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推しのアイドルが所属しているグループのメンバーが俺の家に入り浸る  作者: 揚羽常時


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206/220

第206話:星空野シータが倒れる【星空野シータ視点】


「わかんないよ! 相手の気持ちなんて!」


 私が感情を込めて演技をすると。


「はーい! カットォ!」


 監督がシーンの終わりを告げる。今は起用されたドラマの配役をしている。メインヒロインの仕事で。演技も結構慣れてきて、社会での評価も高い方だと自負している。そうして次のシーンを想定して演技の覚悟を固め、台本を改めて読む。もちろん台本のセリフは全部記憶しているけど。それとは別に、私にはミッションがある。スマホで画像を見る。そこにいるのは圧倒的なイケメン。それもスーツ姿の出来る男風の男子。


 佐倉マアジ。つまりマネージャーさんだ。


 彼を堕として、彼と寝て、アイドルとして破滅して佐倉コーポレーションの株価を下げる。そのことを私はミッションとして課されていた。


「はぁ」


 まぁ格好いいんだけど。好きになれるかどうかならなれるんだけど。そのことを納得していない自分がいて。


「はー……」


 なんで私は想ってもいない男子にアプローチしているんだろう?


 分かっている。姉さんの命令だということは。でも、それを私が納得するかは別問題で。


「最低かも……私」


 かもなんて要らない。正しく最低だ。でもこれが私にできる贖罪だから。姉さんがセンターに立って、そのせいで私に注目が集まり。見る見るうちに私はホシガリのセンターになり、社会は星空野モトネを忘れ去り、星空野シータを喝采した。姉さんの想いたるやいかばかりか。それは私には想像もできない屈辱だったのだろう。顔は似ているし、ホシガリに採用されているんだから姉さんだって十分可愛い。けど市場は私を選んだ。


「マネージャーさん」


 スマホを見て、溜息。


「シータちゃん大丈夫? 次のシーン行くよ?」


 恋愛ドラマの相手役。超人気俳優のイケメンが私を心配してくれる。こういう気遣いが出来るのは芸能界では重宝されるし、アイドル特有の私の演技の拙さも結構フォローしてくれている。そのことに感謝は覚えても、今の私は仕事に集中しきれていない。思考の片隅にマネージャーさんがいて、ジクジクと切り傷の様に苛んでいる。


「はい。カットぉ!」


 そうして集中を欠いた演技はあっさりとクリエイターにバレて、そのまま監督に怒られる。怒鳴るようなことはしないけど、婉曲にももっと集中してくれと嫌味っぽく言われる。さすがに最近は怒鳴り散らかすのもハラスメントになるので、仕事場での過度のストレスは抑えられているけど、それでも億円単位で金が動くテレビドラマを半端な形で納品するのはクリエイターにとって敗北も同然で。そうとわかって承認した仕事だ。であれば私としても全力でしたい。けれど……。


「すみません」


 ひとしきり嫌味を言われた後に、大丈夫かと聞かれた。答えた言葉がすみませんだった。今のコンディションでは現場の期待に応えられない。私のその心境を察したのか。監督もため息はついたが責めはせず。私が登場しないシーンの撮影を先撮りするように調整する。私のコンディションがガタガタなのは見ればわかるのだろう。であれば、私抜きで現場を進行するしかない。今日は野外撮影なので楽屋は無く。仕方ないので休憩にベンチに座った。ちょうど好都合にあったベンチは、今の私には有難い。


「大丈夫ですか? シータさん」


 専属のマネージャーがスポーツドリンクを片手に私を心配する。これでも結構ドラマの仕事はこなしているのだ。最初の方こそ恥ずかしい出来だけど、最近はうまく演技できるようになってきた。ただ今は別のことに囚われていて、現場にリソースが足りていない。


