肉を喰え、ミルクを飲め、そして配球を読め
「い、いいんですか…?こんなに立派な肉と乳を、僕たちが食べて…」
広場で、村の少年レオが、カイトと村の男衆で少し無茶をして狩った大角鹿のステーキを前に震えていた。ほかの村人たちも「天罰が下るのでは」と恐る恐る肉を見つめている。
カイトは腕組みをして、喝を入れた。
「いいから食え! 筋肥大の基本は『摂取カロリー>消費カロリー』だ! 材料を入れずにトレーニングするのは、燃料なしで車を走らせるようなもんだぞ!」
「た、タンパクシテュ…!」
「今日から全員、毎日乳と肉を食え!だが、それだけでいいわけじゃない。野菜や麦粥も食べて、しっかり眠る。これが『破壊の神ベーブ・ルース』第一の教えだ!」
「「「おおお! 破壊の神、第一の教え……!!」」」
村人たちは拝むようにして肉に食らいついた。魔法至上主義のこの世界では、「肉体とはただの器」とされ、粗末に扱われていたらしい。
だが、村人たちの身体を観察していたカイトは、ふと顎に手を当てた。
(……おかしい。栄養不足で痩せてはいるが、フレーム(骨格)や筋繊維の発達の仕方に特徴がある。農作業の動きじゃ説明がつかない……もっと野生的で、瞬時に反応するための身体つきだ……)
カイトが村長に尋ねると、村長は静かに語り始めた。
「カイト様のお見立て通りです。我が一族は、もとよりこの先の深い森で暮らす『狩人』の民族でした。屈強な足腰と鋭い目で、大角鹿をも一人で追い詰め仕留める誇り高き狩人だったのです。……ですが、70年前」
村長は悔しそうに拳を握りしめた。
「我が民族の集団戦闘力と高い独立性を恐れた王国の政策により、狩人は禁じられ、この地に縛り付けられ農耕を強制されました。誇りも、生き方も、奪われたのです……」
「なるほどな……」
カイトは胸の中で納得の声をあげた。
(獲物を追うための足腰と、周囲の状況を察知する目。これなら走塁や守備に活かせるかもしれない。……しかし、野球の動きと狩りは別物だ。ここから競技固有の技術を叩き込む必要があるな)
「よし、ならその眠ってる身体のポテンシャル、俺が叩き起こしてやる!」
◇
カイトは村の木こり達に指示を出し、樫の木から『木製バット』を削り出させた。ボールとキャッチャーミットは大角鹿の革と糸で、本物そっくりに縫い上げた。
道具が揃うと、カイトは個人の適性に応じた個別指導に入った。
カイトが何気なく転がしたボールに、ひとりの少年が弾かれたように駆け出した。ボールの進む先を見極め、進路を塞ぐ村人をひらりとかわす。草むらに飛び込む寸前、少年は身体を低く沈め、地面すれすれでボールを拾い上げた。
左利きの少年、レオだ。
「レオ、お前の足の速さと、周囲の動きを一瞬で見抜く目の良さは大きな武器だ。そしてお前、左利きだな?」
「左利きだと、何かいいことがあるんですか……?」
「右打者より一塁ベースに『約一歩分』近い。その一歩の差と、お前の俊足の組み合わせは、相手にとって脅威になる。お前を『1番バッター』に任命する!」
「1番バッター……!?でもカイト様、僕、力もないし遠くに飛ばせる自信はありません……」
「遠くに飛ばす必要はない! 1番の仕事は塁に出ることだ。ただ、足が速いだけじゃ塁には出れないぞ。バットにボールを当てる技術と、転がすコースを見極める工夫を徹底的に練習するんだ!」
レオの瞳に、初めて己の役割を見つけた強い光が宿った。
続いてカイトの前に立ったのは、村一番の巨漢・ボブだった。
見境なくなんでも食べまくる事で有名で、村では『デカバン』と呼ばれているらしい。どこかで聞いたことのあるニックネームだ……
「カイト様!わかったでゴワス!ワイのこの腕力で、ボールを打ち飛ばせばいいんでゴワスね!?」
ボブが力任せにバットを振ると、ゴォンと凄まじい風切り音が鳴る。だが、手首と腕の力だけに頼ったスイングは軸がブレブレで、空振りを連発した。
