第199話:姉妹の関係【星空野シータ視線】
「このバカ妹!」
憤怒の表情で私に詰め寄り、姉さんは私にビンタしました。私の名前は星空野シータ。星空野モトネは血を分けた私の姉だ。そして私たちは国民的アイドルグループ『スターガーリー51』の所属アイドルでもある。ただそこに至る経緯は複雑だ。最初にホシガリに入ったのは姉さんの方。その姉さんに憧れて私もホシガリに入った。星空野モトネの妹というステータスもあったのでしょう。あっさりとスタッフは私をホシガリに入れてくれました。そうして姉さんと一緒に人気が出るようにレッスンもライブも頑張って。そうして、そのまま五十人以上いる大規模グループの中で目立つのはやっぱり難しい話で。アイドルとして売れるということに固執した姉さんは、禁忌に手を出しました。
枕営業。
姉さんは事務所の親会社である坐古乃コンツェルンの御曹司、坐古乃キヤラさんと寝て、とあるニューシングルのセンターを獲得しました。私はそのシングルで隅っこで踊っていただけ。姉さんがセンターアイドルになったのは嬉しい事でしたし、この際枕営業にも何も言うつもりはありませんでしたし。姉さんが納得ずくで出世したいのなら、私から言えることはそんなにないと言うか。
ただ、人間に市場の推移が完全に読めないように、時に経済市場はカオス理論よりも不条理な数値を叩きだす。
『なんか星空野モトネに妹がいるらしいぜ』
『っていうか妹の方が可愛くね?』
『星空野シータかぁ。これは推せるな』
云々。
ニューシングルでセンターを取った姉さんが脚光を浴びたことで、その妹である私の脚光も浴びてしまい、そのままネットは私に沸騰。ホシガリのファンの数パーセントが私を推しにして、そのままセンターアイドルに。古参のアイドルも全部追い抜いて、以降私はスターガーリー51のセンターアイドルを担うことになる。
まぁそんなことになって何も起こらないわけもなく。
『この泥棒!』
姉さんは私に暴力を振るうようになりました。自分がセンターを務めたことで、自分ではなく自分の妹が脚光を浴びてホシガリのトップに相成る。そのことに悪感情を覚えないなら、それは聖人君主なのでしょう。
「あたし言ったよね? パーティーまでに佐倉マアジを堕とせって」
「ごめんなさい。でもマネージャーさん、私の色仕掛けにも乗ってこなくて……」
「言い訳を聞きたいわけじゃないの。あんたが佐倉マアジと寝ろって言ってるのよ。そうすればあんたはアイドルとして破滅して、佐倉コーポレーションの株価も下がるでしょ? そんなこともわからないわけ?」
姉さんが何を言っているのか。そこから私にはわからなくて。星空野シータと佐倉マアジがホテルに入るところを撮影して、星空野シータをスキャンダルにする。ついでに佐倉コーポレーションを潰す。そう言っているのだ。不可能だという方がまだしも理解できる。だってそんなことは不可能だから。私がマネージャーさんと会話した感じでは、彼にもわかっていた。自分がどういう立場で、どうすれば問題が起きて起きないのか。私が寝ようと言っても誘いに乗ってこないのは全て計算。彼は彼なりに自重を持っている。
「いいから寝るのよ! どんな手段を使ってもいいから!」
無茶を言わないでください。そう言えたらどんなにいいだろう。でもそれを言えないことを私はわかってる。枕営業をしてセンターを取ったのに、そのことが星空野シータの起爆剤になった。これほど姉さんを侮辱する事象は存在しないだろう。仮に私が坐古乃キヤラと寝て、そのことでセンターを取って、逆に姉さんがブレイクしたら悪感情も持てない。そういうチェス盤をひっくり返した思考を持ちだせば、姉さんの気持ちもわかるのだ。
「ちょっとエロい下着を着てビッチ風に誘惑すれば一発でしょ? そんなこともできないわけ?」
出来るならしている。というのが私の意見。そんな破廉恥な真似も出来ないし、するつもりもないし、ついでにマネージャーさんは乗ってこないと思う。
「とにかく佐倉財閥に不利益をもたらすの! そうしたら坐古乃キヤラがまたあたしをセンターに据えてくれるって……ッ!」
坐古乃コンツェルンはうちの事務所のスポンサー。実際に坐古乃キヤラはホシガリのアイドルを食っているとは聞く。実際に姉さんもしているし。もちろん私も誘われた。私は拒否したけど。無理矢理犯そうとしたら警察に連絡する。その様に脅しているので、坐古乃キヤラは私を抱くに至っていない。それでもあきらめていない様子だったけど、そこは日本の警察の優秀さにかけるしかなくて。そんな最低の人間の坐古乃キヤラに股を開いてアイドルとして大成しようとする姉さんの気持ちが私にはわからない。
一般的にレッスンをして、一般的に笑顔を振りまけばホシガリのセンターなんて簡単に取れるでしょ? と思うのは私が実力でセンターを取ったから言えるのかな?
