゃからそなたは甘いのじゃ」


 階段の入口に、背の高い、美しい女性が姿を見せていた。

 店主に屈み込んでいたティティは対処が遅れた。


「……姐、様!」


 その無防備な体に水礫が飛んだ。寸前でユーリがティティを抱え込み、そのまま店主の上に倒れ込んだ。ティティのいた場所に叩きつけられた水礫は握り拳ほどもあり、炸裂すると同時に凍りついた。

 店主とティティの上に屈み込んだユーリの背に、同じ飛礫が雨のように襲いかかる。


「この――!」


 ティティが体勢を立て直した。礫は寸前でそれ、床に叩きつけられて凍った。ティティがユーリの下からもがいて出て来た。まなじりを吊り上げて、入ってきた美しい女性を睨む。


「姐……ウェルダ。技術者は渡さぬぞ」


 二人は、まるで年の離れた姉妹のようによく似ていた。新たな人魚も薄布を纏っただけの姿で、長い黒髪が濡れたように光っている。

 しかし浮かべている表情は全く違った。ウェルダと呼ばれた新たな人魚は、軽蔑したような、冷たい笑みを浮かべている。


「人ごときの感情になどいちいちかかずらっておるからじゃ。とっとと別の場所に連れて行っておればよいものを。技術者を渡してもらおうか。もしくはスウェラから奪った〈窓〉をよこしやれ」

「渡さぬ」

「我を張るな」


 ピシッ。礫が飛んだ。


 ユーリを狙って飛んだ礫は弾かれた。が、一瞬差で飛んでいた礫がティティの頬をかすめた。店主を狙った礫をはじいた直後に礫がティティの肩をかすめ鮮血が飛んだ。二弾、三弾、四弾、続くうちにみるみるティティの体に傷が増えていく。


「我を張るな」


 ウェルダが嗤う。ティティも微笑った。


「渡さぬ。……ユリウス、頼むから動いてくれるな。大丈夫じゃ。水が儂の命を奪うことはありえぬ」

「ティティ、いいかげんにせぬか。そなたの魔力では儂には勝てぬ、わかっておるはずじゃ」

「わかっておる。じゃが守りきることくらいはできる」

「そなたは昔からそうじゃ。気の毒な……可哀想な、出来損ないの妹よ。人魚の恥さらし、麗しの姫の末裔の、崇高な意思を理解できぬ迷い子。いつまで我を張るつもりじゃ」


 礫がティティの肩をかすめた。さっきの傷と同じ場所だ。ウェルダは楽しんでいるようだった。言葉と水の礫でティティを玩ぶ、残忍な遊戯に興じている。もう一つ、同じ場所を礫がかすめた。傷が深まり、ティティは苦痛に顔をしかめる。


 ウェルダは囁く。


「異端は苦しかろうな。そなたは今まで、幾たびも儂らをまで異端の道に引きずり込もうとした――じゃがそなたの言葉に耳を貸す人魚はおらなんだ。当然じゃ。異端の声に耳を貸す人魚など、出来損ない以外にいてたまるものか。そなたはひとりぼっち。異端の戯言に囚われた愚かな娘。リエルダにさえ通じなかったに、まだ目が覚めぬか」


「……」

「……帰って来やれ、ティティ。今なら許してあげる。今までようも儂の顔に泥を塗り続けたのう、じゃが、戻ってくるなら水に流そう。そなたは出来損ないじゃけれど、儂の可愛い妹じゃもの」


「……ウェルダ」

「姐様、と呼んでおくれ」


 優しい猫なで声で、悪夢のような礫を放ち続けながら、ウェルダは微笑む。


「戻っておいで、ティティ。他の人魚には儂が話そう。そなたは少し血迷っただけなのじゃとな。そなたを守ってやれるのは儂だけ。この世で、そなたの味方は儂だけじゃ。よう知っておるじゃろう」


 ウェルダの放ち続ける礫からユーリと店主を守り続ける内、幼かったティティの容貌が、少しずつ変わっていた。四肢が伸び、髪も伸び、背も伸び、足に鱗が生え――傷つけられ嬲り殺されようとしている人魚の姿は、幼子の時より痛々しい。


「儂の味方……」


 ティティは唇を噛みしめた。美しい瞳から、幾筋もの涙が流れていた。尾鰭に礫が当たり鱗が弾け飛んだ。小さな声でティティは呻く。


「……貴女は儂の味方ではない」

「何じゃと?」

「貴女は……貴女は、儂の話を聞いてくれなかった」


 ウェルダはせせら笑った。


「異端の話など聞く価値があるものか」

「儂がどんな気持ちで、どんな考えを持っているのか、知ろうともしてくれなかった」

「異端に毒された幼子にどんな考えがあるというのか」


 ウェルダに、ティティの言葉は届きそうもない、と、アデリシアは思った。塔にいた最後の日、町に行くと言い張ったユージンとスピアは、端からアデリシアの話を聞く気などなかった。他の〈子供たち〉が自分の味方だと悟ってからは更に。


 聞く耳を持たない相手に自分の意見を伝え続ける苦しさを、あの時アデリシアは思い知った。

 ティティもそう思ったのかも知れない。小さな声は、独り言のようだった。


「貴女は儂の味方ではない。他のどの存在の味方でもない、ただ自分の味方であるだけ……貴女の考えに従い、貴女の考えを崇拝する者だけが貴女の〈仲間〉になれるというなら」


 ティティは血を吐くような声で言った。


「儂は独りで良い。……貴女の考えに賛同は出来ぬ」

「……強情な」

「貴女は孤独じゃない」


 静かな、でもきっぱりとしたユーリの声が響き、ティティが顔を上げた。

 いつの間にか、ユーリがウェルダの方に右手を突き出していた。その手に、なにか装置のようなものが握られている。


「僕は貴女の考えの方がずっと真っ当だと思う。人魚に貴女の仲間がいなくても、人間には大勢いる」

「人間! これは面白い、人間じゃとな!」


 ウェルダが笑い出す――だがその声を圧するように、ユーリが声を上げた。


「これを押すと、この地下中に仕掛けられた火薬が炸裂する」


 火薬、と聞いて、ウェルダが笑いを止めた。

 落ち着いた声で、ユーリは続けた。


「技術者も〈人魚の骨〉も、どのみちあなたの手には入らない。あなたの負けだ。これ以上この方を傷つけるな。これ以上は――こちらにも覚悟がある」

「……く」


 思わず漏れた声を、ごまかすように、ウェルダは嗤った。


「くっ、くくく。まあよいわ……他を当たればよいまでのこと。人間が仲間になったとていったい何が出来る。状況は全く変わらぬ」


 時間の無駄じゃった。捨て台詞のような負け惜しみのような言葉を最後に、ウェルダは踵を返した。


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