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海の女王と陸の花  作者: 天谷あきの


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24/28

発覚

 パトリシアの家の前を通らず、反対方向へ歩いた。


 ユーリの歩みはゆっくりとしていて、小走りにならなくてもついていくことができた。この人は、と、歩きながら考えた。いったいあの吹雪の中、パトリシアの家の前で、何をしていたんだろう。


 偶然通りすがったのだろうか、とも思ったが、あの吹雪はかなりひどかった。普通の人間なら、家に、建物の中に、引っ込んでいたはずじゃないだろうか。それに、出てきたアデリシアにすぐに気づいた。そんな偶然って、あるものだろうか。


「……エリック=グウェリンがいる」


 小さな声でユーリが囁いてきたのは、ロビンソン商店の近くまでやってきた時だ。


「まずいな。やっぱり目を付けられてる。僕の借りてる宿に行こうか」


 エリックは、確かにそこにいた。

 ロビンソン商店の前に人垣ができていて、そこに、仁王立ちになっていた。


 物々しい雰囲気だった。まるでこれから戦いにでも行くみたいだ。篝火が焚かれ、盾や甲冑、槍や剣を身につけた若い男たちが続々と集まっている。今朝、エリックに『しょんべんたれ』と暴言を吐いていたあの店主が、苦々しい顔つきでエリックたちを睨んでいるが、彼らは知らん顔だ。


「まあ……とにかく閉店ですんでね」


 店主は誰にともなくそう言い、がたごとと、店の軒下に木の戸板をはめ始めた。店じまい、というやつだろう。エリックも、周囲を取り囲む若者たちも何も言わない。最後の一枚を、中から閉めながら、店主は怒鳴った。


「営業妨害だってんだよ、全く!!」


 がたん! 戸板が閉まった。

 ユーリがつぶやく。


「ロビンソン商店を包囲して、何のつもりだ……」


 彼はそのまま足をゆるめず、アデリシアの手を引いたまま、人垣の陰に隠れて路地を曲がった。少し先まで行ってから足を止め、難しい顔で呻く。


「顔が割れてるからなあ。何とか近づければいいんだけど」

「エリックが何やってるか、知りたいの?」

「うん……でも近づくのは危険だし」

「じゃあ、あたし聞いてくるね」

「えっ」


 ユーリが声を上げたときには、アデリシアは走り出していた。ユーリが慌てる。


「ちょっ、待っ」

「そこで待ってて」


 アデリシアは囁きを残し、さっきの路地に戻った。人垣を迂回して、隙間を見つけて入り込む。険しい顔で腕を組むエリックのそばに首尾よく滑り込み、「ねえ」エリックの手を引いた。

 エリックがぎょっとした。


「……アデル!? なにやっ」

「それはこっちのせりふ。パトリシアが心配して、捜してきてって」

「隊長、何すかこの子。隠し子っすか」


 若い隊員がからかいの声を上げ、エリックは、あああ、と言った。


「まあ似たようなもんだ」

「へー……ええっ!?」

「あのな、アデル。俺は仕事中だ」

「泥棒を捕まえるの?」


 訊ねるとエリックは目を剥いた。「なんだと!?」


「だってさっき言ったでしょう? 見つけたぞ泥棒め、って。そのまま走って行っちゃったから、パトリシアが心配してるんだよ。泥棒は捕まえたのかしらって」

「……あー」


 エリックは呻いた。


「まあ……まだこれからだ」

「ここに泥棒が来るの?」


「たぶんな。来たら捕まえるが、俺が重視してるのは泥棒の方じゃない。泥棒のことは心配するなとパトリシアに伝えてくれ。心配しなくても明日には必ず捕まえる」

「あした?」

「そりゃそうだろう。だが……って、あー」


 エリックは我に返ったらしい。きっと、子供相手になにを丁寧に説明してるんだ、と気づいてしまったのだ。


「とにかく、今夜は帰れない。明日の朝必ず説明するからと伝えてくれ」

「うん、わかっ……」

「隊長――!」


 アデリシアの返事をかき消したのは、せっぱ詰まった若者の叫び声。往来の向こうから必死で走ってくるようだ。エリックが手を挙げた。


「ここだ」

「隊長、隊長隊長っ、見張りが! 南西に行ってたジックとスザが……!」


「なにっ」

「空の鳩が来たんで、様子を見に行ったら。事切れてましたんで。小さく縮めて、今……」


「どこだ!」

「今来ます」


 いたたまれない沈黙が落ちる。アデリシアはそわそわした。ややして、どやどやと走ってくる音が聞こえてきた。道をあけろ、怒鳴る声もする。「隊長ッ」やってきた人が声を上げ、エリックは落ち着いた声で言った。


「報告は今聞いた。見せろ」

「は、はいっ」


 地面に布が敷かれた。その上に、走ってきた若者が何かを置いている。ぽん、可愛らしい音とともに何か大きなものが出現したのがちらりと見えた。同時に、ぷん、と血の香りが漂う。

 狼狽の声。ジック、スザ、と、名前を呼ぶ声。エリックはアデリシアを見た。


「アデル。帰ってろ。パトリシアに伝言を頼む」

「……うん」


 見るなと、言うことなのだろう。アデリシアはそっとその場を離れた。


 でももちろん、帰らなかった。人垣の中にたたずんで、耳を澄ませる。

 二人の死体を見たエリックは、無言だった。「一撃だ」と呻いたのは誰かの声。エリックの周りの若者たちが、口々に言い交わしている。「くそっ、よくも……」「何者だ」「鳩の通信筒もむしられてた。羽も結構傷ついててな。一度飛び立った鳩を捕まえて」


