力みを捨てた主砲
【7回表終了時:村2ー2団】
同点に追いつかれ、広場を包む空気は緊張に包まれていた。 騎士団は隊長のホームラン取り消し(二塁踏み忘れ)という珍プレーに一瞬呆気にとられたものの、部下たちの泥臭い結束で1点をもぎ取り、完全に勢いに乗っていた。
◇
7回裏、村チームの攻撃。
「さぁ試合はまだまだこれからだ!取り返していくぞ!」
ベンチのカイトが声を張るが、マウンドの隊長が放つ過剰な魔力の威圧感は増すばかりだった。右肩の痛みを過剰な魔力で強引に麻痺させ、死に物狂いで球を投げ込んでくる。
先頭の8番トニーが力強く振り抜いた鋭い打球は、ファーストを守る騎士のミットへ一直線。惜しくも正面をつくファーストライナーに倒れる。 続く9番リドリー、1番レオも、隊長のなりふり構わない力押しの球にねじ伏せられ、連続三振に倒れた。
「ハア、ハア……どうだゴミ屑ども!どんなに足掻こうと、俺様のパワーの前には無力なのだぁ!!」
マウンド上で吼える隊長。だが、カイトの目は見逃さなかった。球を投げるたび、隊長の右肩からドス黒い魔力の粒子が不自然に漏れ出し、投げ終えた後に一瞬だけ表情が歪むのを。
(……無理に魔法で肩を固めて投げてやがる。もうそろそろ限界なんじゃないか?だが、今は目の前のイニングに集中だ)
◇
8回表、魔法騎士団の攻撃。
先発のリドリーはスタミナの限界を迎えていた。正しく下半身を使って投げていたとはいえ、未知の競技で7イニングを投げ抜いた疲労は隠せない。
魔法騎士団は短く持ったバットで泥臭く球に食らいつき、内野安打と盗塁を絡めて泥まみれになりながら本塁を陥えた。
【8回表:村2ー3団】
ついに、魔法騎士団に勝ち越しを許してしまう。なおもノーアウト一、二塁。
「カイト様……ごめん、もう腕が……」
息を荒らげるリドリーに、カイトはポンと肩を叩いた。
「よく投げた、リドリー。お前のおかげでここまで戦えた。……ピッチャー交代だ!」
カイトがマウンドへ送り出したのは、ショートを守っていたトニーだった。リドリーはマウンドを降り、トニーに代わってショートへ回る。
「トニー、お前の出番だ。球速はリドリーと変わらないが、お前にはアレがある」
「へへっ、任せてくださいカイト様! 兄ちゃんの分まで投げ切ってみせます!」
トニーの武器は、手首の異常な柔軟さから出る無自覚な「スライダー」だった。変化球という概念すら知らない魔法騎士団の打者たちは、手元でキュッと横に滑り落ちるトニーの球にことごとくバットの空を切り、三振と内野ゴロで打ち取られた。
トニーの見事な火消しにより、追加点を許さず【村2ー3団】のまま8回表は終了した。
◇
そして、8回裏。村チームの攻撃。
残された攻撃は、あとふたつ。
「落ち着いていこう。繋げば必ずチャンスは来る!」
先頭の2番ノーランが、相手投手の乱れを見逃さず食らいつき、フォアボールを選んで一塁へ出塁する。 しかし、続く3番コンドンは渾身の魔法投球に力負けし、空振り三振。
ワンアウト一塁。
ここで、打席に向かう男がいた。 チームの主砲、ボブだ。
「…………」
無言で木製バットを握りしめ、バッターボックスへと足を進める。その背中は、これまでのどの打席よりも静かだった。
(ワイは……ずっと間違っていたでゴワス)
ボブの脳裏に、これまでの失敗が走馬灯のように駆け巡る。
カイトに出会い、野球を始めたあの日から、自分は「主砲だから」「力があるから」と肩に肘に全身に力を込め、ただ丸太のようにバットを振り回すだけだった。
マウンド上の隊長を見る。過剰な魔力を全身にみなぎらせ、「俺には魔法がある!だから俺が勝つ!ヒーハー!!」とボブに向かって叫んでいる。
(あの騎士様と、今のワイは何が違うでゴワスか……?)
