それぞれのグラウンド、それぞれの戦い
カイトの呼びかけにより「サッカー」という新しい球技の存在を知ったタウルス領の若者たちは、それぞれが自身の町や拠点へと戻り、チームビルディングを始めていた。
だが、いざ実際にチームを立ち上げてみると、4つのチームが置かれた環境や事情は、驚くほどバラバラだった。
◇
——タウルス領駐屯騎士団:恵まれた環境という意味で、最も有利なスタートを切ったのはタッカー率いる騎士団チームだった。
「おい、もっと隊列を維持しろ! 敵のプレッシャーを想定して、一定の距離感を保ったままボールを回すんだ!」
タッカーが率いるのは、日頃から軍事訓練で規律と組織行動を叩き込まれている精鋭の騎士たちだ。広大な軍用練兵場を練習場所として独占し、カイトから支給されたボールとは別に、革の縫製に優れた職人をつけて最高品質のボールと靴を完璧に揃えていた。
組織的な動きや、指示された陣形を正確に守る能力においては他のどのチームをも圧倒している。 しかし、彼らには別の壁が立ちはだかっていた。
「隊長! 決まった隊列を崩して『空いているスペースへ走れ』と言われても、指示のない動線にどう動けばいいのか分かりません!」
「そうだ! 自由に散らばったら、まるで統制の取れていない烏合の衆ではないか!」
生真面目すぎる騎士たちは、指示された定位置から離れて自発的にスペースを作るというサッカー特有の流動性に大苦戦していた。
タッカー自身も、軍の陣形構築とは違う「個々の判断による連動」の難しさに頭を悩ませていた。
◇
——領主の屋敷近くの繁華街:タウルス領主の息子であるアデスが率いるチームは、屋敷の庭にほど近い手入れされた広場を練習場として使っていた。
繁華街というアクセスのしやすさから町の子息や足自慢の若者たちが大勢集まった。
「みんな、僕の動きに合わせてパスを出してくれればいいからね!」
アデス自身は足の速さと高いボールさばきセンスを持っており、カイトが教えた「正しい場所へ走る」という概念の重要性もうっすらと理解し始めていた。
だが、集まった若者たちは「アデス様と一緒にプレイして町娘達に目立ちたい」「アデス様へのアシストを通じてタウルス卿にアピールしたい」という者ばかり。
練習試合をしても、全員がアデスにパスを集めようとしたり、自分がドリブルで相手を抜き去ろうと我先にと突っ込んでいく。チームとしての連動は全く生まれず、アデスは自分の周囲で勝手に自滅していく仲間たちを見て頭を抱えていた。
(速く走ることと、正しい場所へ走ることは別、だってカイト殿は言っていたが……みんなが個人プレイに走っていたら、僕の足の速さも宝の持ち腐れじゃないか……!)
◇
——獣人町:山あいに位置する獣人町では、広さはあるものの、切り株や小石が転がる荒れ地が練習場所だった。
支給されたボールもすでに一つダメにしていた。
しかし、そこに集まった若者たちの身体能力は化け物級だった。
「ハッハァー! 邪魔だ退けぇ! 俺がボールを持ってゴールまでブチ抜いてやるぜ!」
「何を! 足の速さなら俺の方が上だ!」
獣人族特有の爆発的なスピードと跳躍力を持つ男たちが集まったこのチームは、練習を始めれば誰よりも激しく、誰よりも速くピッチを駆け回った。 だが、その実態はカイトが指摘した「団子状態」の最悪の形だった。
全員が「自分がボールを持ってドリブルで抜き去りたい」と考え、誰も味方にパスを出さない。ボールを持った瞬間に敵味方問わず5、6人が群がり、激しすぎて自分たちの足でボールを蹴り飛ばして自滅するという有様だった。
キザンは、一歩引いた場所でそのカオスな光景を眺めながら、爪を噛んでいた。
(個人技のスピードに自信があったが……これじゃあ相手の守備どころか、味方のプレッシャーで一歩も進めねぇ。……カイトが言ってた「相手の守備を釣るための陣形」って、こういうことなのか……?)
