根づく情熱、次なる風
静まり返った夜の帳の中、カイトは眠りに落ちた瞬間にまた奇妙な空間で目を覚ました。
「――ちょっと、カイト!! 聞いてるの!?」
目の前に現れたのは、相変わらず絢爛な衣装を纏いながらも、頭に青筋を浮かべてぷりぷりと怒りを露わにする女神・ニケだった。彼女は両手を腰に当て、不満そうに宙をぷかぷかと浮いている。
「なんだよニケか、今回は早かったな。こっちはタウルス領での第二回大会に向けてだなぁ……」
「やってる場合じゃないわよ! あなたねぇ、タウルス領でサッカーとかいう平和なごっこ遊びを流行らせて、すっかり満足しちゃってるでしょ! 私が求めていたのは、もっとこう……人類がバチバチにやり合う波乱万丈のドラマなのよ!」
「スポーツは真剣勝負だけど、争いじゃねぇよ……」
「もうっ、聞いてないっ! あなたがいつまで経っても戦争を起こさないから、次の指令よ!」
ニケはふんと鼻を鳴らし、尊大な態度で人差し指を突き立てた。
「そこから北の山を越えた先にある『アウリガ領』に行きなさい! あそこの連中は気性が荒くて頑固者揃いよ。どうせ戦争しないっていうなら、そこの地に住む者たちともっと激しく、もっと熱いスポーツをしてきなさい! いいわね、異議は認めません!」
「はいはい、北の山ね……って、勝手に決めんなって!」
カイトが呆れて言い返そうとした瞬間、眩い光とともにニケの姿がかき消え、彼は現実のベッドへとガバッと跳ね起きた。冷や汗を拭いながら、カイトは苦笑する。
「北のアウリガ領、か……。次の旅立ちの時期ってことか」
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翌朝。カイトはタウルス卿の執務室へ出向き、北へ向かう旨を伝えていた。
「——アウリガ領? なんだ、カイト殿、もう行っちまうのか??」
タウルス卿の表情には、名残惜しさと、それ以上に大きな感謝の色が浮かんでいた。
「ええ。そろそろ次の場所に行こうと思って。……お世話になりました、タウルス卿。この領地の人たちは最高だったよ」
カイトの言葉に、タウルス卿は大きく首を横に振った。
「とんでもねえ! 我々こそ、貴殿のおかげで救われたんだ。最初はただの遊びかと思っていたサッカーが、今やこの領地全体の文化となり、町や種族の垣根を越えて人々を結びつけている。貴殿がこの地に蒔いてくれた種は、これからも大きく育つであろう!」
タウルス卿は柔らかな笑みを浮かべ、さらに続けた。
「それに、隣のオリオンにも、連絡を入れておこう。あっちの領地でも、サッカーに興味を持つ者が現れるだろうからなぁ…… 巨人のセンターフォワードなんか、すごく魅力がじゃないか! ガハハハ!!」
そこに、部屋の扉がノックされ、見慣れた凛々しい顔立ちの青年が姿を現した。初代MVPに輝いた繁華街チームのエース、アデスだった。
「カイト殿、お出かけの準備をされていると聞いて……」
「アデスか。ちょうどよかった」
カイトはアデスにも北へ向かう旨を伝えた。
「そうですか。……寂しくなりますね」
アデスはまっすぐな目でカイトを見据え、力強く胸を張った。
「僕たちは、あなたが教えてくれたサッカーのおかげで、ただ自分の個性をぶつけ合うだけの集団から、互いを信頼し合えるチームへと変われました。次にあなたと、あるいは他の領の人々と戦うときは、もっと成長した姿をお見せしますよ!」
そのアデスの頼もしい姿を見て、カイトは爽やかに笑い、首を振った。
「はは、頼もしいな。だけどアデス、『俺が教えたから』成功したなんて思わないでくれよ」
カイトの意外な言葉に、アデスとタウルス卿がまばたきをした。
「俺が教えたのは、あくまで競技のルールと、最初のきっかけだけだ。どう楽しんで、どう壁を乗り越えて、どう強くなるかは……もう、お前ら自身が決めたことだろ?」
カイトはアデスの肩を軽くポンと叩いた。
「お前らの強さは、お前らのものだ。自信を持って進みなよ」
その言葉に、アデスは少し驚いたような顔をした後、深く、そして晴れやかな笑みを浮かべて一礼した。
「――はい! ありがとうございます、カイト殿!」
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——第一回タウルス杯から、2ヶ月。
現在のタウルス領は、カイトがいなくとも驚くほどの活気に満ちあふれていた。
広場の特設ピッチでは、繁華街でさらにもう一つできたチームと港町チームが新たな戦術を試しながら激しい再戦を繰り広げ、少し離れた練兵場では、魔法騎士団や獣人町の若者たちが日々の訓練の合間にボールを追いかけ、汗を流している。
「おい、そこパスだ! 詰めろ!」
「ははっ、今のスルーパスは読ませねぇよ!」
誰もが自分の頭で考え、工夫し、スポーツそのものを心から楽しんでいる。
その様子を町を歩きながら静かに見守っていたカイトは、満足そうに鼻を掻き、小さく呟いた。
「……うん、俺がいなくても、もう完全に大丈夫そうだな」
誰かに頼るのではなく、自分たちの足で立ち、自分たちのルールと情熱で未来を切り拓いていく人々。
その確かな足音を背中に聞きながら、カイトは背負った荷物の位置を直すと、まだ見ぬ北の山——アウリガ領へと続く道へ歩みを進めた。
(第31話へ続く)




