栄冠のフィナーレと黒い影
——タウルス杯・総当たりリーグ戦の全日程が終了し、タウルス領の特設広場には、半島中から集まった膨大な数の住民たちの熱気と、割れんばかりの歓声が満ち満ちていた。
激闘の末に初代王者の座を勝ち取ったのは、見事なチームプレーの開花で逆転勝利を飾ったアデス率いる【繁華街チーム】だ。
そして、熱狂に包まれたピッチの中央で、記念すべき第1回タウルス杯の閉会式が厳かに執り行われた。初回の大会ということもあり、表彰項目はシンプルに「優勝チームへのトロフィー授与」と「初代MVPの発表」の2つに絞られていた。
「——第1回タウルス杯、栄えある初代MVPは……【繁華街チーム】、アデス・タウルス!」
タウルス卿の声が高らかに響き渡ると、観客席からこの日一番の大きな歓声と拍手が巻き起こった。タウルス卿からずっしりと重い木製の初代MVP盾を手渡されたアデスは、一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐに後ろを振り返った。そこには、共に汗を流し、苦難を乗り越えてきたチームメイトたちの笑顔があった。
アデスは照れくさそうにはにかみながら、集まった観衆に向けて声を張り上げた。
「この賞をいただけたのは、僕ひとりの力じゃありません。僕が点を決められたのも、パスを受けてくれたのも、最後まで走り続けてくれたのも……すべて、ここにいる仲間たちがいたからです!」
かつては「自分こそが一番目立たなければならない」と孤立していた若者チームのエースは、今や自然な笑顔で仲間たちの中心に立ち、全員の輪の中に溶け込んでいた。
「……だから、この賞に恥じない選手になります。次は、もっと強いチームになって戻ってきます!」
その清々しい宣言に、チームメイトたちが歓声をあげてアデスの肩を叩き、観客たちも惜しみない称賛の拍手を送った。
---
閉会式の喧騒の中、ピッチの端では、それぞれの戦いを終えた者たちが互いの健闘を称え合っていた。
「くそっ……! 悔しいな。だが、お前たちのあの判断の速さ、見事だったぞ、アデス公」
悔しそうに歯噛みしながらも、魔法騎士団隊長タッカーは真っ直ぐに手を差し伸べた。
「ありがとう、タッカー隊長。君たちのディフェンスラインと風魔法の連動は素晴らしかった。……次は、もっと効率よく攻略してみせる!」
アデスが笑みを浮かべてその手を取る。敗者をただ打ちのめすのではなく、次への新たな挑戦の火種を残す、最高のかたちでのノーサイドだった。
少し離れた場所では、第1試合で敗北を喫した獣人町のエース・キザンと、港町のキャプテン・ホーガンが肩を並べてピッチを見つめていた。
「おいキザン、お前のところの突破力は相変わらず凄まじかったが……守備の連動が甘かったな。次は俺たちがその隙を突いて勝つぜ」
「ふっ、何言やがるホーガン。お前たちだって、走りまくる俺たちの運動量で後半にはバテてたじゃねぇか。次の大会じゃ、絶対にうちが優勝をさらっていくから覚悟しとけよ!」
二人の笑い声が、タウルス領に吹き抜ける心地よい潮風に溶けていく。
スポーツという共通のルールと情熱が、かつては対立していた町や種族の間に、確かな絆と健全なライバル関係を生み出していた。
最後に、ピッチ中央の壇上に立った領主タウルス卿が、温かくも力強い声で閉会の挨拶を締めくくった。
「諸君! 我々はかつて、ベースボールかバスケットボールかで小競り合いをしていた! だが、どうだ! この一面緑のピッチ! 素晴らしいであろう!! 身分も種族も関係なく、ただ共通のルールの下で走り、競い合い、互いの全力を認め合うことにこそ、本当の価値があるとは思わぬか!! タウルス領の伝統競技は『サッカー』と決定する!!」
領主のその言葉に、集まった民衆が一斉に歓声をあげて応える。
カイトがこの半島に持ち込んだ「サッカー」は、単なる娯楽や勝ち負けの遊びを超え、このタウルス領の人々の文化として、しっかりと根を下ろしたのだった。
---
——それから、2ヶ月の月日が流れた。
タウルス領では定期的なリーグ戦や町同士の交流試合が定着し、かつてのピリついた緊張感と打って変わってチームのサポーター同士で生じる、平和的で活気あるいがみ合いへと変わっていった。
しかし、その穏やかな世界の裏側で、不気味な歯車が音を立てて動き始めていた。
王国の中心、荘厳で冷徹な空気が漂う王宮の一室。
深いローブを纏い、王国の実質的支配者——エイリオスが、手元の報告書に目を落としていた。
「……北の領地で、巨人族が和解した……?」
エイリオスの低く囁くような声が、静まり返った執務室に響く。
報告を持ってきた側近の官僚は、冷や汗を流しながら震え声で続けた。
「はっ……。オリオン領への派兵報告によれば、レプス領で流行っている『スポーツ』とやらを通じて互いの距離を縮め、王国がこれまで意図してきた工作が、断ち切られているとのことです……」
ピキッ、と。エイリオスの白い指先が、書類を挟んでいた木製の板をわずかにきしませた。
(ゴードンは自力で私の加護を解呪したのか……)
人間同士が密かに疑い合い、互いの胸に猜疑心を抱くことで自然と破滅へと向かう様に仕向けてきた王国にとって、『スポーツ』という戯れは、あまりにも想定外のノイズだった。彼がばら撒いてきた微細な偽情報や、不和の種を育てるための土壌が、その無邪気な熱量によって踏みにじられていく。
「……愚かな人間風情が、手を取り合うか……」
彼の本質——人々を争わせ、対立の亀裂を広げることを目的とする存在にとって、それは許されない綻びだった。人間を完全に操り人形のように縛るわけではない。彼らの心にわずかな恐怖や不信の芽を植え付け、自ら争いを選ばせることこそが彼のやり方なのだ。
エイリオスの唇に浮かんだのは、冷徹な怒りと不気味な愉悦が入り混じった弧だった。彼はゆっくりと顔を上げ、窓の向こう、平和に満ちた下界の空を睨みつける。
——分断がその程度の戯れで防がれるというのなら、もっと深く、もっと強烈な「疑念の種」を蒔けばいい。
王都の奥深くで、静かに、黒い影が、人々の絆を内側から引き裂くための次の不穏な企みの準備を始めていたのだった。
(第30話へ続く)




