第191話:歌詞に毒の花ってどうなの?
「マアジちゃーん♡!!!」
平日。そろそろ春休みも突入しようかという、そんな時期。三学期の期末テストなんてとうに終わっていて。俺も来年度から二年生かーと思いつつ。別に留年するほど頭が残念な仕様でもなく。とにかく今日はルイとタマモ、それからリンゴが俺と一緒に飯を食っていた。夕餉だ。ちなみにネバネバ丼にした。オクラとヤマイモとナメコと色々と。なんていうか悪食文化って各国にあるけど、日本も中々他国のことを言えないよな。仮に俺が初めて納豆を発見した日本人だった場合、何の躊躇もなく投げ捨てているはずだ。そのネバネバ丼を食って、インスタントスープで口内をスッキリさせ。後は皿洗いをしつつお湯が沸くのを待ち。女子が先に。俺が後で。そう言う順番は既に言う必要もなく決まっているので、今更論じることもないのだが。
「むぎゅ」
その俺の部屋に突撃隣のパイコーハンとでも言わんばかりに現れた女性が、そのまま俺に抱き着いた。
「マアジちゃんマアジちゃんマアジちゃん~♡」
「あー」
「…………あー」
「むぅ」
ルイとタマモはわかっていますよ。リンゴは事情は知っているが、吞み込めるものでもない、という表情。一応彼女がエンタメプロの大株主であることは知っているが、だからと言って俺に馴れ馴れしくすることを肯定するのは心にブレーキがかかるらしい。
「で、なんだ。サヨリ姉」
佐倉サヨリ。俺の姉で、オーバリスト。俺に遠慮なく抱き着いてくるのはブラコンだからというのもあるが、もっと深刻に、彼女がこういうコミュニケーションを取れるのが俺だけという事情もある。毒のオーバリスト。彼女の体液は神経毒になっており、一般的に触れるだけで死にかねないレベルの扱いの難しい人間だったりする。俺はナトリウムチャネルが人とは違うのでサヨリ姉に抱き着かれても死にも苦しみもしないが、一般人の場合は最悪死亡する。
「何か用事でも?」
「用事はあるけどマアジちゃんを愛してるのは事実だよ」
さいですか。俺はヒトキリススキを体内から取り出して、リンゴの放った繊維を切った。
「自重しろ」
「でもマアジが……」
「サヨリ姉は究極的に俺の味方だ」
アユとはそこが違う。
「むー」
「あと大株主だからな?」
少なくともエンタメプロの所属でサヨリ姉に逆らえる奴はそういない。ヒトキリススキを引っ込める。こういうエルフの能力って便利だよなー。
「マアジちゃん。好き。結婚しよう?」
「まぁサヨリ姉がどうのこうのって意味で受胎するとゴータマかキリストでも孕まないと産まれそうにないのは事実だが」
体液が毒という時点で、そもそも生命が育まれるのかが微妙。
「そこはほら。ミストルテインの適合率の高いマアジちゃんの遺伝子で」
赤子の内から植物寄生させるつもりか。
「で。冗談はともあれ」
「冗談かどうかはお姉ちゃんが決めるからね?」
ともあれだ。
「何しに来たので?」
「それなんだけどー。パーティーするから来てって。ホテルから」
「ホテル?」
「まぁロイヤルでスイートなアレなんだけど。お姉ちゃんも忘れる程度には少額出資したホテルが完成したから記念式典をするとか何とか」
まぁサヨリ姉のいう少額を俺たちの基準で当てはめてはいけないのだろうけど。数千万程度は出資したのだろう。さすがに五十億を超えたら憶えているだろうし。
「で、ほら、お姉ちゃんって人見知りじゃない?」
どの口でほざくのか。欧州の財閥とM&Aで買収沙汰を起こしている人間の言葉とは思えない。
「だからぁ。お姉ちゃん不安だからマアジちゃんも同行して?」
「えーと。日程による」
春休みはオメガターカイトのイベントライブがあるので、場合によっては行けない。俺にとっては佐倉財閥よりオメガターカイトの方が優先順位は高い。だが聞かされた日程は今のところ予定もなく。
「おねがぁい♪ 一緒に来てくれたら何でもお願い聞いてあげるから」
「今のところサヨリ姉に頼りたいことは無いから、まぁ貸し一つで」
「やた。じゃあ当日はよろしくね?」
「さっさーい」
ホテルの式典パーティーねぇ。経営者もホテル王とかそんなレベルなのだろう。一人で幾らでもホテルは建てられるがリスク分散を計算して、資産家に声をかけて新しいホテルを。サヨリ姉としても無駄金を使うわけにはいかないが、顔見知りにノーとは言えず、株主総会で提起されない少額だけ出資したってだけなのだろう。実際のところは知らないが。
「じゃあ今日は一緒に寝ようね!」
「すみませんそれだけはー……」
ただでさえサヨリ姉の扱いは慎重にならざるを得ない。ベッドに汗の染みでも浸み込めば、どういう結論になるのか。火を見るより明らかだ。火の方が明るいけど。
「えー。お姉ちゃんはこんなにもマアジちゃんを愛しているのに」
「それには感謝していますよ」
実際にサヨリ姉に救われている部分もあるのだ。家族ではあるし、蔑ろには出来ようはずもない。精神的に無害だが、物理的に有害なサヨリ姉。逆に精神的に有害だが、物理的に無害なアユ。どちらがいいのかは安易に比べられない。
「父者は来るのか?」
「来るよー。っていうかそっちから話が回ってきたし」
そりゃそうか。財閥総帥の頭を飛び越えてサヨリ姉に直接話をするのも摩擦が発生するしな。
「じゃあね! 約束だよ! 破ったらセインボーンに依頼するからね」
止めて。シャレになってない。
「嵐のような人だぞ」
「アレでアッパー系のクスリをキメてないってんだから凄いよな」
ルイの表現した嵐のような人……も大げさな比喩ではない。
「ところで大丈夫だぞ?」
一応ルイとタマモは他のメンバーよりサヨリ姉のことは知っているし、その上での警戒なのだろうけど。
「毒の痕跡を残すほど甘い姉貴じゃないよ。そこは信用してる。まぁサヨリ姉に関わって死んだらフグ毒に当たったとでも思って死んでくれ」
それ以上の贈る言葉が俺から思いつかない。
「本当に毒なのか?」
同席していたリンゴが聞いてくる。
「まぁ。なぁ。手を出すなよ」
「俺のテスタメイトに……」
「ましてサヨリ姉に触れた繊維を体内に収容するなよ?」
「それほどか」
少量なら問題ないが、その少量にも限度はある。サヨリ姉の毒の致死量が一般的なフグ毒のそれと比べると比較するのもバカらしい。よくもまぁアレで佐倉コーポレーションの取締役社長をやれているのか。秘書さんも命懸けだ。
「先に風呂に入れ」
「マアジぃ。一緒にだぞ……」
「今の俺に触れるとマズいぞ」
さっき思いっきりサヨリ姉に抱きしめられたからな。
「…………マアジは抱きしめたし……命は惜しし」
タマモの言葉が全てを表わしていると言っても過言ではなかった。




