【四章:レーシング編】鉱山盆地の機械都市
タウルス領をあとにして北へ進んだカイトは、険しい山岳地帯を越え、新たな土地へと足を踏み入れたのは夕暮れ時だった。
目の前に広がっていたのは、周囲を険しい鉱山と山々に囲まれた広大な盆地だった。盆地の中央には、驚くほど透明度の高い巨大な湖が存在し、その湖を取り囲むように複数の町が美しく発展し、明かりを灯している。
町に入ると、あちこちの鍛冶場からリズミカルな金属音と熱気が響き渡っていた。職人たちが炉の前で汗を流し、工房では王国内の流通品の大部分を占めるといわれる時計や眼鏡などの精密機械が丁寧に製造されている。
さらに、これまでの領地ではほとんど見かけなかった光景があった。
小型の乗り物——地球でいうスクーターのような物や、富裕層向けの小型四輪車が、街路を軽快な音を立てて行き交っているのだ。
(すげえ……ここは完全に「工業の町」だな。精密機械から金属加工まで、技術レベルが段違いに高い……)
カイトがその発展した技術力に感心しながら宿を探していると、商人の男が声をかけてきた。
「あ、宿をお探しですかな? 白鳥の看板を掲げた宿なら、どこも同じくらいの値段と質ですよ」
「あぁあ! ありがとう! それと……単刀直入で申し訳ないんだが、この領地で困ってる事ってあるのか? 素晴らしい発展度だし、あまり困っているようには見えないんだが……」
「いやぁ、アウリガ領は確かに技術の都として誇らしいですが……夜になると、どこからともなく『爆音』を響かせる連中が現れて……そのぉ……街中を猛スピードで走り回るもんだから、住民たちは夜もまともに眠れやしないんです」
(暴走族が異世界にもいるのか…… この反応からして町としても汚点に感じてるんだな……)
商人の言葉通り、その日の夜。カイトが宿の窓から外を眺めていると、静まり返った街の空気を切り裂くような、轟音と金属音が響き渡った。
ヴォオオオーーーーーーーッン!! ガララララッ!!
猛烈な勢いで駆け抜けていく影を追うと、そこにはスクーターや四輪車を自分好みに改造した若者たちの姿があった。彼らは魔道石の出力を無理やり引き上げ、排気口などに鉄製の管を後付けすることで、意図的に強烈な爆音を発生させていたのだ。
「なんだ!! 思ってたよりもでけぇ音だな!!」
「馬鹿者どもぉぉぉ!! 静かにせぇぇぇ!! 子供が起きるじゃろぉぉぉ!!」
宿の向い側にある工房からヘパイス商会の長——老婦人・アイテルマが暴走族に向かって叫んでいた。
「お? そこの妙ちくりんな恰好をしてるアンタ。タウルスの坊やが手紙で寄越したのはアンタのことだね。宿じゃなく家に泊まりな。夕飯は食べたのかい?」
「いや、まだ食べてないんだ。山を越してきたせいで腹ペコだったんだよぉぉ…… お言葉に甘えてもいいのか?」
「タウルスの坊やの頼みだからね。好きに食べな。1階は工房兼商会の事務所、2階と3階が我が家だよ。アンタは3階の隅の部屋を使いな」
アイテルマの家族たちと夕飯をともにしていると、アイテルマから相談を受けた。
「アンタ、悩みを『スポーツ』とやらで解決してるんだって? 素晴らしいじゃないか。あの愚か者たちが毎晩起こす騒音には、私も頭を悩ませてるのさ。どうか、あのバカたちに厳しくお灸を据えてやっておくれまいか」
アイテルマの頼みに、カイトは腕を組みながら首を横に振った。
「いや、頭ごなしに怒鳴りつけても反発するだけだと思うぞ。あの改造車と暴走族を見てくるよ」
カイトが不良たちの駆る改造車を間近で観察すると、驚くべきことに気づいた。
彼らは単に迷惑行為を楽しんでいるわけではない。エンジンと思しき部分の出力をどう高めれば速度が出るか、どう配管をいじれば効率よく排気できるか——機械の構造を徹底的に研究し、自分たちの技術と知恵をそこにぶつけていたのだ。
少なくとも、ただ目立ちたいだけじゃない。機械そのものに夢中になっているようにカイトの目には映った。
(なるほど……。この情熱を、ただ抑えつけるのはもったいない……)
カイトの脳裏に、一つのアイデアがひらめく。禁止するのではなく、その行き場のないエネルギーを別の方向へ向かわせる——それこそが、彼の得意とするやり方だった。
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なんとか北の山を通過した頃からカイトを水晶玉から見守っていたニケは、弟で力と強行を司る神・クラトスと一緒に覗いていた。
「ねぇさん、彼らの車凄いよ!! 推進力とは別に魔道石から無駄なエネルギーを使ってまで、あそこまで音を出す工夫をしているなんて! 凄い凄い!!」
「はぁ…… あんな鉄の塊が動いたからって何だっていうのよ…… 推進力?? なにそれ、つまんない」
「ねぇさんはロマンを分かってないなぁ…… そんなだから偶像が建たないんだろ?」
「あんたマジほんとぶっ飛ばすわよ」
——そして地上では、爆音を轟かせる若き技術者と、一人の異世界人が出会う運命の歯車が、音を立てて回り始めていた。
(第32話へ続く)