「隊長?」


 誰かが不安げに問い、エリックは、呻いた。


「……悪い。俺は抜ける」

「え!?」

「俺が思っていたより……事態は深刻らしい。ちょっと調べなきゃならない。今夜は手はずどおり交代でロビンソン商店を見張れ。後は頼む」


 アデリシアはそこまで聞いて、きびすを返した。

 エリックがこれからどこへ行くのかはわからないが、これ以上一緒にいたら、サーシャのところに帰る羽目になりそうだ、と思ったからだ。

 ところが。


「アデル」


 エリックの長い長い腕がにゅっと伸び、アデリシアの首根っこを捕まえた。


「ちょっと一緒に来い」

「え……えええっ!?」


「さっきはああ言ったが、お前、ろくなもの食べてないんだろ。サーシャは忙しいし、パトリシアの世話で手一杯だし、ああいう信仰の持ち主だから……今日は俺の宿に泊まるといい」


 言いながらエリックはひょい、とばかりにアデリシアを自分の肩に乗せた。そのままずんずん歩いて行く。アデリシアはきょろきょろし、ユーリの姿を捜した。ユーリはすぐそばの路地にいた。アデリシアはそちらを見て、心配しないで、と手を振って見せた。少なくともサーシャのところに連れ戻されるわけではないらしい――ユーリがエリックの動向を知りたがっているなら、もう少し探ってからでも悪くない。


 アデリシアはそう思い、エリックの頭にぎゅっとしがみついた。魔法道具を壊したときはあんなに嫌だったけれど、今はそれほど嫌じゃない。我ながらそれが不思議だった。



   *



 エスメラルダの中心部に着いたのは、もう真っ暗になってからだ。


 カイとマイラは、別々の家に帰るらしい。私は抜かりなく、マイラの肩から動かなかった。毛皮の上からではマイラの心の声は聞こえてこないから、罪悪感もあまり感じずにすむ。


「じゃー、これは俺がもらってくね」


 カイが、小さく縮めた〈窓〉がぎっしり入った皮袋を掲げて見せ、マイラは頷いた。


「うん。よろしく。……ラオさんとジーナさんにくれぐれも」

「へいへい。そんじゃーね」


 ぱたぱた手を振って、カイは、私に微笑んだ。


「コンスタンス、また明日」


 周囲に結構人がいるので、私は頷くだけにしておいた。にっこり笑って、気のいい少年は夜の町を駆けていく。


 死なないでね、と、彼は言った。ただの鴉でしかない、私に。


 なのに彼は、人間を二人も、あの短い時間に――しかも自分は無傷で、返り血さえほとんど浴びないで――殺したのだ。あっさりと。俺にとっては重くないとも、言っていた。姉ちゃんには重すぎるんだろうけど、と。


 彼にとって、命の重みは、どこで決まるものなのだろう。考えても仕方がないと思いながらも、考えずにはいられなかった。


『マイラ。どこへ帰るの?』


 囁くとマイラは少しくすぐったそうな顔をした。


「家だよ。私の」

『あなたの家。エクストラニクス男爵のいる家?』

「それとは別」


 そのまま黙ってしまうかと思ったが、マイラは穏やかな声で説明した。


「私の父はもうだいぶ前に亡くなった。八年前」


『まあ、それは……お気の毒に』


「ふふ。もうだいぶ前のことだから。そのときに、グウェリンの当主も交代したんだ。私も兄も、血縁上は伯父に当たる人の養子になった。それが今の、私の家」


『ふうん……』


「私の父は……本当の父は、臆病な人だったんだと思う。エスティエルティナを隠すなら……本気で隠すなら、生まれたばかりの子供のところにエスティエルティナが飛んできたときに、その子を殺しておくべきだったんだ」


 不穏な話だ。エスティエルティナって、飛んできたって、何だろう。そうは思ったが、せっかく開いたマイラの口を閉ざしてしまうのが惜しく、頷いておいた。


「赤ん坊を……殺すことができず、でも公にもできず、外国の塔に預けて……エスメラルダに呼ばなければならないときには、箱庭の中に隠して育てた」


 赤ん坊というのは、マイラのことらしいと悟る。

 たぶん、彼女があの箱庭の中にいた理由を、今話しているらしい。


「私は……父が臆病だったおかげで……それから母のおかげで、生きて大きくなれた。それは嬉しい。本当に運が良かったんだと思う。他の子供から隠されていたことは、あの時は淋しかったけど……もう、父をそのことで、詰ったりする気もないんだ。けど、でも……中途半端だなあ、とは思う。その中途半端さが、今日の事態を招いた。私はそう思う。伯父……今の父も、そう思ってる。コンスタンス、だから」


 マイラは立ち止まり、私を見た。

 灰色の瞳が、何故か今、藍色に見えた。


「ごめん。食事は出すし、眠る場所も提供できるけど……貴女を、私の父――今の父に、紹介することはできない。わかってくれる?」


『ええ、いいわ。当然だと思うもの。ただの鴉のふりをしておくわね』


「こんなに懐いてて賢い鴉なんて、それだけで不自然な気はするけどね……」


『エクストラニクス男爵は、今も元気かしら?』


 訊ねるとマイラは、どうかな、と言った。


「たぶん元気だと思うよ。あれから一度も、会いに行っていないから」

『元気だといいわね』


 私がそう答えた頃、その家が見えてきた。


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