「力任せに振り回すな!!」
カイトの怒声が飛ぶ。
「ボブ、その恵まれた体格と怪力は最高の武器だ。お前はチームの主砲、『4番バッター』だ!」
「わ、ワイが主砲……!?」
「だが、腕力だけで振っても力はボールに伝わらない。下半身をどっしりと固定し、腰の回転、体幹の捻り、そして腕へと力を連動させろ! 身体全体のパワーをバットの先端に収束させるんだ!」
「下半身から……腰、体幹……!フンッ!!」
ボブは汗を流しながら何度も振るが、「力任せ」の癖はすぐには抜けない。力んでタイミングがズレたり、体幹がブレたりと、まだしっくりきていない様子だ。
(一朝一夕で身につく動作じゃない。少しずつコツを掴んでいけばいい)
カイトはボブの不器用な努力を見守りつつ、全体にルールと配球の指導を進めた。
「いいか!ボールはピッチャーがキャッチャーに投げるものだ!バッター目掛けて投げたら危険球で即退場、グラウンド上での暴力行為は没収試合で即負けだからな!」
「直接相手を倒すのではなく、ルールの中で決着をつける……なんて高潔な戦いなんだ……!」
「高潔っていうかそれがスポーツなんだ!」
そこでレオが真剣な顔で手を挙げた。
「でもカイト様…相手は魔法騎士だよ?魔法でとんでもないスピードの球を投げられたら、僕たちじゃ太刀打ちできないんじゃ……」
「いい質問だ、レオ」
カイトは地面にストライクゾーンを描いた。
「確かに相手は魔法で球速と威力を補うだろう。……だが、奴らには大きな弱点がある。狙ったコースに投げ分けるコントロールと、『配球』の概念が全くないことだ!」
「コントロールと、配球……?」
「奴らは魔法で球速を補えるから、狙った場所に投げる練習をしないだろう。威力は圧倒的でも、コースの精度には隙があるはずだ。だから、初球で球速と軌道、相手の様子を冷静に観察し、次の球のコースを『予測』する!」
「そうか!力でねじ伏せようとする相手には、観察と予測で突破口を作るんだ…!」
「そうだ! 相手の圧倒的な球威に対し、『知略』で挑む。それがベースボールだ!」
「「Gおおおお!! 配球! 配球術の神よ!!」」
◇
——運命の1ヶ月後。
「ヒーハー!息災であったかゴミ屑ども……って、ぬあぁ!?」
隊長は、眼前に広がる光景に目を見張った。
そこには、しっかりと栄養が行き渡って顔色が戻り、背筋がすっと伸びた村人たちが整列していた。何より隊長が呑まれたのは、彼らの「目」だった。70年間奪われていた狩人の誇りと自信を取り戻した、力強い眼光がそこにあった。
「な、なんだその身体は…!?貴様ら、ポーションでも飲んだのか!?」
「そんなもんこの村にはねぇよ。あるのは肉とミルク、そして正しく鍛え上げた身体だけだ」
カイトは木製バットを肩に担ぎ、前に出た。
「ちなみに俺は村チームの『監督』としてベンチに入る。試合の審判はルールを叩き込んだ村長にやってもらうぞ。ルールを知らねぇ連中同士で試合をしたら、野球じゃなくてただの乱闘になるからな!3週間前に送った『異世界競技規則』に則って厳格にジャッジするぞ」
「ハッ! 雑魚が書いた戯れ言など読めるか! 届いた瞬間に暖炉の薪にしてやったわ!」
「説明書を読まないタイプか…まぁいい、始めようぜ、ポーション漬けの騎士様。ガチ9イニング勝負だ!」
◇
その頃、天界の水晶玉の前では…
「なんで『配球論』を神の啓示みたいに語ってるワケぇ!?」
勝利の女神ニケが、髪を振り乱して叫んでいた。
「配球の神なんていたっけ?!ストライクゾーンは宗教画じゃないわよ!……というか、村人たちがすっかりスポーツマンの顔になっちゃってるじゃないのよぉ!!高校球児か!!」
女神が『神・精霊名鑑』で配球の神を探す中、ついに異世界初の「ベースボール決闘」のプレイボールがかかった!




