足で描く軌跡、その名はサッカー
「さっかー……? 手ではなく、足で球を扱うのですかな……!?」
広場を埋め尽くした住民たちは、ポカンと口を開けてカイトを見つめていた。
この世界において、球技といえば手で投げ、バットで打つか、あるいは籠のようなリングにボールを投げ入れる、以外の選択肢はまだない。
足でボールを操作するなど、誰も聞いたことがなかった。
「そうだ。手を使わず、足先だけでボールをコントロールし、広大なピッチを仲間と繋ぎながらゴールへ運ぶ——それが『サッカー』だ!」
カイトが両手を広げて自信満々に言い放つと、住民の中から戸惑いの声が上がった。
「そ、そんなの絶対におかしいだろ! 手の方が正確に決まってるじゃないか! それとなんかはしたない気がするぞ!!」
「そうだ!そうだ! ボールなんて手で持って走った方が絶対に早いに決まってる!」
野球派とバスケ派の住民たちが、奇妙な共通の疑問を持ってカイトに詰め寄る。 だが、カイトはニヤリと笑い、彼らの疑問を真っ向から否定した。
「いいか? ベースボールには一球一打で流れを変える駆け引きがあり、バスケットボールには狭い空間でのスピーディーな攻防がある。だが、この広大で風光明媚なタウルス領の半島を見てみろよ!」
カイトは目の前に広がる、海風が吹き抜け、なだらかな丘陵と平野が続く美しい景色を指差した。
「これだけ広々とした土地と町があって、多人種で多様な体格の奴らがいるのに、狭いコートや限られた一撃だけに絞るなんてもったいねぇ。それと、お前たち、走りに自信はあるか?」
「そりゃ、うちは漁師や山男の街だからな。足腰には自信があるさ……」
「なら完璧だ。サッカーは、走力、空間把握能力、そしてチーム全員の連動性がすべてを握る。細かい反則はあれど基本的なルールは簡単だから、誰でも関係なく平等に参加できるんだ!それに応援するのも最高に楽しいんだぞぉ!」
カイトの熱を帯びた言葉に、ざわめいていた住民たちの間に、少しずつワクワクとした空気が伝染していく。
野球かバスケかで割れて分断していた空気が、「聞いたこともない新しい球技」という好奇心へと変わり始めていた。
「ほぉう……面白い。そこまで言うなら、その『サッカー』とやらのルールを詳しく聞かせてもらおうか!カイト殿!」
群衆をかき分けて前に出てきたのは、タウルス領主の息子であり、ひときわ立派な体格をした男・アデスだった。どうやらオリオン卿からの知らせを受け、カイトを屋敷へ連れていくために迎えに来たようだ。
鋭い目つきをした長身の青年で、足の速さと持久力にかけてはこの半島で右に出る者はいないと言われているらしい。
「おっ、いい目をしてるな。よし、まずは道具作りだ!ルールは実際にプレーしながら教えていくぞ!」
カイトは早速、半島にいる職人や若者たちを集め、サッカーボールの試作に取り掛かった。 空気を入れた牛の膀胱を内袋にし、その周囲を革で覆って縫い合わせた 。
「カイト殿、これは本当に足で蹴って大丈夫なのか……?」
「あぁ、思いっきり蹴っても破れないように二重に縫い合わせろ! あと、ゴールは木の棒を組み合わせて、あそこの広場にデカい枠を作るんだ!」
カイトの的な指示のもと、半島の若者たちは文句を言いながらも、どこか楽しそうに作業を進めていた。
野球のバット作りやバスケットボールのゴール作りで培ったノウハウが、ここでも活きている。
◇
——数日後。 整備された広場の特設ピッチには、手作りのゴールと、丸く仕上げられた革のボールが転がっていた。
集まったのは、アデスをはじめとする腕に覚えのある若者たち数十人だ。 チームは大きく二つに分かれ、それぞれ「赤チーム」「青チーム」の即席ユニフォーム(腕章)を巻いている。
「ルールはシンプルだ!ピッチに出られるのは各チーム11人! ゴールを守る『キーパー』以外のポジションの選手は手を使ったら反則。 相手のゴールにボールを入れたら一点だ! それと、もう一つ大事なルールがある。『オフサイド』だ」
カイトは黒板に、ゴール前に並ぶ選手たちの図を描いた。
「味方がパスを出した瞬間、相手のゴール近くで待ち伏せするのは禁止だ。相手の守備陣より前に飛び出して、パスを受けようとすると反則になる場合がある」
「なるほど……つまり、ずるをしてゴール前で待っていてはいけない、と?」
「大まかにはそうだ。ただし、相手の位置やボールの位置にも条件があるが。まぁ、細かいところは、実際にプレーしながら覚えていこう!」
カイトは図を指しながら説明を続けた。
「それと、ただ走るだけじゃダメだ。ボールを持っていない時、自分がどう動き、どこにスペースを作るか。顔を上げて周囲の状況を常に『観察』するんだ!! 今日は初めての試合だから、前後半10分ずつだ! まずはボールを蹴る感覚と、仲間と連携することを覚えよう!」
「たった10分か? そんなの走り足りないだろ!」
アデスが自信満々に笑う。
「その余裕が最後まで続くといいな……」
カイトは意味ありげに笑い返した。
「よし……とりあえずやろうぜ!」
アデスが手作りのボールを軽く足の裏で転がし、闘志を燃やす。
ピピッ――!!
カイトが持っていた笛が鳴り響き、異世界初となる「サッカー」の記念すべき第一歩が蹴り出された。
「いくぞぉっ!!」
アデスが勢いよくボールを蹴り出す。 だが、サッカーボールは彼らの予想以上に地面を転がり、足元からツルリと逃げていった。
「うぉっ!? 思ったよりコントロールが難しいぞこいつ……!」
「ボールが勝手に転がっていく! 手で持てないもどかしさが逆に燃えるな……!」
最初は慣れない足でのボール扱いに、若者たちはあちこちで転げ回り、ボールを追いかけて団子状態になってしまう。 「あっちだ!」「お前のパスがズレた!」「もっと前を走れ!」と、ピッチのあちこちで怒号と笑い声が飛び交った。
赤チームの一員としてピッチに立ったカイトは、ボールを追って右往左往する若者たちを見ながら、大きく頷いた。
(まずはボールを蹴る感覚を覚えるところからだな。全員がボールを追いかけていたら、パスもスペースも生まれない。さて、こいつらが周囲を見て、仲間と連動できるようになるまで、どれくらいかかるかな……?)
カイトは、ボールを追いかけて一塊になった若者たちを眺めながら、楽しそうに笑った。
足で描き出す新しい戦場。タウルス領を舞台にした、熱狂のサッカー編の幕が今、切って落とされたのだった。
(第20話へ続く)




