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勝利の女神はどちらに微笑む

【9回表:村4ー3団】


「あとスリーアウト……! スリーアウト取れば、僕たちの勝ちだ!」


 1番セカンドのレオが喉を枯らして仲間たちに叫んで鼓舞する。1点リードで迎えた最終イニング。だが、フィールドを包む空気は、勝利の予感どころか息の詰まるような緊張感に満ちていた。


 マウンドに立つトニーの額から、大粒の汗が垂れ落ちる。 8回からマウンドを引き継ぎ、スライダーで凌いできたが、魔法騎士団の面々の顔からはまだ戦意が消えていなかった。


「諦めるな!1点差だ!王国を護る魔法騎士団の意地と誇りを見せつけるぞ!!」


 右肩の激痛に顔を歪ませながら、ベンチで無理を押して叫ぶ隊長。無理やり右手を突き上げて部下たちを鼓舞していた。その目には、勝利への執念がメラメラと燃え上がり、より一層団結している。


「「「おおおおおぉぉぉ!!!」」」


 初回の脳筋ぶりはどこへ行ったのか。数多の修羅場をくぐってきた騎士たちの、恐ろしいまでの粘り強さだった。


 ◇


 先頭の3番打者がバッターボックスに入る。 トニーが放った鋭いスライダーに対し、打者は強振を捨て、手元まで引きつけて泥臭く三遊間へ叩きつけた。


「くっ……!」


 途中からショートに入ったリドリーの差し出したグラブの頭上を僅かに越える、執念のレフト前ヒット。無死一塁。


「繋がったぞ! 次へ繋げ!!」


 そして、続くバッターボックスに向かったのは——4番の隊長だった。


「交代しないのか……!?だが、あの肩じゃ振れないだろう……」


 無理を押して打席に立つ隊長を見て、村のベンチがざわめく。 隊長は痛む右肩を庇いながら、バットを構えた。だが、いつものような大振りで魔力を爆発させる構えではない。


(クソッ……腕が上がらん……!フルスイングすれば球に当てることすら怪しい。だが、俺は隊長だ! どんなに格好悪かろうと、後ろに繋いでこのランナーをホームへ近づける……!)


 隊長が選んだのは、「バント」だった。野球の戦術と知ってではなく、 ただ「今のボロボロの肩と腕で、確実にボールの勢いを殺して目の前に転がすにはどうすればいいか」を必死に考え抜いた末の、野性的な答え——バットを両手で横に保持し、ボールに当てるだけの姿勢だった。


「な……なんだあの構え!?」


 トニーが投げ込んだ直球に対し、隊長は身を乗り出し、バットの面でそっと勢いを殺すように球を前に転がした。


 ポンッ……


「なにっ!?」


 不意を突かれた打球は、ピッチャーとサードの絶妙な中間に転がる。トニーが慌ててダッシュして捕球し、一塁へ送球してワンアウト。しかし、その間に一塁走者は確実に二塁へと進んでいた。


 これまで勢いに任せたスイングしかしてこなかった隊長が、勝利への執念だけで辿り着いた「送りバント」だった。


 一死二塁。一打同点の絶体絶命のピンチ。


 広場を埋め尽くす村人たちから、祈るような悲鳴が漏れる。


「カイト様……! 相手、なりふり構わず勝ちに来てます……!」 レオが拳を握りしめて震える。


「ああ……認めるしかないな」


 カイトの目が鋭く光る。


「大振りを捨て、泥臭くランナーを進める手段を自力で見つけ出した。今のあいつらは、紛れもなく俺らと同じ『ベースボールチーム』だ!」


 ◇


 打席には魔法騎士団の5番打者。トニーは大きく息を吐き、指先に全神経を集中させる。


(低め……低めへ投げ込む……!)


 手元で鋭く曲がるトニー渾身の一球。だが、打者は振り抜かなかった。極限まで短く持ったバットで球を捉え、右方向へ流し打った!


 カツンッ!!


「ライト前ッ!!」


 低いライナーがライト方向へ飛ぶ。二塁ランナーの騎士は、打った瞬間に三塁を蹴って爆発的な加速でホームへと突っ込んできた!


「回れ回れぇぇぇ!! ホームへ飛び込めぇぇ!!」


「同点か……!?」


 村人たちが頭を抱える。ライト前に落ちた球を拾って投げても、ランナーの足が勝つ。誰の目にも、同点は免れないように見えた。


 ——だが、その瞬間。


「負けるかぁッ!!」


 誰よりも早く、打球の軌道へ一直線にダッシュしていた男がいた。 6番ライトのフィンチャーだ。狩人としての野性と鋭い足さばきで、普通の野手なら二度ほどバウンドさせてから処理する打球を、最短距離で走り、ワンバウンドで捕球した!


