第209話:ミカンの缶詰
「ほい。見舞いの品」
またしてもお見舞いの品を持って、俺は星空野シータの病室に出向いていた。今日は先刻言った通り、ミカンの缶詰だ。ちゃんとキンキンに冷えた奴。
「わーい。マネージャーさんが来てくれた」
「およびとあらば即参上だな」
「私のこと好きになった」
天地がひっくり返ればあり得るかもな。
「っていうかそろそろ退院だろ?」
「うん。まぁ。ストレス障害だしね。気持ちが落ち着けばそのまま復帰」
「一応今度のドラマは期待してる」
「面白くないかもよ?」
「星空野シータが出ているってだけで国民が全員見るだろ」
「マネージャーさんも?」
「気が向いたらな」
いつもの俺はサブスクでにアニメを見ているだけだ。
「マネージャーさんって淡白だよね」
「優しい言葉をかけてほしいなら、別の男を頼れ」
「マネージャーさんだからいいの」
「ま、頑張れよ。ドラマは本気で期待してるから」
「キスシーンがあったら複雑な気持ちになる?」
「お前が誰とキスしようと関係ないね」
「そういうところだよー。マネージャーさん」
「いいからミカンを食え」
缶詰を指差す俺。果物の缶詰って糖分マックスなのでアイドルにはどうかと思ったが、まぁそれは別に俺が気にすることじゃない。
「来週から復帰するから」
「あ、そ」
「もうちょっと喜んでくれても」
「俺がお前に興味ない」
「彼女とかいるの?」
「さてどうだかな」
「私と付き合ったらお金の心配しなくていいよ?」
「金には困っていないし」
これは本当。
「ところで現場の方は大丈夫なのか?」
「まぁそりゃね。方向性をちょっと変えはするけど、私もプロだし」
ドラマのヒロイン程度はして当たり前か。
「マネージャーさんはこれからもオメガターカイトを応援するの?」
「俺の魂だし」
「むー」
「そんな嫉妬することか?」
「そりゃマネージャーさんは私の推しだし」
「まぁ頑張れ」
他に言い様がねえ。そもそも本当に星空野シータは俺に惚れているのか? トップスターの地位を擲ってまで? 仮に俺が同じ立場なら、俺なんかには見向きもしない。
「マネージャーさんって意地悪だよね」
「俺が何かしたか?」
「なんにもしてないから不満なの!」
「マジで興味ないしな」
「スターガーリー51のセンターアイドルだよ!?」
「寝たら誰でも一緒だろ」
「童貞じゃないの?」
「童貞ですが」
いまさら言われるまでもない。別に星空野シータが嫌いとかそういう話でもない。単に興味がないだけ。とすると。
「お前の恋心を確信しないとな」
「好きだと言ってくれるなら、それ以上は無いよ?」
「俺があるんだよ」
ルイとタマモの方が可愛いし、オメガターカイト所属だし、おっぱい大きいし。アドバンテージと言う意味では二人に敵う要素が星空野シータにはない。
「エッチさせてあげると言っても?」
「男を抱きたいなら芸能界にはイケメンがいるだろ」
「マネージャーさんがいいの」
「ノーセンキュー」
というか何を思って星空野シータが俺にアプローチしているのか。そこから俺にはわからない別に分かったところで同情もしないのだが。スポンサーは坐古乃コンツェルン。事務所は盤石で、これ以上はそう無い。とするとジョーカーを切るには不合理だ。俺に言えた話でもないが。
「とりあえずミカンを食え」
「ねえ。マネージャーさん。ここでしない?」
「全力で却下する」
「えー。そこはさぁ」
「調子を戻して現場に復帰しろよ」
「せめて好きになってくれてよー」
「俺の推しはオメガターカイトだ」
「お金貢ぐから」
「関係ないね」
これは本当。
「マネージャーさんってもしかして趣味悪い?」
「いや、トップアイドルのオメガターカイトを応援してるんだから、むしろ王道だろ」
「でもスターガーリー51はもっと王道だよ?」
「俺はオメガターカイトオタだから」
「勿体ないなぁ」
「ちなみに俺と恋愛関係になって、アイドルの地位を放り投げて、お前に何か得はあるのか?」
「…………」
星空野シータは皮肉気に笑った。
「こっちにも色々ありまして」
「自暴自棄なのか?」
「ううん。贖罪」
それもそれでどうよとは思うんだが。
「マネージャーさんには無い? 後ろめたいことがあって、その罪悪感に流されるってこと」
「有るか無いかで言えばあるが」
ルイとタマモと付き合っていることはどうしても社会に公表できなくて。
「私はマネージャーさんと付き合いたい。そのことを皆に伝えたい」
「ま、頑張れとしか言えないよな」
「だから改めて言います。マネージャーさん。私と付き合って?」
「断る♪」
音符付きで俺は断った。
「彼女いないんだよね?」
「まぁ」
虚偽だが。
「ホシガリのセンターアイドルだよ?」
「関係ないね」
ハッッと嘲るように俺は言った。スターガーリー51のセンターアイドル? 出直してこい。今の俺にはオメガターカイトこそ至高。それ以外は有象無象だ。