◇
——港町:最も厳しい環境だったのは、港町を拠点とするホーガンのチームだった。 練習場所は波打ち際の砂浜か、漁師たちの網が干してある狭い倉庫の脇。
選手として集まったのも、屈強ではあるが荒くれ者の漁師の男たちで、日々の労働で既にへとへとだった。
「おいホーガン、こんな足場の悪い砂浜で足を滑らせたら怪我をするぞ。それに、みんな漁で疲れてんだ。そんな走り回る球技なんてやってられるか!」
不満の声をあげる仲間たちに対し、ホーガンは太い腕を組んでどっしりと構えていた。
「文句を言うな! 魚の群れだって、ただ追い回すだけじゃ網に入らねぇだろ。潮の流れを読み、無駄な体力を削らずに網を絞るのと同じだ」
ホーガンは、カイトから教わった「無駄に体力を消耗せず、ここぞというタイミングで走り込む場所を見極めろ」という省エネの思考を、どうにか過酷な漁の経験と結びつけられないだろうかと思案していた。
足場が悪いからこそ、無駄なドリブルで体力を削るのではなく、正確なパスをつなぎ、相手が疲弊するのを待つ。限られた体力をどこに注ぎ込むべきか——ホーガンは、漁で培った経験をサッカーに活かす方法を模索していた。
◇
それぞれの町が異なる課題と環境を抱えながら試行錯誤を続けていたある日、タウルス領の広場に、4チームの代表者であるタッカー、アデス、キザン、ホーガンの4人が再び集められた。
中央に立ったカイトは、手に持った一枚の巻き物——「対戦表と競技規則」をバサリと広げた。
「よし、お前らの悪戦苦闘の様子はあちこちから聞いてるぞ。いよいよ、実際に試合をして決着をつける舞台が整った!」
カイトの言葉に、4人のエースの表情がキリッと引き締まる。
「待ってました! うちの騎士団の組織力が本物か、ここで証明してやりますよ」
「僕の足と戦術眼が、あの荒くれ者たちに通用するか試させてもらうさ」
「獣人のスピードと新たな戦術で、全員まとめてぶっちぎってやる!」
「漁師の根性と効率的な走り勝ちを見せてやるさ」
それぞれが闘志を剥き出しにする中、カイトは総当たり戦の仕組みを説明し始めた。
「いいか、今回行うのは『タウルス杯・総当たりリーグ戦』だ! 4チームあるから、全チームがそれぞれ他の3チームと対戦する。つまり、1チームあたり3試合、全体で合計6試合の短期決戦だ!」
「総当たり……! 全チームと一度ずつ戦うわけだな」アデスが確認するように頷く。
「そうだ。一度勝っただけでは、本当の実力は測れない。すべての相手と戦い、3試合を通して最も多くの勝ち点を獲得したチームが優勝だ!」
カイトはさらに詳細なルールを書き記したボードを指差した。
「順位の決め方は『勝ち点制』を採用する! 試合に勝てば勝ち点『3』、引き分けなら『1』、負けたら『0』だ。全3試合が終わった時点での合計勝ち点で順位を決める。勝ち点が並んだ場合は『得失点差』で上位を決めるからな!」
「ほう……ただ勝つだけではなく、どれだけ点差をつけて勝つか、あるいは失点を防ぐかも重要になるわけだな」
タッカーが鋭い視線を向ける。
「その通り。そしてもう一つ大事なことだ。試合中の審判は、当事者以外のチームのメンバーから持ち回りで担当してもらう。レプス領の時みたいに、ルールを知らない者同士で大喧嘩になったら試合にならないからな。厳格にジャッジしてもらうぞ!」
「ふん、審判の目を欺くような野暮な真似はさせん。正々堂々、ルールの中で叩き潰すのみだ」タッカーが腕を組む。
「面白い。すべての試合に意味があるなら、一戦たりとも落とせないな」キザンが不敵に笑った。
「足場の悪いうちの町にとっては、得失点差の管理も頭に入れなきゃいけないってわけか。頭を使うゲームだぜ」ホーガンが苦笑交じりに鼻を鳴らす。
力の差、選手の集まりやすさ、練習場所の環境——それぞれ全く異なる事情を抱えた4つのチームが、いよいよ同じ土俵のリーグ戦へと引きずり出された。
カイトは4人の熱い視線を受け止めながら、満足そうに頷いた。
「準備期間は今月末までだ。来月、いよいよ記念すべき第1試合のキックオフを迎える! お前らがどんなサッカーを見せてくれるか、楽しみにしてるぜ!」
タウルス領の地を揺るがす、熱狂のサッカーリーグ戦の幕が、いま上がろうとしていた。
(第22話へ続く)