実際に純利益で十億以上稼げると言われて、事務所の社長もゴマを擦って私の御機嫌をとることに私は何も思っていない。
「姉さんは……そこまでして……なんでトップになりたいの?」
「アイドルやってるならわかるでしょ? 日本で一番人気になりたいのよ」
そのためなら坐古乃キヤラにも股を開く? カメラマンに媚びて、マネージャーをこき使う?
「文句でもあるの?」
「ない……ですけど」
ビンタされた頬が痛む。私は本当に、なんで姉さんに暴力を振るわれているのだろう。
「とにかく佐倉マアジを堕としなさい。スキャンダルを起こすの。そしたらあんたはアイドルとして破滅して、佐倉コーポレーションにも損害が出る。あとは私の天下でしょ?」
そんな甘い話があるとは思えないけど。その杜撰な計画に私が乗る理由が無いんだけど、そう言えないのも私の悲しいところ。
「姉さん。もうやめよう? こんなことでセンターとっても意味無いよ」
「あんたは良いわよね? あたしをダシにしてセンターになったんだから」
姉さんが枕営業をして得たセンターで、私に注目が集まった。それは事実だ。
「でもこんなことは間違ってる」
「何? 反抗するの? そんなことできる立場?」
姉さんの目から光が消えた。いわゆるレイプ目。自分が輝くはずだった奇跡を妹が奪って、当然のように輝いているのだから、その嫉妬の感情はいかばかりか。
「調子にのってるわよね。うん。これは」
「ごめんなさい」
さらにビンタしようとする姉さんに、私は縮こまって許しを請う。私が悪かったのだ。姉さんを差し置いてホシガリのセンターになったのだから。あのまま、誰も知らないホシガリの一アイドル程度で頑張っていればこんなことにはならなかった。だというのに、思ったより社会は星空野シータに食いついた。私には望外の幸運で、同時に望外の不幸でもあった。アレ以降、私の姉さんは壊れてしまって、私は暴力を振るわれ、姉さんに謝るばかりの毎日。どこで間違ったのか。何がいけなかったのか。そこからわからない。
「ごめんなさい……」
「分かってるなら佐倉マアジを抱きなさい。そうしてスキャンダルを提供するの。それしかあんたに許された行為は無いから」
わかりました。そう言えるのは簡単だ。マネージャーさんを性的に誘惑して、そのまま寝ればいい。けれどそれが私にはどうしても難しくて。もうわかっている。マネージャーさんは自分の立場を完全に理解して、だからアイドルと寝ることをしない。そこの一線を強烈に引いている。であれば私の誘惑も意味がないだろう。
「せめて姉さんが色仕掛けするとか……」
「したわよ。でも乗ってこないんだからしょうがないじゃない」
その無理なことを私に強要する意義がわかんないんだけど。
「あんた。あたしを差し置いてセンターになったからって調子のってるんじゃない?」
「そんなことは……ないです」
真っ当に言えているのかは、やっぱりわからなかったけど。
「とにかく坐古乃キヤラが求めてるのは佐倉コーポレーションのスキャンダルなわけ。それを最も効率よく演出できるのはあんたでしょ?」
「は……い……」
そのために、私は好きでもない男に股を開かなければならない。ただ私がアイドルとして破滅して、佐倉コーポレーションの株価を下げるというそんなくだらない事のために。