「珍しいですね。シータさんが弱気になるなんて」


 弱気、ね。不調でも失調でもなく弱気。ここら辺は流石に星空野シータの専属マネージャー。ちゃんと見られていることに喜べばいいのか悲しめばいいのか。


「んー。ゴメンね。監督に怒られちゃって」


 タレントのコンディション維持はマネージャーの仕事。私が弱気でいることをそのままにしていたのはマネージャーの不徳で、結果私だけじゃなくマネージャーまで怒られる。


「いえ、見逃していたことも含めて私の責任ですし。何か考えごとでも?」


「好きな人がいるって……言ったら怒る?」


「怒る……というか……止めなきゃいけないんですけど」


「だよねー」


 私は事務所のドル箱。どうあっても恋愛はNG。私のスキャンダルが発覚すればホシガリの五パーセント以上のファンがホシガリから離れるだろう。数十億円の五パーセントとなれば数千万。あるいは数億円。将来に稼ぐはずだった金まで含めると十億円を超える金額。それが水の泡になるのだから、どうあっても事務所は私の恋愛を認めない。


「ヲヒメちゃんが羨ましいな」


 同じ事務所の別タレント。桃野ヲヒメ。ディーヴァラージャは市場規模こそ小さいけど、逆に言えばスキャンダルも私ほど大仰ではない。しかも私と違ってマネージャーさんを真っ直ぐ思っている。単に佐倉コーポレーションを弾圧するためだけにマネージャーさんを誘惑している私とは立っている場所から違う。


「その……この際のスキャンダルはですね……」


 青ざめた表情でマネージャーが言うんだけど。こっちの事情を説明するわけにもいかないしなー。どーしたろ。


「もう番号とか交換したんですか?」


「まぁイラン程度なら」


「え? えー?」


 困惑はするよね。そりゃ。私もプロのはしくれだし。どういう感情をマネージャーが持っているのかは安易に想像がつく。


「シータさん。それだけは後生ですから……」


「うん。まぁ。事務所には迷惑かけるんだけど」


「私の会社での立場というものがー」


「一緒に地獄に落ちて?」


「無茶言わないでください! せめてマネージャー交代するまで我慢されてください!」


「あははー。そっちこそ無茶言わないで?」


 もう私の心は決まっている。マネージャーさんを篭絡して、エッチする。それをネットにアップされて破滅する。いいや。もう。そもそも何で私はアイドルになったんだっけ。こっちの努力を何も分かっていないファンから期待されて。同僚からは妬み嫉みの嵐。恋愛をしようにも社訓で禁じられ。現場ではディレクターに頭を下げ。他のアイドルファンはわざわざ私の握手券を買って説教に来る。こういう事が続くと、そもそも自分は何が嬉しくてアイドルを続けているのかもわからなくなってくる。


 金? 人気? 知名度? 称賛? 承認欲求?


 ここまでのストレスをため込んで。得られるのがソレ?


 いけないことだと分かっても自問自答せざるを得ない。頭がフラフラする。何やら眩暈がして、バランスが取れなくなる。手に持ったスポドリのペットボトルを取り落す。呼吸が苦しくなって、喉が酸素を取り入れようと必死になる。逆に二酸化炭素を吐きだしきれなくなる。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 息苦しい。フラフラする。胃がキュッとして、思考が働かない。


「シータさん? シータさん!?」


 倒れた私に聞こえた最後の言葉はマネージャーの心配。けれどそれに答える余裕は私には無くて。とりあえず重力に引かれて倒れ込む。苦しい。悩ましい。きついし、考えるのも面倒だ。とりあえず意識を手放そう。全ての話はそれからでいい。


「マネージャーさん」


 あの人にキスをして、股を開いて、媚びて、終わらせる。今まで築き上げた積み木を全部壊す全てをかけた私のスキャンダル。でも、思うんだ。なんで私がそんなことをしなきゃならないの? 姉さんのため? 坐古乃コンツェルンのため? そこに私の願いが含まれているの?


「あ……う……」


 思考だけがグルグルと巡る。私が破滅する必然性がどうしても見つけきれなくて、そればかりを最近考えている。このまま目を覚ますとドラマの撮影が待っているのだろうか?


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