違う。そうじゃない。 自分には力がある。この村の誰よりも恵まれた体格と、腕力がある。
(でも——パワーだけじゃダメでゴワス……)
力に頼れば、体幹はブレる。力に任せれば、タイミングは狂う。余計な力を抜き、必要な瞬間だけ力を伝えて初めて、自分が持っている本当のパワーが「ひとつの点」として結実するのだと、カイトは最初から教えてくれていたではないか。
「ボブ!」
ベンチからカイトの声が届く。
「自分を信じろ!今までの練習は、お前を裏切らない!1か月間頑張ってきたじゃないか!!」
ボブは深く、静かに息を吐き出した。ガチガチだった肩の力を抜き、下半身をどっしりと地面に根張らせ、軸を意識した。
マウンドの隊長が、顔を血走らせて叫んだ。
「死ねぇぇぇ!棄民の木偶の坊がぁぁぁ!!」
放たれたのは、この日最速、155キロを遥かに超える炎の魔法球。一直線にボブの懐へ迫ってくる。
ボブの目が、澄み渡る。
(……力を抜くでゴワス…足から……腰へ…… カイト様が言ってた……身体全部で打つ……!)
足元からの踏み込みが、腰の回転を生み、体幹を捻り、脱力した腕としなるバットへと連動する。キネティックチェーン——運動で身体全体が連動し、ボブの持つ規格外の怪力と完璧に融合した。
ドンッ!!!!
それは、球を打った音ではなかった。大砲が至近距離で炸裂したかのような重低音が、広場全体、そして村を取り巻く森全体を激しく揺라した。
「な……!?」
隊長の手から、炎が消えた。騎士たちが、村人たちが、息を呑んで上空を見上げる。
打球は上がったのではない。弾丸のような直線となって青空を引き裂き、木で作られた外野の柵を遥か上空で飛び越え、茂みへ向かって一直線に飛んでいったのだ。
消えた。ボールが見えないほどの飛翔。
「……あぇ」
隊長がポカンと口を開けてその軌道を見つめていた。
「入った……入ったぁぁぁぁ!! 逆転ツーランホームラン!!!」
村長は審判の責務など忘れて、裂けんばかりの声で手を突き上げた!
「「「うおおおおおぉぉぉぉぉぉッッ!!!!」」」
地鳴りのような村人達の大歓声が沸き起こる!
だが、ボブは浮かれなかった。落ち着いた足取りで一塁へ走り出し、各ベースをしっかりと足の裏で踏み締めた。三塁ベースを踏み、カイトと強く目を合わせ、そして最後にホームベースを両足でしっかりと踏み抜いた。
完璧で、美しい正真正銘、異世界初の『公式ホームラン』だった。
【8回裏終了:村4ー3団】
逆転。主砲ボブの一撃が、ついに試合をひっくり返したのだ!
◇
その頃、天界の水晶玉の前で。
「うそでしょおおおぉぉぉぉ!!?」
勝利の女神ニケが、頭を抱えて叫び転げ回っていた。
「あんなに力んでたのに綺麗にホームラン打っちゃったわよ!なにあの弾丸ライナー!?物理法則が魔法に勝っちゃったわよ!!」
女神の絶叫が神殿に響き渡る中、ベースボール決闘はいよいよ運命の9回表、最終局面に突入しようとしていた。
8回表の選手交代
一番 セカンド レオ
二番 ファースト ノーラン
三番 ショート コンドン
四番 キャッチャー ボブ
五番 サード ルーカス
六番 ライト フィンチャー
七番 センター スコセッシ
八番 ショート トニー (途中からピッチャーへ)
⇅
九番 ピッチャー リドリー (途中からショートへ)