「レオ!!」


 フィンチャーが叫ぶと同時に、中継(カットマン)として爆風のような俊足で飛び込んできたのは、セカンドのレオだった!


「来いッッ!!」


 フィンチャーからの鋭い送球がレオの胸元へ収まる。 レオは捕球した勢いを殺さず、そのまま身体を半回転させた。


(足から……腰……そして腕へ!! カイト様に教わった送球で!!)


 チーム一番の俊足とバネを持つレオの全身が連動し、解き放たれる。 レオの腕から放たれたボールは、地を這うようにホームベース上へ一直線に伸びていった!


「な……なにぃ!?」


 ホームへ猛スピードで滑り込んでくる騎士。 対するは、どっしりとホームベースの前に立ちはだかる男——4番キャッチャー、ボブ!!


「来いでゴワスぁぁぁぁぁ!!!!」


 レオの鋭い送球が寸分狂わずボブの構えるミットへバシィィィンッ!と突き刺さる。 その直後、猛タックルのような滑り込みを見せる騎士の身体が突っ込んでくる!


 激しい砂煙がホームベース上を完全に覆い尽くした。


 沈黙が続いた。


 広場全体が、息を止めて砂煙の向こうを見つめる。


 煙がゆっくりと晴れると—— そこには、突進してきた騎士の体当たりを微動だにせず受け止め、ボールを握ったミットを騎士の足元へガッチリと押し当てているボブの姿があった。


 村長審判が、全身の力を込めて右手を握りしめ、空を割るような大声で叫んだ!


「タッチアウトッッ!!! ゲームセットぉぉぉぉぉッッ!!!!」


「「「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉッッ!!!!」」」


 爆発的な歓声が村全体を揺らした。


「勝った……! 勝ったんだ……!!」


 ピッチャーのトニーとショートのリドリーが抱き合い、セカンドのレオ、ライトのフィンチャー、そしてホームを守り切ったキャッチャーのボブのもとへ、村人たちが一斉にグラウンドへと雪崩れ込んでくる。


 ボブの一撃で勝ち越し、最後はチーム全員の「連動」で1点を守り切った、泥臭くも完璧な勝利だった。


 ◇


「く……くそ……俺たちが……魔法を持たぬゴミ屑どもに……」


 試合終了後、グラウンドに膝をつき、激痛の走る右肩を押さえて悔しそうに顔を歪める隊長。無理をし続けた右腕はもうまともに動かない。


 そこへ、カイトが静かに歩み寄ってきた。


 カイトは氷と冷水を入れた皮袋を隊長の右肩に当て、慣れた手つきで包帯で固定し始めた。


「貴様なにをする……!」


「アイシングだ。冷やせ。無理な手投げで高負荷の魔力を流し込んだせいで、肩の筋肉と関節にかなり負担をかけている。……すぐに冷やして休ませないと、二度とまともに腕が振れなくなるぞ」


「お、お前に情けをかけられる筋合いは……!」


「情けじゃねぇよ」


 カイトは不敵に笑った。


「お前ら、最後はいい『ベースボール』をしてたぜ。泥臭く繋ぐ打ち方も、勝利への執念も本物だった。……肩が治ったら、またやろうぜ。今度はちゃんとした投球フォームを教えてやるよ」


 隊長は毒気を抜かれたように目を見開き、フンと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。


「……勝手にしろ。次は……次は絶対に負けんからな!」


 悔しがりながらも、どこかやり切った表情で引き上げていく魔法騎士団。彼らの背中には、もう村人を見下すような空気は一切なかった。


「カイト様……!勝利の女神が僕たちに微笑んだんだ!!」


 ボブやレオ、リドリーたち村人チームがカイトを囲み、彼を宙へと担ぎ上げた。 胴上げの輪の中で、カイトは青く澄み渡る異世界の空を見上げた。


 魔法を持たない村人たちが、自分たちの身体と仲間を信じ、スポーツ科学とチームワークで魔法を打ち破った。 異世界における「野球」の物語は、ここから本当の歴史を刻み始めるのだ。


 ◇


 その頃、天界の水晶玉の前で。


「全員野球で守り切るとか、どんだけ王道で激熱なスポーツ漫画やってるのよぉぉぉ!!」


 勝利の女神ニケが、嬉し涙と鼻水で顔をグチャグチャにしながら絶叫していた。


「っていうか私、最初からカイトが勝つって信じてたからね!?ずっと応援してたからね!!」


 調子のいいポンコツ女神の叫び声が神殿に響き渡る中、異世界のグラウンドには、いつまでも温かな勝利の歓声が鳴り響いていたのだった。

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