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広場から聖地へ、村から世界へ

 ——決闘の日から、一年が過ぎた。


 村の景気と風景は、あの日を境に劇的な変貌を遂げていた。 カイトが村人たちに叩き込んだ「体幹の意識」や「運動の連動(キネティックチェーン)」は、単なる野球の技術にとどまらなかったのだ。


「自分たちの身体は、こんなにも動かせるのか」


 その知覚を得た狩人たちは、本来のポテンシャルを爆発させた。弓を引き絞る背筋、槍を突く腰の回転、獲物を追い詰める足さばき。それらが完璧に連動し、さらにはチームプレーによる効率的な追い込みによって、狙った獲物を逃さなくなった。村には上質な肉と皮が安定して供給されるようになった。


 変化は農作業にも及んだ。 コンディショニングと休養の大切さを知った村人たちは、腰や膝を痛めない合理的な農作業フォームを身につけ、疲労を最小限に抑えながら以前の倍以上の作業量をこなせるようになった。


 そしてその年、村は王国を揺るがす「事件」を起こす。


 騎士団との決闘で勝利し、帳消しとなったはずの「年貢」を、村人たちは自らの意思で領主のもとへ納めに行ったのだ。


「免除されたから払わないのではない。我が村は自立した豊かな村だから、正々堂々と納めるのだ」


 誇りと威厳を取り戻した村人たちの姿に、レプス領の領主も王国の役人も開いた口が塞がらなかった。


 さらに、納税の確認と村の視察のために訪れた魔法騎士団隊長の姿は、村人たちを驚かせた。右肩の傷も癒えた隊長は、村長の前で深々と腰を折り、


「そ、村長殿……本日は、王国の代理として……狩猟制度の改定について伝え参った……」


 ぎこちなく、必死に丁寧な敬語を使おうとしていたのだ。かつて無知な村人だと蔑んでいた男が、今やこの村を敬意を払うべき「自立と鍛錬の聖地」と認めていた。


「それと……カイト殿にも伝えておけ!」

 

 帰り際、負けず嫌いの隊長は急にいつもの威圧感を取り戻し、不敵に叫んだ。


「次に会った時は、肩を完璧に治した私の最高の投球を受けてもらう、とな!!」


 ◇


 かつて泥まみれで魔法騎士団と死闘を繰り広げたあの広場は、今や見違えるような姿に変貌していた。


 ここはもう、あの日の広場ではない。


 美しい芝と均一に整えられた土のグラウンド。 ボブの特大弾を意識して高く設置された木製の外野フェンス。 得点を刻む巨大な手書きのスコアボードと、熱気あふれる木製の観客席。 そして、その正面エントランスには——誰がどうしてそうなったのか、豪華絢爛な彫刻が施された巨大な神殿が鎮座していた。


 ボブの放った規格外の柵越え弾や、魔法の炎すら打ち砕いた「球聖たちの技」が周りの地域で尾ひれをつけて語り継がれ、いつの間にか『破壊の神の神殿』として祀られてしまったのだ。


「ここは『ベースボール・スタジアム』だ!」


 とカイトが何度説明しても、村人たちは「破壊神の威光を称える聖地」として立派な神殿を建造してしまったのだった。


 ◇


 その頃、天界の水晶玉の前で…


「なんでベーブ・ルースの神殿が建ってんのよぉぉぉ!?」


 勝利の女神ニケが、神殿の床をバンバンと叩いて転がり回っていた。


「おかしいでしょ!? 奇跡の逆転勝利に導いたのは勝利の女神である私でしょ!? なんで筋肉モリモリアメリカ人の像がエントランスに飾られてんのよ! 私の神殿を建てなさいよ神聖視するならまず私でしょうがぁぁ!!」


 女神の叫びが神殿に虚しく響き渡る中、地上ではスタジアムの完成式典が執り行われようとしていた。


 ◇


「——この場所から、我々の新しい歴史が始まるのです!」


 村長の力強い宣言とともに、スタジアムを埋め尽くした超満員の観客から、割れんばかりの歓声と拍手が沸き起こった。


 完成式典の目玉として企画されたのは、言わずもがな——【村チーム vs 魔法騎士団】の特別親善試合だった。


「行くぞ野郎ども! 手加減なしだ!!」


 お揃いの新調されたユニフォームに身を包み、グラウンドへ飛び出してきたのは隊長率いる騎士団だ。かつての殺伐とした空気は微塵もない。泥にまみれてボールを追う楽しさを知った彼らの顔には、一人の「アスリート」としての晴れやかな笑顔があった。


「カイト様、僕たちも行きましょう!」

 

「おう、最高の試合にしようぜ!」


 レオ、ボブ、トニー、リドリーたち村チームの面々がグラウンドへと駆け出していく。


 ベンチでは出番を待つ控えの村人や子供たちが声を張り上げ、マウンドでは隊長とカイトがニヤリと笑い合いながら拳を交わした。


「野球」という競技は、ただの生存の手段から、人々が集い、笑い、熱狂する「文化」として、この地にしっかりと根を張りだした。


 ◇


 試合を観客目線でも見ようとスタンドの最上段から、カイトは観戦をはじめた。


 そこにいるのは、村人たちだけではない。 噂を聞きつけて集まった同じレプス領のほかの村の住人、遠方から訪れた商人、甲冑を着た魔法騎士団の他部隊、さらには豪華な服を纏った貴族らしき人物までが、目を輝かせて試合に見入っていた。


「……おい見たか? あの白い球を棒で打つ動き……あんな身体の使い方があるのか」


「あの『べーすぼーる』という競技……我が領地でもできるのではないか?」


「ルールブックと道具の製法を、あの村から買い取らねば……!」


 観客たちの興奮した囁き声が、風に乗ってカイトの耳に届く。


 カイトは手に持ったボールの縫い目を指先で確かめ、青く澄み渡る異世界の空を見上げた。口元にはどこか誇らしげな笑みが浮かぶ。


「……どうやら、俺たちだけの遊びじゃなくなってきたな」


 魔法を持たない村人たちが巻き起こしたベースボールの旋風は、一筋の閃光となって、この世界全体へと広がり始めていた。


(一章・完 / 二章へ続く)

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